39、防獣電気柵
逐一、進捗状況は、ハイマン殿下から伺ってはいたけれど、実際に、サンガが生徒会役員に指名されるまでは、私は、気が気ではなかった。
「エリス様。とんでもないことをしでかしてくださいましたわね」
「ごめんなさい…」
私は、より過酷な状況へと、彼女を押しやったも同然で、遅ればせながらそれを詫びると、サンガは「馬鹿ね」と笑った。
「私はいままで、スタートラインに立つことすらできなかったのよ?…ありがたいわ、本当に。同じレース場に立ったら、もうこっちのものよ。どこぞの公爵令嬢にだって、私、負けないわ」
もともと聡明な美少女だったが、いまは花が咲いたように、より一層生き生きとしている。
彼女の魔力の量とか性質とか、魔法が使えるようになる当てもないのに、教えるのは気の毒で黙ってたけど。
そもそも、魔法の呪文は共和国語なのだから、あちらこそが本家本元なのだろう。秘密の魔導書の一つや二つ、ある気がするのよ。
いくら私たちが親しくても、サンガは教えてはくれないだろうけど。
「第二王子殿下の、あの笑っているのに笑ってない目や、人を人とも思わない冷徹さを見ると、ぞくぞくするわ」
彼女の内緒話に、苦笑するしかない。人の好きは、人の数だけあるのね。
彼女が幸せならば、その理由を分析するなど無粋なだけだが、彼女の両親が常に性善説に立って、臣下に多くを委ねすぎたことがいまの状況につながっていると、彼女は固く信じている。
私の思う第二王子殿下像とは、だいぶ違うけれど。
「サンガ様が、それでいいなら、私もうれしいわ」
前世だろうと今世だろうと、身分が高かろうと低かろうと、女の子は強くなくてはいけないのだわ。
しかし、あちらを立てればこちらが立たず。
第二王子殿下が、ピンクのアイリーンを冷たくあしらうようになったので、そのしわ寄せがハイマン殿下に来ている。
「ハイマ~ン!」
廊下を走ってはいけないとか、スカートの裾を持ち上げてはいけないとか、自分より身分の高い相手に自分から声を掛けてはいけないとか、誰が相手であろうと敬称を付けるべきで、まして、王族の方々相手に、ご本人の許可もなく名前をお呼びし、あまつさえ呼び捨てにするなど言語道断!ということは、いずれ王太子妃になる縦ロール様が、懇々と説いているのを何度も目撃しているので、あえて私が言うこともないだろう。
ハイマン殿下の目の前で私の悪口を言わないくらいには学習しているアイリーンだが、そのべたべた触ろうとする癖は、私も許せないわ。
才能の有無にかかわらず、格闘まで習っていらっしゃるハイマン殿下は、いつも上手にその手を外されてはいるけれど、服越しにとはいえ触られていることに変わりはない。
一般的には非力とされている、武装もしていない令嬢の手を、触れもしないうちから大げさに避けるのは、男としてみっともないって言われてしまうのよ。こういう場合、王族であることも考慮されないから厄介だ。
そこで私は考えましたよ。
山に囲まれた村の中で畑を作っていると、否応なしに野生動物に荒らされる。でも、現代には文明の利器というものがあった!
もっとも私は、その構造までは知らないから。
まず、はじめに、アイリーンの髪色を遠目に見るか、あの声が聞こえてきた段階で、ハイマン殿下の制服の背中を、下敷きで勢いよく擦ってみた。静電気でバチッ!っていうのを期待したのだけど、冬場でないせいか不発。アイリーンも、とても乾燥肌には見えないし。
ただ殿下に不快な思いをさせるだけで終わってしまった。謝れば、快く許してくださる方だとわかっているからできることなのだけど。本当にごめんなさい。
しかし、思い付きとしては悪くないようだと、懲りない私。
兄に相談して、翌日には、殿下にぴったりサイズのブレザーを入手した!
「ハイマン殿下。お手数ですが、こちらにお着替えいただけますか?」
私を信用して、すぐに袖を通してくださるのがありがたい。
「この袖口のボタンを押していただきますと、スイッチが入ります。二秒後には、帯電が完了。けっして、スイッチを入れたまま水に触れたり、金属に触れたりなさらないようお気を付けください」
取り扱いの説明をしたら、なんともいえない表情をなさっていたけれど。
「エリスが私を思って用意してくれたものだ。ありがたく使わせてもらう」
「ありがとうございます。では、さっそくスイッチを…」
どんなに気に食わない相手でも、人間ではあるので、一応、自分も体験しておくことで、ほんのわずかにある罪悪感を帳消しに。
渋る殿下を「何事も予行演習は必要です」と説得。
王族である殿下は、私以上に、身を守るための装身具(物理攻撃無効、魔法攻撃無効、精神干渉無効、毒無効)を身に着けていらっしゃるから、大丈夫だとわかってはいるけど。
「不愉快ではありませんか?」
「…大丈夫だ」
私が下敷きで擦った時くらいの不快感はあるみたい。すみません、少しだけ我慢してください。
「行きます」
覚悟を決めて、ちょんと触る。
「…っ!」
「大丈夫か、エリス!」
慌てて私の手を取る前に、スイッチを切るのを忘れない。さすがは殿下!
