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閑話 僕のエリス⑧


 ディーバイ王立学園には、生徒会という組織がある。

 本来は、学生の考えを学園運営に反映し、学生の権利を守るためにあるものだが、内実は、王侯貴族の政治の予行演習の場になっている。

 年度が切り替わって三ヵ月後が、生徒会役員の入れ替わり時期だ。

 当然の如く、総入れ替えはありえない。

 今現在、王太子である大兄様が生徒会長を務め、その婚約者の公爵令嬢が副会長を務めている。

 慣例と侮るなかれ。王族や高位貴族の子女は、幼少より、他者に比べて格段に厳しく躾けられ、勉学に励み、武芸の修練を積んでいる。

 その他の役員を決めるのは、この二人、実質的には生徒会長の独断である。

 昨年、大兄様は、すぐ下の学年からは第二王子である小兄様、法務大臣を務める候爵の子息と男子二人を選んだので、バランスを取るため、さらにその下の学年からは女子を二人選んでいる。小兄様の婚約者である侯爵令嬢と、件の問題児、アイリーン・シェリー・オースタン男爵令嬢だ。

 その任期も残り少ない。三ヵ月後には、大兄様は生徒会長を退かれ、卒業論文の制作に専念される。次の生徒会長は、小兄様と決まっている。

 小兄様が、言わば繰り上がるように、その他の役員も繰り上がるのが普通だ。しかし、眼鏡の侯爵子息は大兄様の側近候補であるし、小兄様とは反りが合わないので、外される公算が大きい。

 案外、小兄様は、これまで日の目を見なかった、秀才を探し出して当てるかもしれない。自身の婚約者は妥当。アイリーンは、聖魔法の使い手というだけで、選ばざるをえない。

「一年生では、ハイマンを指名するよ」

 すでに、小兄様から言われている。学院に王族がいれば、選ばれるのは当然なのだ。

 過去の事例からすれば、次いで、王族の婚約者を選ぶ可能性は非常に高く、しかし、王族が一人も在学しないこともないわけではないし、そう言った場合は、高位貴族が家柄の順に同様のピラミッドをつくり、婚約者であることを重視するのか、より家柄の高い令嬢を選ぶのかは、ケースバイケース。

 エリスは伯爵令嬢だ。同学年には、公爵令嬢もいるから、どちらを選ぶかは生徒会長しだい。

 ただ、小兄様と僕が考えているのは同一人物だと思う。

 だから、「バーランド伯爵令嬢と話がしたい。もちろん、ハイマンもおいで」と小兄様に言われた時は、てっきり、生徒会に誘うためだと考えた。

 折しも、エリスから「第二王子殿下に、内密にお話ししたいことがあるのですが、場を設けていただけるよう、ハイマン殿下からお伝えしていただくことはできませんでしょうか?」と相談を受けたばかりだった。

 話の内容も目的も、想像がつかない。

「まだ、内緒です」

 悪戯っぽく言われてしまえば、聞き出したくてしかたのない自分の心を必死に押さえて、微笑むしかない。

 後に、なぜ、この時期だったのか理解した時、僕は彼女の深謀遠慮に感心するばかりになる。

 その足元に平伏したら、エリスは嫌がるだろうか?

 「ちょうどよいから、いっしょに済ませてしまおう」と小兄様が快諾したので、エリスには小兄様からも話があるようだと伝える。

「生徒会への勧誘だと思うが」

「そうですか」

 エリスは、真顔で小首を傾げる。どこか気のない返事に聞こえたのが気になって、僕は、エリスが僕の同席について言及しなかったことに気付いていながら、知らぬふりをした。

 当たり前のような顔をして、共に小兄様のところへ向かう。何か言われたら、兄には同席するよう言われているのを盾にしよう。

 しかし、小兄様が指定した場所は、同じ施設内とはいえ、学園ではなく、魔法省管轄の研究所。

 この時点で少しおかしいとは思ったが、まだ、自分の考えを覆すには至らない。

 しかし、エリスを伴って訪れた研究所内の一室に、小兄様のほかに、エリスの兄であり、この研究所の研究員でもあるメテウス殿がいたので、まるで違う話なのだと、やっと確信が持てた。

