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閑話 僕のエリス⑥


 エリスのすごさが、とどまるところを知らない。

 先日、僕の長年の悩みの一つの、解決の糸口をつかんだ。少なくとも、そこへ向かって動き出したことは確かだ。

 王城では、多くの人間が働いている。

 僕の周りでも。

 彼らもまた同じ人間であることを忘れないように気を付けていたら、彼らが貴族であることをすっかり忘れていた。

 皆、こんな僕に呆れているのではないかと思ったが、エリスが「良いことも悪いことも表裏一体と申します。それが殿下の良いところにもつながるのですから、あまりお気になさらないで」と慰めてくれた。

「殿下。私も経験が浅いですから、すべてがそうとは言い切れませんが。どんなに賢く立ち回ったつもりでも、最終的に人を動かすのは誠実な心であったりします。そんな殿下だからこそ、皆、心からお仕えできるのではないですか?」

 エリスはいつも、僕の心を潤し、僕の目を開かせてくれる。

 今日は、母様に茶会に招かれている。当然のように、客は僕とエリスだけ。

 季節の話などした後、二人そろって感謝の気持ちを伝える。

「おかげさまで、信の置ける友を得ることができました」

 いま、彼らは百年分の貴族年鑑をめくって、周辺国と関係の深い貴族の子息をリストアップしてくれている。

「ぜひ、サーカスを見てみたかったのです。夢が一つ叶いました」

 エリスはもちろん今日も最高に可愛いが、母様が微笑む姿は、これまたいつも通り完璧だ。

「それはよかったわ。私が、わざわざ力を貸したかいもあったというもの」

 その言葉に、威厳のようなものが滲めば、なごやかだった空気が一瞬で引き締まり、話題は件の「暗部」のことになる。

 王子である僕ですら、そんな組織があるなんて知らなかった。それを言い当てたエリス。

 王妃の威圧に、息子の僕ですら胆が冷えるのに、いつものようにおっとり構えている。

「エリス。よく気付きましたね。誰かに聞いたの?」

 母様は、不思議でしかたないというように、小首を傾げる。畏まるエリス。

「恐れ入ります。ただの、当てずっぽうです」

「そう?」

 納得がいかないのだろう。察知能力なのか、推理力なのかと、独り言をおっしゃる。

「まあ、ものは試しだわ。エリス。アレを一人二人、使ってみる?」

 まるで、ハンカチでも貸し与えるように母様はおっしゃるけれど。驚き固まる僕の傍らで、エリスはちょっと困ったように微笑んだ。

「まぁ、光栄です、王妃様。ですが、私には過ぎたものですので、よろしければ、ハイマン殿下に。ぜひ」

 母様の目がギラギラ(いや、きっと僕の見間違えだ)キラリと光る。

「王族は他にもいるのだけれど。なぜ、ハイマンなのかしら? あなたの婚約者だから?」

「畏れながら。このようなことは、知る者が少なければ少ないほどよろしいかと存じます。ハイマン殿下と私は、すでに知ってしまっておりますので。また、これから王太子殿下を第三王子殿下が支えていかれるのに、大変、役立つものと私には思われます」

 ティーカップを優雅に傾け、そっと息を吐く母様。

 ここでは、いつ会話を途切れさせるも、話題を変えるも彼女の思いのままだ。

「こんなに気が付くのに、過ぎたものねぇ。あなたにとって、本当にそうかしら? エリス」

 僕は何もできなくて、なんとか話についていこうと耳を傾けるのが精一杯だ。なんの手助けもできない僕を許しておくれ。

 忸怩たる思いの僕を尻目に、エリスはゆったりと言葉を繰る。

「はい。まことに僭越ながら、大きな力を手にするには、自制心がなくてはならないと愚考する次第です。ごらんの通り、私にはそれが足りませんので」

 お菓子の皿に指先を添えて、そっと俯くエリス。雨に打たれたふっくらとした花弁のような彼女が可哀そうで、そんなことはないと慰めたいのだが、たとえ親子といえども、王妃と他者の会話に割り込むのは不敬だ。

「王妃として見れば、こんな腹芸もわからない鈍い王子なのですけどね」

 僕は、そんなふうに思われていたのか! ショックを受けつつ、それも当然だと頷かずにはいられない。それでも、せめて顔に出さないように落ち込んでいると、クスリ。え? 母様、いま笑いましたか?

「確かに、自制心だけはあるようです。ほかにも、色々と必要ではあるのだけど、そこは息子の将来に、期待をしましょうか」

 この瞬間から僕は、さまざまな経験をし、多くの失敗をして、何かを学ぶたびに、少しずつ暗部の指揮権を移譲されていくのだが、予想以上に大きく強力で、ともすれば乗り手を振り落とそうとする暴れ馬のような組織に、何度冷や汗を拭ったかしれない。そのたびに、エリスが僕を助けてくれた。

「それでは、皆さま、ごきげんよう」

 そして、いま。立ち上がり、エリスを見送った僕に、母様が慈母の顔で「もう少し付き合いなさい」とおっしゃる。

 何度も紅茶を注がれて、もう、おなかがたぽたぽなのだが。

「はい」

 母様は穏やかに、でも、真摯に「エリスを大事になさいね」と念を押す。

 言われるまでもないことだが。彼女がどれだけ稀有な存在か、僕の自覚がまだまだ足りないということだろう。

「大丈夫だとは思うけれど。余計な欲を出さないように、いま一度話しておかなければ」

 王太子である大兄様の名前をつぶやく母様。独り言の体を装って、僕に聞かせているのだと、今度は鈍い僕でもわかった。

 大丈夫ですよ、母様。

 誰かが、エリスを僕から取り上げようとしない限り、僕は大人しくしていますから。



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