「大丈夫です。痛いことは痛いですが、くるとわかっていれば耐えられないほどではありません。そうですね、強めの静電気くらいですか?」
子供にするように指先に息を吹きかけてくださるのが、恥ずかしくもうれしい。一生懸命になると、寄り目気味になるのが可愛いのよね。
「これで、殿下に触れると嫌なことがあると学習してくれるとよいのですが」
実際、効果はあった。
「いった~い! なんなのよぅ、もう!」
猪突猛進なアイリーンも、さすがに三度も同じ目にあえば、そうそう殿下に触れようとはしなくなり、もう一つのスイッチを押すだけでも、びくつくようになった。
そう。殿下がいま着てらっしゃるブレザーの背中には、でかでかと「否触危険」、前身頃には少し控えめに同様の文字と「我触火傷」の文字が浮き上がるのだ。
ええ。確かに、無関係の者に不用意に触れられては困るので、注意書きをしてくださいとはお願いしました。
でも、私が想像していたのは、共和国語(英語)のオシャレな刺繍。よく考えたら、共和国語がわかる人は限られているのだけど、まさか、こんなふうになるなんて!
この魔道具の動力部分は兄が、ブレザーは、私のドレスや制服を手掛けている兄の同僚が作ってくださり「礼は不要」と伝えられてはいる。それでも、一度くらいは、直接お会いしてお礼をと思いつつ、会いたいような会いたくないような複雑な気分。
でも、備えあれば憂いなし。
アイリーンに熱を上げている侯爵子息が、一度、抗議をしに来た。殿下に!
恋は盲目って、本当なのね。
「いかな第三王子殿下といえども、人に対して魔法攻撃をすることは法で禁じられております!」
「貴殿には、まず冷静になることをお勧めする。私が、人に対して、ましてこの学園内で、魔法を用いた攻撃などしていないことは、多くの学生が知るところである。ただ、自衛はしているぞ」
「であれば!」
「貴殿は、王族である私に、自分の身を守ることをやめよというのか? 貴族の子息であれば、戦場に立つのでもない限り、自身の身を守ることこそが、もっとも重要な責務であることは重々承知のはずだな?」
普段は穏やかな殿下だけど、やる時はやるのよ! かっこいいのよ!
「その上、誰にも憚ることなどないことではあるが、万が一の事故などないよう、このように警告している」
「触るな危険」「オレに触ると火傷するぜ」のスイッチを押す時は、ちょっと恥ずかしそうだったけど。
これで引かなきゃ、貴族の子息をやめますか?ってなものだ。
「…私が浅はかでありました。重ね重ねご無礼の段、お許しを」
おかげさまで、アイリーンはちょくちょく姿を見せるものの、意味不明なアイリーン劇場を繰り広げて帰っていくだけなので、私の心は平和だ。珍獣を眺める気分でいれば、なかなか興味深くもある。
でも、まあ、猪や鹿や猿の中にも、ちょっと痛いだけで命に別状はないと理解する個体もいたからなぁ。
いつまで、もつだろうか?
「エリス、もう大丈夫だよ」
ひさしぶりに、普通のブレザー(それでも防御系の付与はされている)をお召しになって現れた殿下がおっしゃった。
「エリスが、私のことを想ってプレゼントしてくれたものだから、大切にしまっておくよ」とおっしゃられるも、どこかほっとしたように見えるハイマン殿下。
王家によって、サンガの魔力の多さや質の裏付けがとれたので、殿下も私も遠慮なく「衛兵ー!」と、すぐに呼ばわって、事後処理を任せられるようになり、楽は楽だ。それに、私まで偉くなったみたいで、ちょっと楽しい。
一方で、ハイマン殿下もまた、生徒会役員になられたので、放課後一~二時間時間をとられる。
殿下は、先に王家の馬車を使って帰ってもよいとおっしゃったけれど、「お待ち申し上げております」と言ったら、とてもうれしそうだった。
帰りの馬車の中で、殿下に、今日のあれこれをお話しすることを私も楽しみにしている。