 まずは、身分が上の、小兄様から話し始める。

 基本的に、部外者は立ち入り禁止の研究所でも、まったく来客がないわけではないらしく、貴族としての品位を損なわない程度の応接室が存在していた。よくよく考えてみれば、研究員たちのほとんどが貴族の子弟なのだから、当たり前といえば当たり前である。

 しかも、その部屋の防音効果は高く、さらに、小兄様は完全な人払いをした。

「突然、呼び出してすまなかったね。バーランド嬢。君の兄もいることだから、どうか楽にしてくれたまえ」

「ご尊顔を拝します機会をたまわり、光栄でございます。第二王子殿下」

 形ばかりあいさつを交わすと、さっそく本題に入る小兄様。

 もともと無駄を嫌う人だが、今日の小兄様は、どこかうきうきと浮かれて、そのせいで急いているように見えた。

「バーランド嬢、君がメテウスに依頼していた件について。断りもなく、首を突っ込ませてもらった。許せ」

「もったいないことでございます。もし、第二王子殿下のお眼鏡に叶いましたならば、これ以上の栄誉はございません」

 恥ずかしながら、僕は彼らが何の話をしているのか、見当もつかない。

 そこに悔しさや焦燥感が加わる前に、メテウス殿が両者の間にあるローテーブルに並べられた、透明な容器について、エリスに確認する形で説明してくれる。

 そう。席は、王家側とバーランド伯爵家側にわかれている。

「エリス、君からの僕への依頼についてだが。幸運にも、第二王子殿下がお出ましになった折、これらに興味を示してくださった」

「まあ。大変、ありがたいことでございます」

「これらの素材や製法については、君に説明を譲るとして。君が危惧していたことを、一つ一つ検証したので、それについて説明しよう」

「はい。ありがとうございます、お兄様」

「君が自ら製作したものについては、一切、問題がなかった。各種薬品も、塩分を多分に含んだ食品も、塩それ自体も、酢も、酒も、この物質に影響は及ぼさない。ただ、長期保存する物、エリス、君が例に挙げたように、ポーションとワインについては、用心として容器に状態保存(ステイツセーブ)の魔法をかけた方がよいだろう。また、僕を含め、君以外の木魔法の使い手が製作したものは、一応、形にはなったものの、安定性を欠き、故にすべてのものに状態保存(ステイツセーブ)をかけなければ、使用に耐えられないと考える。最後に、君は容器に強く触れた時の臭いを気にしていたが、柑橘系のだいぶん薄いものであるし、むしろ使用者に好まれると考える。ポーションをはじめ、食品・飲料への匂い移りを防止するためには、スライム膜等によるコーティングを検討するものとする。その分、手間とコストが掛かることになるが、君の提案通り、使用後すべてを回収し、成形し直すのであれば、原材料の調達はほぼ不要となり、むしろ安価に提供できるものとなるだろう。僕からは以上だ」

 エリスは納得したように頷いている。

「では、エリス嬢。製作者として、製品それ自体について、製作時の経緯も含めて、なるべく詳しく話してほしい。また、それを今後どう活用していくべきか、意見を聞かせてくれるかな?」

「はい、第二王子殿下」

 表情はもちろん、声帯までコントロールするのが王族だ。その意識だけでなく、常にどこか冷めているところのある小兄様が、いまは気に入りのオモチャを前にした子供のように、前のめりになっている。

「この透明な素材は、樹脂、つまり、木に含まれる脂です。私はそれを木工(ウッドワーキング)の魔法で取り出し、成形することに成功しました。最初は、下敷きとして使用していたのですが」

