27、案内板を見よ
上級生たちは、今日も授業があるはずだが、さすがにまだ登校している者はおらず。
閑散とした構内を、ハイマン殿下と手繋ぎ制服デート。きゃっ!
基本、色気より食い気の私だけど、前世でも、ほんのり憧れてたような気がする。そりゃ、女の子ですもの。
でも、それがまさか、こんな銀髪サラサラ~の、紫の瞳がキラキラ~の、スラーッとした体格で脚の長い、なまじのお姫様より綺麗な王子様とお付き合いすることになるとは。
お天道様でも思うめぇ(照れ臭さのあまり錯乱)
砦としての機能を意識しているからか、見通しを悪くする立木が一切ない。それを伝ってショートカットされても困るだろうし。
窓は小さく、耐火性の煉瓦で覆われた校舎だが、いまでは広範囲を緑の蔦で覆われ、貯水を兼ねた池も、学生たちの憩いの場になっているようだ。
優美な曲線を描くベンチや、幾種類もの花が咲き誇るプランターが目立つ。いまは畳まれている深緑色のパラソルには、「使用者が開くこと。使用後は必ず閉じること」と、小さく注意書きがされていた。
なかでも、殿下と私がいちばん興味を引かれたのは、王城のものに次ぐ蔵書量を誇るという図書館。地上には、極々小さな礼拝所を思わせる出入り口しかなく、それ以外はすべて地下に存在している。
湿気とかどうするのかなぁ? 豪雨で水没しちゃわない?
以前、この図書館の存在を聞いた時、浮かんだ疑問を兄にぶつけたら、大規模な換気システム及び排水設備(当然、魔道具)が設置されている上に、数カ月で効果の切れてしまう状態保存の魔法を、延々掛け続けるのも司書の大事な仕事だと笑っていた(これでも、兄としては同情しているらしい)
二十四時間とまではいかないが、昔、噂に聞くだけだったコンビニくらいには長く開館しているらしく、今日も、すでに入口は開いていて、早番の司書がカウンターで書類仕事をしていた。
殿下と共に、ものは試しと、貸し出しに必要だというカードをつくったところで時間切れ。
新入生代表の挨拶をしなければならないハイマン殿下は、一足早く、打ち合わせに行かなければならないのだが、ただ私を放り出すのは心配らしい。
「構内は、安全なのでしょう?」
要所要所に衛兵が立ち、王族である殿下はもちろん、その婚約者である私にまで、王家専用の見えない(比喩、まったく見えないわけではなく、ある一定の距離をとって、なるべく目立たないようにしている)護衛が付いている。
王城に負けず劣らずのこの警護も、当たり前といえば当たり前。
今年は、学園に三人の王子が揃ってしまうのだ。
最上級生に王太子殿下、そのすぐ下の学年に第二王子殿下。一学年空けて、新入生に第三王子ハイマン殿下。
実際のところ、「大変申し訳ないことではあるけれども、どの王子かの学園通いをお止めしては」という声が、あちこちから上がったらしい。
しかし、その昔、王国内すべての王侯貴族の子女はディーバイ王立学園に通うべしとしたのは王家であるし(人質的な意味合いがあったと思われる)いまでは、そこを通過しないことには貴族社会の一員として認めないのが、不文律になってしまっている。
少なくとも、この一年を乗り切れば、いちばん重い責務を背負った王太子殿下が御卒業されるので、それまでは護衛をはじめ、構内の警備を担当する者たちは、胃の痛い日々を送ることになるだろう。
「しかし、心配なものは心配だ」
そのハイマン殿下の憂いを払う者が、足音を忍ばせ、楚々として近付いてくる。私は笑いを堪えるのに必死だった。
鞄からすでに取り出して用意していたと思われる、B5サイズの透明で薄べったい板をしゃこしゃこと自分の腹で擦り、そぉーっと殿下の頭の上へ。
せっかく整えた銀髪が立ち上がる寸前に、もわっと言うべきか、ふわっと言うべきか、なんとも言えない不快感があったのだろう。殿下がサッと振り返る。
人目がないことを確認してからとはいえ、第三王子殿下にこんなことができる人物はそうはいない。
彼女がうれしそうに手元で撓ませているのは、最近、私が作った下敷きだ。
魔法の木工で、木材から樹脂を取り出し、加工できるようになったので、つい懐かしくて作ってみた。
もちろん、本来は手紙を書いたり、メモを取ったりする時に、机やテーブルを保護すると同時に、それらに必ずある木目や窪みに、紙越しにペン先が引っかかって、紙を破らないようにするためのものである。
私が一度、出来心でやって見せた遊びを、彼女はすっかり気に入ってしまった。いわゆる(彼女の)マイブーム。
つまり、彼女に抗議するのは無駄というもので。殿下が、いまだ立ち上がったままの髪をふよふよさせながら、恨めしそうにこちらをご覧になる姿がなんとも。
「ふ、ふふ。申し訳、ございません、殿下」
「エリスが謝ることではない」
婉曲に謝罪を要求されている相手は、わかっていてそれを無視する。
「同じ王城から来るのに、私を置いて行かれるなんて冷たいではありませんか」
自分の微妙な立場も、婚約者でもない若い男女が、一つ馬車に二人きりで乗ることが礼儀上許されないことも承知で、拗ねたような態度をとる少女。
ハイマン殿下が笑顔で怒りだす前に、異国の姫、サンガ・シビユレ・モートレールは、私が差し出した手に絡み付くようにして、抱き付いてきた。
「お久しぶりです! エリス様」
「こんにちは、サンガ様。今日も、あなたが元気そうでうれしいわ」
「久しぶりも何も、昨日も会っていたではないか」とぶつぶつ言うハイマン殿下の傍らで、二人でキャイキャイ笑い合う。
出会った当初、私よりずっと小柄だったサンガは、すらりと背が伸びて、いまではハイマン殿下と大差ない。
もっとも、女の子であるサンガの成長期より、ハイマン殿下のそれの方が、息が長いわけだが。
将来的には、コーヒー色の肌がエキゾチックな、それでいて話せば洒脱な、魅力的な大人の女性になるに違いない。
「たぶん、お二人のことですから、いらっしゃるならここだと思ったのです」
何の不自由もなく王国語を話すサンガ。彼女がどれだけ努力したか、私は誰より知ってるつもりだけど。やはり、才能の差というのはあるのじゃないかしらねぇ?
「エリス様には私が付いているから大丈夫ですよ、第三王子殿下」
「ええ、ご安心ください。ハイマン殿下」
二人で「いってらっしゃい」と可愛く手を振ると、殿下はうれしいような悔しいような複雑な顔をして、式典が行われる大講堂に一人、向かわれた。




