28、憂鬱は似合わない
同じ制服を着た学生の姿が、ちらほらと見えるようになってきた敷地内を、サンガと漫ろ歩く。
「エリス様と同じクラスだなんて、本当にうれしいです! でも、ハイマン殿下にとっては思わぬ誤算だったでしょうね」
先程の遣り取りが嘘のように、いまは彼に同情的なサンガ。
じつは彼女は、私より二歳年上なのだけど、王国語の習得が遅れていることにして、入学時期を遅らせたのだ。
「私も、サンガ様とご一緒できて、本当にうれしいわ。殿下には、申し訳ないけれど」
先々のことを考えると、ここで一度立ち止まって、自分の心をよくよく見つめるのに、ちょうどよかったのではないかと思う。
一緒にいればドキドキするし、大切にされているのは疑いようもない。生涯をかけて殿下にお仕えしていくのが、私にはもう当たり前に思えている。
ただ、時々、ふっと思うのよ。本当に、これでいいのかな?って。
幼い日に殿下が見ていた私は、前世の記憶を骨組みとした張りぼての私で、十六年分の貯金はすでに使い切ってしまった。
自分にできることをやればいいのだと思ってはいるけれど。
殿下は私のどこがいいのかな? 私のどこを見てるのかな? そこに本当の私はいるんだろうか。
不安だからそう思うのか、考えるから不安になるのか。堂々巡りをしてしまう自分に呆れることがある。
「殿下は、私がいなくなったら、どうなさるのかしら?」
「縁起でもないことをおっしゃらないで!」
柳眉を吊り上げたサンガだけど、私が悪戯っぽい笑みをつくると、つられたように、ふっと笑う。
「まったくね。今回のことは、いい薬です。いつでもどこでも、エリス様が隣にいることが当たり前と思っているだなんて。彼は、あなたに甘え過ぎです!」
思わず知らず、ドキリとする。それって、私のことでは?
いつでも自由に会えるわけではないけれど。いつでも私を想い、気遣ってくれる人。
婚約を求めたのは向こうから。
王家から、伯爵家への打診があって、正式に婚約をしてからだったけれど、幼いハイマン殿下は、彼自身の言葉で私を求めてくれた。
実感がわかないながらも、私も自分の口で「はい」と返事をした。
でも、婚約は、あくまで約束。
破らないようにするのだから、つまり、破られることもあるというわけだ。
もちろん、彼自身の努力あってのことだけれど、才能を伸ばし続ける殿下と、メッキが剥がれて、停滞しはじめている私。
王侯貴族の約束故に、そうそう反故にされることもないのが、ありがたいような、よけいに虚しいような。
「ここ数年、遊び惚けていたツケが出てしまったわ。反省してます」
「また、また~」
成績順でのクラス分けを試みたこともあったようだが、続かなかった理由はたぶん、誰もが想像する通り。
貴族の子女であれば無条件で入学できる。つまり、外での身分がそのまま持ち込まれる場所。
それでも、試験と面接、小論文の提出があるのは、その学生の現在の学力と、この学園で何を学ぼうとしているかを把握し、的確に導くためだそうだ。
平民の入学希望者にもそれは課せられるが、そちらは明確に合否が分かれる真剣勝負。
たとえ、そこを無事に通過しても、本人は当然のこととして、家族親戚一同、徹底的に調べ上げられ、明らかに返済不可能な借金や、世間を憚る病歴、犯罪歴があれば弾かれる。
その上、寄付という名の多額の学費を納めなければならないとなれば、平民のなかでも中流以上の、たとえば大商家の子女、もしくは、名立たる学者や芸術家の子女・親戚でもなければ、学園の門をくぐることさえできない。
この学園では、その年によって多少の人数の増減があるとはいえ、一学年に、二クラスしかない。
クラスαには、高位貴族の子女が、クラスβには下位貴族の子女と平民が。これは、連綿と続いてきた見えない決まり。
本来であれば、高位と下位を分けるラインは、伯爵位と子爵位の間に引かれる。
伯爵家はぎりぎり高位貴族に属するのだが、王太子殿下のご生誕に合わせて貴族が子女を誕生させるのは、もはや当たり前とも言える。
さらに、そこに二人の王子が続いたのだ。自然、高位貴族の子女も増え、どう詰め込んでも一つのクラスに収まりきらなくなった次第。
高位貴族の中では最下位の、伯爵家の娘が弾き出されるのは当然のこと。
「さっき、抜け道らしきものを見かけたの。きっと近道ですよ。行ってみましょう?」
腕を組んでくるサンガの体温と、花のような香りに救われる。
前世からあこがれ続けた、友達って、やっぱりいいな。
ハイマン殿下とは、登下校は一緒にしようと約束している。お昼も互いに誘ったり、誘われたりするだろう。学園にいる間は、短い休憩時間にだって、会おうと思えば会うことができる。なにしろ、隣の教室にいるのだ。
ただ、クラスが違うというだけなのに。思いのほかショックを受けた、自分にショックを受ける。
メランコリックなんて、私には似合わないって、わかってはいるんだけどねぇ。