 あっ、と声を出しそうになる。僕は、いまのいままで、それと、この目の前にある様々な器が、同じものだとは気付いていなかった。

 散々、サンガの悪戯にあって、エリスも珍しく、ずいぶん困ったものを作ってくれたものだと思っていたくらいだ。

 人目も憚らず、天を仰ぎたくなる。

 エリスも僕も、学園を卒業するのと前後して成人する。それまで四年弱。こんな調子で、僕は使いものになるのだろうか。

 焦燥感に駆られながらも、こんな提案ができるエリスを誇らしく思う。

「こちらがそうです。紙にものを書く時に、下に敷きます。机やテーブルに傷を付けずにすみますし、また、逆に、そこにある溝や窪みの影響を受けなくて済みます。ノートの前後のページに対しても、同じことが言えます」

「なるほど?」

「次に、思い付きましたのが、ガラスの代用品としての活用です。私事ですが、家に幼い甥がおりまして、ある時、室内で走って止まれず、ガラスの嵌め込まれたキャビネットに突っ込みました」

 ここにいる男子三人は、皆、言わば高貴な出であるが、男子であるが故に、事の大小に差こそあれ、まったく身に覚えがないわけではないので、苦笑いする。

「幸い、怪我は軽く、すぐに魔法での治療を受けることができました。ですが、私は心配のあまり、彼の手の届く範囲にあるガラスを、すべてこの樹脂製のものに替えました。厚さはいくらでも調節できます。欠点をあげるとすれば、ガラスに比べて存在感と美しさに劣り、高級感がなくなること。また、このように」

 そう言って、エリスは下敷きを自分のドレスにこすり付け、髪に近付ける。長い豊かな髪であるがゆえに、少量ばらつき、持ち上がる程度だが、見る者には十分なインパクトを与える。

「静電気が起こりやすいので、埃を吸い寄せ、そのせいで汚れやすいと思われます。また、硬い布や紙で擦ると、ガラスとは違い、表面に細かな傷がつきやすく、その場合、薄っすら曇ったように見えることもあります」

「ふむ。だが、それは状態保存(ステイツセーブ)の魔法で予防できるわけだな」

「仰せの通りでございます。第二王子殿下」

「では、本題だ。これらの容器は、どのように使う」

「それは、使う者次第であり、その可能性は無限と言えましょう」

「ほう。無限とな」

 大言壮語が嫌いな小兄様だが、いまは上機嫌だ。

「はい。例えば、こちらの四角い容器。容器自体の容量も形も、また、それを構成する樹脂の厚さも、さまざまご用意できますし、蓋を付け、そこにこのように、コルクでパッキンを設ければ、完全に密閉することができますので、品質保持に役立ちます。工業製品の部品から、食品まで幅広くご利用になれると思います。また、日用品を仕訳けして収納したり、引き出しや箪笥内の整理にも向きます。洋服をしまい、防虫効果のあるハーブを共に入れておけば、長く品質を保つことができます」

「そちらの、瓶のような形状のものは?」

「はい。こちらは水やジュースの持ち運びを容易にするものです。小さく丈夫につくり状態保存(ステイツセーブ)をかけたものはポーション用に。先の容器と同様、密閉することができ、軽く、さらに壊れにくく、短期間ですが保存がきくので、運搬・販売ともに利点が」

「それだ!私はそれが聞きたかった」

 小兄様が膝を打つ。

 びっくりした! これらの入れ物には、僕が「便利そうだ」と思った以上の有用性があるらしい。

「容器が軽いということは、それだけ多くを一度に運べる。容器の規格が揃っていれば、無駄なく箱に詰めることができるし、また、馬車の荷台にも積み込みやすくなる。破損する数が減れば、儲けも増える。そうだな?」

「左様でございます」

「いいぞ! 食品を詰め、密閉してから状態保存(ステイツセーブ)の魔法をかければ、保存のきく期間が大幅に伸びるのではないか? その場合の安全性はどうか?」

「早急に、兄が調べます。第二王子殿下」

 兄、のところを強調するエリスに、小兄様がふっと笑う。

「よし。メテウス頼むぞ。面白くなってきた。ハイマン! これは、素晴らしいことだぞ! 我が王国の、いや、世界の流通が変わる!」

 僕には、それがどれほどすごいことなのか、まだぴんと来ていないのだが。あの小兄様が、興奮して叫んでいる!

