41、ソフィア二号
「こちらは鋼鉄製ですか?」
「うん、そう。二コルって奴ので…」
小柄な先輩の説明を遮るように、ガチョッと扉の開く音がする。
「ちわーっす」
「ああ、ちょうど来た。こいつこいつ」
二コルは私たちに気付くと、目を見開いて固まっていたが、意を決したように、敢えてだらだらとこちらに歩いてきた。
「お久しぶりです、二コル先輩」
「あれ? 知り合い?」
大柄な先輩に絡まれて、二コルは顔を顰める。
「ええ、以前…」
「なんか用か?」
大商家の御曹司として、それなりの態度もとれるだろうに、こういう意地っ張りなところを見ると、ああ、彼だなぁと思う。
「この度、こちらの『パペット同好会』に入会することになりました。こちらは友人のマノーン嬢。さっそくですが、二コル先輩にご協力いただきたいことがありまして。ドートン先生に、金属加工の得意な方をお聞きしたところ、二コル先輩をご紹介くださいました。どうぞ、よろしくお願いします」
向こうからこちらの用事を尋ねてくれたのだ。これ幸いと、「用がないなら帰れ」とでも言いたげな雰囲気をまるっきり無視して、二コルに詰め寄る。いくら暴虐無人を装ったところで、さすがに、ドートン先生の顔はつぶせまい。
「ちょっ、おまっ、相変わらず、ぐいぐいくるなっ!」
入学式の日にちらっと見かけた時は、向こうにその気がないなら、近付かない方がいいと割り切っていたのに、急に、懐かしくてたまらない気分になる。
彼と出会った、通称「凧揚げの会」。ある日突然こなくなった二コルに、私は少しいじけて、怒っていたみたい。
思えば自己紹介もまだなのだが、二人の先輩方は気を悪くした様子もなく、マノーン嬢の相手をしてくれている。
「先にご報告しておきますが、私が使える魔法は記憶です。従って、素材を加工することも、動かすこともできません」
「おっ、おー!」
「なんてタイムリーな!」
どうやら、自分は役に立たないと自己申告したマノーン嬢の魔法は、彼らにとって、じつに歓迎すべきものであったようだ。
「ということは、一度、展開する魔法陣を見れば、その順番を紙に書き出したりできるかな?」
「は、はい。おそらく。あ、まだ、二十四時間たつと細かなところは忘れてしまいますが」
「十分、十分!」
「じゃ、じゃあさ、これこれ」
さっそく戦力扱いされて、人形に血が通ったように頬を染めるマノーン嬢を見て、私もうれしくなる。
「…で?」
思わず知らずにこにこしていたところ、二コルの方に注意を戻される。
「あ、はい。これなのですが」
ポケットから、カーボン製ゴーレムのソフィア二号をするりと取り出す。
制服に無尽蔵の機能がついていることは、あまり大っぴらにしない方がいいのかもしれないけれど、「ああ、あの兄にして」と許されることが多い気がするのは、気のせいかしら?
ここで一から作ってもいいのだけど、その分、操作したり、改造したりするための魔力が消費されてしまうわけで。
先輩方のゴーレムが並べてあるのも、そういう理由ではないかな?
とにかくいまは、一刻も早く、ソフィア二号を進化させてあげたーい!
「ちょっと、待て。いま、どっから取り出した!?」
「いいじゃないですか、いまは別に。このゴーレム、ソフィア二号に鋼鉄製の骨格をですね」
「流すな!…って、なんだこの素材は?」
ぐいと顔を寄せてまじまじと観察する。
「どうぞ、触ってもいいですよ」
顔色を変えた二コルが、和気あいあいとやっている先輩二人を大声で呼ぶ。
「ちょっと、これを見てくれ!」
「ん? なんだい?」
「おお、これはなかなか。自分をモデルにしてるのかな?」
「素材だ、素材! 素材を見ろ!」
「あ、これは」
「え? もしや?」
あ、なんか男三人に囲まれてるソフィア二号が可哀そう?
そこへ、ガチョッと扉を開いて、ドートン先生が現れる。囲みが解かれて、ちょっとほっ。
私を心配したのか、マノーン嬢が側に立ち、無表情ながら心配そうに私の顔をのぞき込む。
「楽しそうにしてたのに、ごめんなさい」
「よいのです。困ったことがありましたら、いつでもお呼びください」
次々に大声で、また早口でまくし立てる男子生徒たちに、ドートン先生が吠える。
「静粛に! いくら私が天才だとはいえ、一遍に話されても、何が何だがわからん。二コル、代表して話せ」
「それを見てもらえばわかります」
「…お前は、また、相変わらす」
ぶつぶつ言いながらも、ソフィア二号に目をやったドートン先生は、瞬時に距離をつめ、真顔でじっと観察し出す。
「これは?」
「エリス嬢が」
「ふむ。触ってよいか、バーランド嬢」
「はい」
「…この網目模様はなんだ?」
「強度を出すために? 素材を繊維状にして編みました」
「…なぜ、疑問形なのだ」
それは私もわからないからです。前世で、しかもメディアでチラ見しただけのものをイメージだけで強引に仕上げたもので。
「先生?」
「ドートン先生?」
自分たちと同様の見解に至ったのかと問いかける先輩会員たちに、ドートン先生が頷く。
「よもや、一度見ただけで作り上げてしまう者がいるとは。しかも、魔力を満たさない状態で比べてみれば、これは我々が製作したものより軽く、強度も増しているようだ」
先輩たちは何かを叫んでいるが、興奮しすぎて、ちょっと何を言っているのかわからない。
「静粛に!」
固唾をのむ私とマノーン嬢。二コルだけが飄々として、肩をすくめている。
「バーランド嬢。この素材がなんであるか、把握しているか?」
「はい。カー…いえ、炭。つまり、炭素です」
「先日、見たな? 私の自動人形の心臓部を」
「え? じゃあ、あれを分解したのって、この」
「すごいじゃないですか!?」
「お前たちは、少し黙っていなさい」
「はい」「はい、すみません」
「…あの時は教えられなかったが、素材としてはこれと同じものだ。つまり」
「機密なのですね?」
「そうだ」
再び、機密保持の誓い大会である。
私はその素材、製法を外部に漏らしてはならない。
その他の会員は、私がそれを知り、製作できることを外部に漏らしてはならない。
「君の研究成果は、素材製作の点のみ取り上げるなら、私のものより優れている。その研究成果を我々と共有する意思はあるか? もちろん、拒否するのも自由であるし、その場合、ペナルティーなどは一切科さないことをここに誓おう」
「ぜひ、共有して、共に研究したいです。まだまだ、これは道の途中でありますから」
「よくぞ言った!」
私の答えが大変にお気に召したドートン先生の鶴の一声で、私が望むソフィア二号の骨格作りを、二コルは絶対に行わなければならなくなった。




