38、ダメなら次を考えるわ
「無茶をしないでくれ、エリス」
「はい。お騒がせして申し訳ありません、ハイマン殿下。もう二度と、あんなことはいたしません」
心配してくださる殿下に対しては、神妙に頷いたけど。
「なぜ、あんなことをなさったの? エリス嬢。私もさすがに驚いたわ」
興味津々のサンガが相手だと、思わずにんまりしてしまいそうになる。
いけない、いけない。
「一度くらい、子供の喧嘩を経験しておこうと思いましたの。私、兄とはずいぶん年が離れておりますし、そんな機会もありませんでしょう?」
澄まして言っても、先程からケーキをフォークで切り分けては、ぱくついているので、どう見ても「決まった!」といった感じにはならない。
人の好みって、変わることがないのかしら?
殿下は、ぽちゃな私の方が好き。わかっているし、たんに私の意志が弱いせいもあって、生まれ変わってこの方、故意に痩せることはほぼなかった。
でも、今日みたいなことはこれからもあると思うし、この学園には魔法による戦闘訓練(魔獣討伐やダンジョン攻略を目的としたもの)の授業すらあるのだから、痩せている時間も増えると思うのだ。
ハイマン殿下も、こちらの姿に慣れてくださらないかなぁ。他力本願で、直に頼んだりできないのは、彼が王子様だからというより、捨てられた小犬のような目を見るのは、なかなかに心が痛いから。
しかも、この、ふわっで、とろ~で、甘々な幸せよ!!! んんーっ! ケーキ最高!!
サンガは、しようのない子、というように私を見守る。学園では同学年でも、実際はお姉さんだし。
「それで、楽しかったのかしら?」
「ええ! それはもう」
「エーリース?」
珍しく殿下が低い声を出される。その後、軽く咳き込まれた。ほら、無理をなさるから。
思わず、背中をさすさす。
「もう、しませんわ。でも、嫌なものですわね? 他の令嬢が、訳もなくハイマン殿下に触れようとするのは」
もう一度、咳払いされる殿下。顔も赤い。
「お風邪でも召しましたか? 殿下。季節の変わり目は、特にお気を付けになってくださいましね」
「あ、ああ」
「大丈夫よ、エリス。殿下は」
「サンガ嬢」
「ふふっ。春ですから、と言いたかっただけですわ」
息のあってる二人の会話。昔は嫉妬した時もあった。
いまは、サンガの気持ちを知ってるからね。
でも、本人の気持ちに関係なく、婚姻関係を結ぶこともあるのが王侯貴族だ。むしろ、そちらの方が多いくらい。
サンガは、とても魅力的な女の子なのに、その出自のせいで、婚姻すら諦めてしまっている。
十四歳の女の子がよ?
彼女は自分の立場をよく理解していて、留学を終えたからといって、自分が母国に帰ったら、代わりに自分の弟妹が王国に送られることを知っている。
だから、ディーバイ王国に骨を埋める覚悟をしている。飼い殺しにされるのはつまらないから、学園を優秀な成績で卒業して、王城に就職したいそう。基本的に、王城から出られないから、それ以外に選択肢がないのよ。
だが、それも難しいだろう。
周りの空気を読んでまとめると、こんな感じ。
王城の侍女は、貴族家の出身でなければならないが、逆に彼女は身分が高すぎる。能力的には、高級官僚も夢ではないだろうが、女性にさせるにはきつすぎる仕事だ。
本音は、他国人で信用できないから、王族の世話をさせたり、機密に触れるような仕事をさせるなんてとんでもない!といったところか。
その上、サンガは魔法が使えない。母国に帰れば王族なのに、ここでは属国の出身であることを理由に「魔法の種」を与えられなかったから。
この王国では、厳密に言うと、魔法が使えないと貴族扱いされない。逆に、平民でも極々まれに魔法を使える者が出現して、彼らには出世の道が開かれる。
「王子妃になったエリスの秘書をしてあげるわ」って、数年前までは言ってくれてたけど。それが現実的じゃないことを悟ってからは、言わなくなった。それが、悲しい。
高貴で、不安定な立場の彼女と結婚する貴族の男はいない。
いちばん現実的なのは、王族直系の中でいちばん立場の軽い、ハイマン殿下の側室になることだ。
形だけでもそうすれば、彼女の立場は安定する。もともと私たちは仲がいいし、実際にそうなっても、思うよりずっとうまくやっていけるはずだ。
でも、私が嫌なのだ。
こんなにサンガのことが好きなのに。ほんの少しも譲ってあげることができない。
「ハイマン殿下? 弟がせいぜいよ」
そうサンガが言ったのは、私の気持ちを察してじゃないのかな。
私は、自分が嫌になりそうで、本当に、それがサンガの為になるのか確信も持てないまま、一計を案じた。