「効果が目に見えるまで、他を説得することは難しいだろう。だが十年、いや、五年の後には、バーランド家の陞爵もありえよう」

 そこまでか!? 雷にずがんと身を貫かれたような気分だ。

「…そのこと、お兄様には申し訳ないのですが、その陞爵にもあたろうかという功績を、これから私が申し上げますお願いと相殺していただけませんでしょうか」

 すっと立ち上がり、深々と臣下の礼をとったエリスに、小兄様は少し興が冷めたようだ。

「そうであったな。なにやら、話があるということだった」

 それでも、それだけ彼女の功績が、稀にみるものだということだろう。

「…聞こう。掛けなさい」

「はい。失礼いたします」

 それからは(いや、それからもか)彼女の独壇場だった。

 もし、この願いが叶わないならば、この提案自体なかったこととしていただきたいと前置きをして、彼女は第二王子の側室について、言及した。本来であれば、越権行為などという言葉でも生ぬるい。不敬として、処罰・処刑されても文句は言えない。いかに僕の婚約者といえど、彼女はそういう立場だ。

 僕は、なぜ、彼女の隣に座っていないのだろう。後悔の念と、どうしようもないという諦めに身を重くする。

 いや、そうじゃないだろう! 直後、湧き上がってくる思い。

 彼女の身に危険が及ぶなら、僕は王子の身分を捨ててもいい。彼女を連れて逃げようと覚悟を決めた。

 しかし、彼女の言葉は続く。

 そこで出た、サンガ・シビユレ・モートレールの名に、僕は目を丸くし、小兄様も怪訝な顔をする。

 確かに、王太子である大兄様から、冗談交じりに、彼女との婚約をほのめかされたことがある。僕が。

 そう。サンガの血統・立場は、扱いが大変難しい。近付きすぎても、蔑ろにしすぎてもいけない。

 利用、と友人である彼女には絶対に使いたくない言葉だが、彼女の母国に対して、我が王国はそれを行っている。

 彼女を娶るなら、王家の第三王子である僕がぎりぎりだと、誰もが思い、また、事実そうである。

 しかし、エリスは、その彼女を、第二王子の側室に勧めた。なぜか。

「私は幼少のころより、サンガ嬢と『魔力合わせ』をくり返して参りましたので、よく知っているのですが、彼女の現在の魔力量は、第三王子ハイマン殿下にも匹敵します」

 初めて知る事実に、僕たちは息を呑む。エリスの兄、メテウス殿ですらそうだ。それは、我が王国いや王家、またサンガ自身にも危機感を抱かせるだろう情報だ。しかし、エリスは、そこにさらなる爆弾を投げ込む。

「サンガ嬢の魔力は、聖なる気に満ちています。もし、仮に、彼女に『魔法の種』をお与えになるならば、彼女は稀代の聖女として我が王国に仕えることとなりましょう。彼女は、自身の立場を知り、分を弁えております。己が家族を、弟妹を想い、我が王国に骨を埋める覚悟です。野心もなく、すでに自身の婚姻すらも諦めております」

