36、灰色の魔法使い
そこへ、バーンと扉が開いて、灰色の髪をびしっと七三に分けた男が登場!
フードは後ろに下ろしているが、彼が着ているローブは、授業前に助手を名乗った男のもの。つまり、あれも先生だったのですね。
「ふははははっ! 驚いたか、者共よ! これぞ我、最高傑作! このような叡知あふれる教師、誉れ高いドートン伯にして、自動人形研究の第一人者たる、この私に教えを受けられることを幸福に思うがよい!」
体操選手がフィニッシュした時のポーズで高笑いする教師を、無言で見つめる生徒達。
「…なぜ、喝采しない?」
「えーち」「けっさく」
幾人かの勇気ある者が、それぞれ、手元にあるバラバラの部品を捧げ持って見せる。
「なっ!?」
慌てて教壇を振り返り、そこに何もないことを確認した後も、生徒たちの手元との間を、何度も視線を行き来させる中年男。
面と向かってものを言うのは憚られる令嬢たちは、ぱらりと扇を開いて囁き合う。
「確かに、驚きはしましたけれど」「思い返してみれば、動きも言葉も不自然でしたわよね」「それに、はじめから椅子に据えられていたところをみますと」「ええ。あれは立ったり、歩いたりはできなかったのではないかしら」
「ぐ、ぐぅ…」
確かに、令嬢のヒソヒソはなかなかきついものがあるけれど。
「なんということだ。私の自動人形が…バラバラ、バラバラに」
うめいてその場に蹲ってしまうなんて、もしかして、この先生、メンタルめちゃくちゃ弱い?
ならば、あんな登場の仕方をしたのも、生徒に舐められないように、自分を大きく見せるためだったのかしら。
人目も憚らず、地に伏せて泣き出した大人の姿に、私の心は罪悪感でいっぱいになる。
「ドートン先生と、お呼びしてよろしいでしょうか」
返事はないが、先に進もう。
「先生がせっかくご提供くださった教材です。ご覧になっていただければ、お分かりになると思いますが、私たちは、ただ分解し、観察していただけで、壊してはおりません。どうぞ、元気をお出しになってください」
どの口がと、私自身思うけど。でも、このままでは収拾がつかないし。
一応、聞こえてはいたらしい。むくりと起き上がったドートン先生は、蹌踉と階段席を巡る。
そろそろと移動して、遠巻きにする生徒達。
「うむ。うむ。確かに、壊れてはいない…それに、よく観察しているではないか」
部品をチェックし、皆のレポートを見ていくうちに、復活してきたみたい。よかった、よかった。
そう思っていたのだけど、安心するのは、まだ早かった。
「こ、これは…」
ああ、それは。私が先程描いた、ブラックボックスの中身。
先生が目を血走らせて、私たちをぐるりと見渡す。
「これを描きし者、手を上げよ!」
「…はい」
おずおずと手を上げた瞬間、先生がしゅばっ!とでも擬音語をつけたい勢いで目の前に立つ。
「先生! そこまで分解したのはオレで」
「それを叩いてみようと提案したのは、私ですわ」
「私たちも止めませんでした」
「一緒に勉強させてもらいました」
「先生が、俺たちを揶揄おうとしたんだと思って、いい気味だと」
「ええ。びっくりさせられて、腹が立ちました」
「エリス様が、仕組みを暴いてくださらなければ、無為な時を過ごすところでした」
クラスメイトが口々に、私を庇おうと声を上げてくれる。感動! これが青春の一ページというものなのね。
「エリス? もしや、そなたが、エリス・ティナ・バーランド嬢であるか?」
「はい。お初におめもじ致します。私、若輩者ながら、木魔法を習い覚えている最中ですので、先生のお手による自動人形のあまりの出来栄えに興奮してしまい、つい、このようなことに。申し訳ございません」
「いや。エリス様は、きちんと許可を得てからことを起こしたぞ」
「そうですわ」
「ええ。私も、しかと聞きましたわ。エリス様は『先生は自動人形ですか?』とお尋ねになりました」
「それに対して、先生が『自分で調べなさい』と答えるのを、僕たちも確かに聞きました」
「その時点では、私たち生徒にとっては、それは先生の言葉です」
「ええ。その人形のことを、本当に先生だと思っていたのですから」
「先生がお作りになったと言うのなら、その自動人形の言動の責任は、先生に帰属するのでは?」
次々意見を述べる生徒たちに、先生が灰色の髪を振り乱して叫ぶ。
「ええい! 静粛に! これでは話ができないではないか! 先に、誓う! 決して私はバーランド嬢を責める気はない」
「誠でございますね」
ここで念を押すサンガ。
「教師たるもの、いや、研究者として、どんな些細な虚言も用いるものか」
ありがとう、ありがとう! 皆。
じつは、いま。とてもとても、ほっとしました。
やっぱり、後先考えずに行動したらダメだよね。




