37、ピンクの突撃
ドートン先生は、相変わらず偉そうな口調ながら(実際、偉い)私たちの「探求心の発露」を褒めてくださった。
ただ、ブラックボックスの中身は、王国の軍事機密にも関わることらしく、クラスβの全員が、口外しないことを正式に誓わされた。
「脅しでも何でもなく。この誓いをやぶれば、こうであるからな」
右手を首に当てて見せる。うほぃ。
そんなものを、気軽に教室に放置しないでいただきたい。
いえ。大変、楽しませていただきましたけども。
機密では、素材について質問しても、教えてくれないだろうなぁ。そこは残念。
「お見事でしたわ」
「面白かったぜ」
クラスメイトとの距離もだいぶ近くなって、私は思わずにっこにこ。
サンガと廊下を歩いていたら、向こうからハイマン殿下がおいでになった。
「エリス嬢」
「ハイマン殿下」
略式のあいさつを交わす。殿下の表情に、あれ?っと思う。
これ、私がスリムになっちゃってる時の表情だ。
腕を上げてみる。細い!
道理で、廊下を歩いていても、やけに視線を感じるわけだ。
ただ、見知らぬ人の中にいる時に感じる蔑みや憐みとはちょっと違って、ぼーっとこちらを見ている人が多かった。
そりゃ、そうだ!
私は自分のことだから、変に慣れてしまったけど、こんな体質、見たことも聞いたこともない。
しかし、すでに結構な数の人に見られてしまったし。いまさら隠そうにも手遅れで、その上、あらためて考えると、隠さなければいけない理由もないかな?
これはもう、皆様に慣れていただくしかない。エリス・ティナ・バーランドは、こういう体質ですよー!
サンガを見ると、にっこり微笑むだけ。
「わかっていましたのね、サンガ様」
「それはそうですわ。この眼鏡、替えたばかりですもの」
裸眼で見れば「皆、同じのっぺらぼう」と言うサンガこそ、私がどんな体型だろうと気にしないでいてくれる。
「小花のワンポイントが可愛いわ」
「可憐な私に、よく似合いますでしょう?」
じゃれ合う私たちに、殿下が苦笑して、私にご自分の肘を示す。エスコートしてくださって、どこ行くの?
「エリス嬢。次の授業まで、少し間がある。お茶でもいかがか?」
おおっ。ケーキセットでも奢ってくださるのかしら。カフェテリアのメニュー表を思い浮かべたら、おなかが空いていることに気付く。
「ぜひ、よろこんで」
「サンガ嬢も、よければ」
「光栄でございます、第三王子殿下」
三人だけでいる時の、サンガの「第三王子殿下」への呼びかけは茶目っ気たっぷりだ。
苦虫をつぶしたような顔をされる殿下に、笑いを堪えていると、遠くから可愛らしい女の子の声で、ありえない呼び掛けが。
「ハイマ~ン!」
サンガに遣り込められてる時は別として、いつも微笑みを湛えているお顔から、表情が抜け落ちた時って、恐怖を感じなければいけないと思うのだけど。
「ハイマン! やっと会えたぁ。私のこと、覚えてるかなぁ? アイリーンだよ!」
ドレスのスカートを持ち上げて、パタパタ走ってきて、はぁはぁ息を乱してたのをなんとか整えて、元気よく笑う少女は可愛い。
周りに人のいない草原あたりで、身内相手にやっているのであれば。
え? つくってるんじゃないの? 本気でやってるの? だったら、すっごい! いや、わざとでも、すごい!
私は制服のポケットから扇子を取り出してパラリ。え? こんな小さなポケットに、こんな長いものが入るはずがない?
説明しましょう!
これは無尽蔵といって、ええ。私の制服のポケットにはすべて、この機能が。
無尽蔵とはいいながら、容量には限りがあり、一メートル×一メートル×一メートル。重さは十キログラムまで。
生き物は入らないらしい。
「お菓子を入れて忘れていると、カビたり腐ったりするから気を付けなさい」と兄。
生き物は存在できないはずの空間で、なぜにカビが?
首を傾げる私に「小さくてごめんね」ですって。いや、十分でしょ。しかもそれが、上着に二つ、スカートにひとつ付いていたりすれば。
「来てしまいましたわね」
「ああ。まさかとは思っていたが」
「まあ、あれが噂の」
ペースを崩さない私たちに、ピンク少女アイリーンが、ぷぅっと頬を膨らませる。
「もうっ、ハイマンったら! いつまで拗ねてるの? アイリーン、怒っちゃうぞ!」
ぷんぷんって口で言いながら、腰に両手を当てる。
王太子殿下に迫っていた時は、平気で腕に腕を絡ませようとしたり、胸に縋ったりしようとしたらしい。
少しは、学習しているのかしらと、思ったら、来た!
「ねぇ、ハイマ~ン!」
伸びてきた手を、綴じた扇子でぴしりと叩く。
「え? ちょ、なに、なによ、なにすんのよぅ~」
懲りずに何度もチャレンジしてくるので、ピシッ!ピシッ!ピシピシピシっ!
まさか、私がこんなことをするとは思わなかったのか、隣で殿下が呆気にとられている気配がするけど。
集中しないと、外しちゃうから!
片田舎の寂れた商店の片隅で、使い古されたモグラ叩きで、一人遊んでいたのを思い出すなぁ。
いま、痩せているから、めちゃくちゃ体が軽い! わぁ、楽しくなってきた!
向こうが両手を使い出したので、扇子をもう一本取り出して、こちらも二刀流!
なぜ、二つも扇子を持っているのか? ついうっかり、日用品を置き忘れることが多いので(さすがに高額品は忘れない)扇子に限らずスペアは二、三持ち歩いているのだ。
「もうっ! あったまきた! なによ、この女ぁ!」
掴みかかってきたので、待ってましたぁ!
がっしと彼女の両手を掴んで、額をごちん!
「いったぁ~い! なに、この石頭ぁ!」
喚いても構わず、ぐいぐいと押していく。
ああ。いけない、いけない。私ったら、子供同士の喧嘩もはじめてで、楽しすぎて、本来の目的を忘れるところだった。
魔力、行きます。
そう。このアイリーン嬢、魔力量が少なすぎて、側に立ったくらいではろくに、その性質を感じ取れなかったのだ。
本当だったら、モグラ叩き、もとい、扇子で手を叩き落としてる間に探れたでしょうに。
さすがの我が兄も、聖属性の魔力までは再現できなくて、私は、こうして確かめざるを得なかった。
えーと、まだ? まだ入るの、この子? 相当の魔力を流し込まないと、アイリーンの魔力は引っ張り出せないらしい。どれだけ空っぽなのか。
よっし、来た。やっと、来た。
ふん、ふん。これが聖の気の魔力ね。よかった!!予想通りだった!
慌てた殿下に合図された、護衛騎士がアイリーンを引きはがすのにも間に合ったし。
ただ、すでに痩せてる状態で「魔力合わせ」をしたら、空腹が加速。ちょっとめまいが。
魔力とカロリーがイコールじゃないかと思うの、私だけかしら?