 知らなかった。まるで、気付かなかった。

 魔力については、彼女本人もわかっていないに違いない。

 サンガは、およそ貴族らしくあるためのあらゆるものに近付くことができない。そうできないようにされている。言い方は悪いが、そのように我が王家に飼われているのだ。

 エリスが明かしたのは、場合によっては、サンガを裏切ることにも繋がりそうな彼女の意志と情報。そして、提案。

 僕は…まだまだだな。これをどうしたらいいのか、まるで判断がつかない。

 エリスが指し示す道を進むには、勇気と覚悟と知恵が必要だ。これ以上ない最上の道だとわかっているのに、そこにある断崖、道を塞ぐ大岩に足がすくむ。

 しかし、小兄様は違った。

 後に、彼が僕に漏らした言葉。

「お前の婚約者は、救いの女神ではないのか」

 どこかで聞いたような言葉だ。

 しかし実際、小兄様はこの時、率直に言って「助かった!」と思ったそうだ。

 オースタン男爵が王家に対して、息女アイリーンの為に「魔法の種」の下賜を申請してきたのは、一年と少し前のことである。

 彼女が貴族として四年以上も出遅れた理由は、それまで庶子としてすら認められていなかったからで、こんな事態は数は少ないながらも、まったくないとは言えないのが実情だ。

 問題は、アイリーンの魔法が聖属性であったことで、それが判明した時点で、王家は徹底的に彼女のことを調べている。

 当然「暗部」も王妃主導で投入され、彼女の生活環境から、行動範囲に交友関係、取るに足らない言動、癖、食事の好き嫌いにいたるまで、すべてが調べ上げられた。当然、孤児院にいたこともだ。

 オースタン男爵の売り込み(そうとしか言いようのない露骨な陞爵の要求があった)によれば、アイリーンの売りは聖魔法だけではなく、預言にあった。

 実際、学園内でも、大兄様や小兄様の気を引きたいがためとしか思えないタイミングで、いくつかの預言をしている。

 大兄様は、教会の手前、大きな声では言えないが、預言など「くだらない」と考えている。

 彼に言わせれば、ダンジョンの一階層に、二階層の魔物が現れることは、頻度は低いがないわけではなく、怪我をした生徒二人は、日頃から教師の話を聞かず、隙あらば訓練をさぼり、積極的に授業を妨害していたような輩で、それは当然の結果でしかない。

 冷害や干ばつにも、日頃から国を挙げて備えており、荒れ地を開墾して作付面積を増やしたり、ライ麦や芋の栽培を奨励するなどしている。むしろ備蓄倉庫の物品を横流しする役人がいることの方が問題で、どうせなら、なかなか尻尾を掴ませないこの犯人を言い当てるくらいのことはしてほしいものだと、ぼやいていた。

 小兄様は、研究者だけあって、目の前にある事象の訳を知りたがる。

 それがために、自分より知能の劣るアイリーンに振り回される羽目になっている自分に、珍しく腹を立てていた。

 王家としては、それが真実であろうと、狂言であろうと、役に立つならば利用するというスタンスだ。

 第二王子である小兄様に的をしぼったと思われていたアイリーンが、第三王子の僕にまで接近してきたことを報告すると、王妃であり、暗部の司令塔でもある母様は、僕に一つの課題を与えた。

 すでに決まっている答えに、どこまで近付けるかの試験であり訓練。それには、結果的にアイリーンの接近を許さざるを得ず。

「エリスにはきちんと言い訳、いえ、より詳しい説明をしておいた方がよいでしょう。嫌われたくないのならば」

 これは、本来、王族だけで共有している情報の開示を、相手をエリスに限定して、許可をしてくれたとみていいのだろう。

 同時に「あなたにはまだ難しいから、エリスに手伝ってもらったら?」という母親としての提案。

 それだけ母様は、エリスを高く買っている。

 ありがたい。なにより、僕はエリスに嫌な思いをさせたくないし、嫌われたくない。

 婚約者のある身で、他の令嬢に接触を許すということは、対外的には、その婚約者とその実家を侮辱することになる。

 例えばそれが、完全に政略的な婚約だったとしても、相手の心を傷つけることにもなるだろう。

 エリスは、他の令嬢が僕に近付くのは嫌だと言ってくれた(言ってくれたよな? 僕の妄想ではないよな?)

 学園からの帰り道、いつもであればバーランド伯爵邸に送り届けるエリスを、王城に連れてきて資料を見せる。

 これまでアイリーンが口にした、預言と思われるものを書き出したものだ。

 暗部の仕事らしく、いつどこで、誰が同席し、どういう状況で、どんな言葉選びをしたか、どこで考えるように言葉を区切ったかまで、詳細に書かれている。

 その分、目を通すのに時間がかかるのだが。

 エリスは、さっと目を通しただけで、おっとりと「時系列ではないのですね」と言った。報告書には、アイリーンが口にした順に並んでいるので、エリスの言葉は、預言で示された出来事がすでに起こった、もしくは、これから起こる順のことを差す。

 どこから手を付けていいのかわからない、絡まった糸の先を示めされた気分だ。

「言われてみれば、そうだ」

 歴史上、預言者というものは確かに存在した。

 その言葉は神託だと教会は言うが、それは実に不明瞭なもので、重大な事柄の直前になっていきなり伝えられたり、神の力が強大であるが故に長々と繋がることができない(と教会は言っている)ので、特に重要な部分しか言葉にされてこなかった。

 僕は、エリスに促されるままに、アイリーンが口にした事柄を、王国にとっての重要度で色分けしてみる。

「見事にばらばらだな」

 アイリーンが、啓示を受ける毎に口にしているのであれば、物事が起きる順になるか、そうでないならば、重要なものほど先頭にくるのではないか? そうエリスは言いたいのだろう。

 なるほど、なるほどと、僕は内心大きく首を振る。

「アイリーン嬢は、これをすべて覚えていられたのでしょうか?」

 さらにエリスが指摘した通り、報告書の中のアイリーンは思い出すための時間稼ぎのような言葉をよく挟み、地名や日付を何度か言い直したりもしている。そう。すでに、あるものを読み上げるが如く。

 それこそが、神の声を聞いている証拠だと、教会あたりは主張しそうだが、彼女の学習態度や成績を加味して、ただの人間と考えればどうか?

「ありがとう、エリス」

「殿下のお役に立てたのならば、うれしいです」

 暗部と聞いて、僕は、自制のきく者を想像していたが、猫のごとき好奇心の持ち主が多く、特にエリスには注目している。

 できれは彼女に命令されたかった、そんな雰囲気を漂わせながら、僕が命令した調査を微に入り細にうがって行ったようだ。

 おかげで、アイリーンの自宅の机の引き出しが、二重底になっていることを発見し、そこに隠されたノートに、いわゆる「聖女の預言」のすべてが書かれていることが確認できた。

 それは、幼い子供の未熟な筆跡で、すべてが同時期に書かれたと推察される、と報告書にはある。

 暗部によって書き写された内容は、アイリーンが学園に入学してから、卒業するまでの四年間に限定され、その他は、ディーバイ王国の幼児でも知っているような簡単な歴史と、どうやら将来が明るいらしいというくらいの、ぼんやりとしたものだけであった。

 書き留められている学園内で起こるとされている出来事は、すべて、彼女を中心としたもので、ほとんどが妄想としか思えない、彼女にとって都合がいいだけの恋愛模様である。

 その相手役としての王太子、第二王子、第三王子である僕、及びその婚約者や側近については特に詳しい記述があり、平民として幼少期を過ごした彼女が知りようもないことまで書かれているがために、少女の妄想と打ち捨てることができないのだが、どう考えてもこの人物が、こんな言動はしないだろうということだらけだった。

 …ある三人を除いては。

 まさか、三名もの令息が、彼女の記した通りに行動するとは!

 どうしても謎は残るが、それを証拠にアイリーンを聖女だとは、誰も言わないだろう。あまりに低俗すぎる。

 この手品の種を解明することができず、すでに、だいぶ振り回されてしまった王家と貴族社会。

 それでも、下手な悔恨も楽観もせず、現状に即して粛々と対応するのが政治というものだ。

 用心はしつつ、近衛騎士団長子息、法務大臣子息の重要度を極端に下げることで対処は可能。

 本当であれば進級もあやしいアイリーンを学園に通わせ続けるのも、まず、ありえない選択だが、もし万が一、新たな預言をした場合に備えている、ただ、それだけのこと。

 現時点で、預言の内容で注意すべきことはたったの三つ。

 王都付近にできたダンジョンでスタンピードが起こる時期、干ばつの起こる時期、隣国が戦争を起こす時期だ。

 これらのことが本当に起こるのであれば、一大事ではあるが、起こるものと想定して、備えておけば、被害を最小限にすることも、回避することも望める。

 その預言が書かれてから、すでに何年も経っているわけだが、さらに書き加えられた形跡はなく、これからもないだろうと思われた。

 これらのことをまとめて、母様に報告すると「よくできました」と褒められる。いや、及第点はいただけたというのが正しいか。

 すでに、これくらいのことは母様は掴んでいただろうが、あくまで僕が調べたこととして家族(父様、母様、大兄様、小兄様、それに僕)で情報を共有する。

「そういうことであれば、仕方がないな」

 一応の用心として、すでに彼女に心奪われている二人の側近を、王太子である大兄様は切らずにいる。

 エリスに倣って言うならば「おつむの弱い者でも、道具と同じで使いよう」だ。

 どれだけ目が曇っていても、王国の危機を察知すれば、せめて王家に報告するくらいには、彼らも貴族の子息であることを期待している。

 王家というものは、無慈悲に、国でも人でも使い尽くす。

 この冷酷さがなければ王族など務まらないのだと、恋に現を抜かす下級貴族の令嬢には、理解しようもないだろう。

 いまや、アイリーンという少女には預言者としての価値はなく、ただ、脆弱な聖魔法が使えるという一点で、不敬も、無知であることそれ自体も見逃されているだけなのだ。

 そこへもってきて、新たな、そしてより強力な聖女となるだろう人材の報告だ。

 それも、まったく問題のない、万々歳な結果に結びつくとは、到底言えないのだけれど。

「…よくぞ。よくぞ教えてくれた。感謝する」

 小兄様が、その後ついてまわる苦難を承知で、最良の伴侶を選び取った瞬間だったのだと、思い返すたびに僕は静かな感動に包まれることになる。

 その時、エリスは一仕事終えたような顔をして、しかし、友を思えば付け加えずにはいられなかったらしい。

「恐れながら申し上げます。第二王子殿下」

「なんだ」

 威厳は保っているものの、後から思えば、この時の小兄様は、エリスの言うことをなんでも聞くつもりだっただろう。

「我が友、サンガ嬢は、冷静にして沈着、論理的な思考の持ち主である一方で、洒脱な面もあり、じつは恋愛に憧れる乙女な面も隠し持っているのです。できますことならば、第二王子殿下より、形だけでよいのです。偶然の出会いを演出していただけませんでしょうか。それも含めて三度、逢瀬を重ねた上で、彼女の魔力のこと、また婚姻等のお話を勧めていただくことはできないものかと、私の本当に勝手で無粋で不敬なお願いでありますが、先の功績をすべて王家に捧げますので、どうかこの願い、聞き届けていただきたく」

「なぜ、三度なのだ?」

「…サンガ・シビユレ・モートレールは、三顧の礼を持って迎えるに値する女人であるからです」

 この時の、このエリスの言葉を、小兄様はよほど気に入ったらしく、事あるごとに、会う人、会う人に繰り返し聞かせたので、サンガは「聖女」であると同時に「三顧の礼の賢夫人」として平民にまで、その名を知られるようになる。

 彼女に「魔法の種」を下賜するまでには、また、一悶着も二悶着もあるのだが、この時の第二王子の英断を、近い将来、王国中の人間が讃えることになる。もっとも、そのことは、この場に居合わせた誰も、勧めた当のエリスでさえも、いまは知るよしもないのだが。

 当面の出来事として、アイリーン男爵令嬢が生徒会役員に選ばれることは二度となく、代わりに、サンガが小兄様を助け、円滑に生徒会運営を行っていくことになることを、ここに記しておこう。



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