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閑話 僕のエリス⑤


 その日、僕の将来を決定づける出来事が、立て続けにあった。

 なぜか、剣の師である近衛騎士団長が、王太子殿下の側近候補である子息をつれてやってきて、王である父様に呼び出されて席をはずした。

 王家に生まれると、偶然というものは信じなくなる。

 例外は、エリスが誰かと婚約する前に、巡り会えたことくらいだ。

 王太子殿下、つまり大兄様は、多くの人に期待され、それに問題なく応えている。

 しかし、その側近候補たちへの評価は「小粒だ」とか「不作だ」とか、あまりパッとしない。

 まだ、十一歳なのか。もう、十一歳なのか。

 王太子の側近になるのが望み薄でも、他の王子の側近ならばと保険でも掛けるつもりだったのか。

 僕たちは、確かに仲の良い兄弟だが、その関係をめちゃくちゃにされてしまう危険性が常に付きまとう。

 第三王子の僕ですら、周囲に侍る者の讒言を安易に聞き入れたり、欲の糸に絡めとられないように、日々己を律している。

 不穏な動きだと警戒するこちらに、当の本人はただ愚直に、剣の相手をしてくれた。頼んでいないのだが。

 自分の父親が、型の指導をしていたのを見ていただろう。いま、目の前で行われていたことだぞ?

 後を頼まれて、勝手に指導内容を変えるその思考回路が不明だし、また、その神経がわからない。

 それに乗った、僕も僕だ。

 焦りがあった。そこを、何も考えてなさそうな少年の言葉に、見事に突かれた。

 魔物の脅威はなくならないが、対人戦に魔法を用いることが禁止されてから(ただし、相手が使用してきたらその限りではない)百年が経とうとしている。

 戦争は、魔導兵器を用いた戦術主体のものに変わりつつある。その中で唯一、古式に則った、剣による一騎打ちだけは、戦況を左右するだけの力を持つ。だから、貴族の男たちはいまだ剣を習い、己を鍛える。

 僕は、誰からも認められる男になりたい。大事なエリスを、どんな出来事からも守れるようになりたかった。

 四つ年上の少年に押し負けて(年齢の差なんて言い訳だ)体のあちこちが悲鳴を上げる。

 そんな僕を救ってくれたのはエリスだ。

 父様と大兄様を前に、ことの顛末を報告する時、求められて詳細を付け加えた近習が「裂帛の気合でありました」と珍しく声を震わせていた。彼は、エリスの勇気と、そこから生まれた気迫に、あらためて感動していたのだ。

 エリスはささくれ立った僕の心を慰撫し、すべてを見透かすような眼差しで、幼児でも答えられるような質問をしてきた。

 不思議と、責められている気がしない。

 ただ、穏やかに何かを教えようとしている。提案といってもいい。いや、僕の気付きを促すというのが、適切かな。

 そうだ。この日の、無様な試合とも言えない剣のぶつけ合いからも、得るものがあった。

 強さとは何か。

 それが、きっとエリスの言葉へと繋がっていく。彼女は「最後に笑った者の勝ちだ」と言った。ただ、僕を励ますだけでは終わらない。すべてを理解できないまでも、生涯を通して向き合っていくべきものだと直感的に悟った。

 考えて、考えて。まず、理解したのは、剣ばかりがすべてではないということだ。

 もとより、僕には不向きなのだ。何をするにも体力は必要だし、精神の修練にもなることを期待して、これからも訓練は、続けてはいくつもりだけれど。

 よくしたもので、大兄様は、個人的な武勇にすぐれ、同時に、全体を見渡す目も持っている。軍事に明るいということだ。

 国を富ませるには、小兄様の知識が不可欠。

 では、僕は?

 エリスが好きだと言った、歴史上の人物シャックスは、口だけの臆病者として、貴族や騎士には嫌われる傾向にある。

 だが、あれもまた、強さの一つの形なのかもしれない。

 剣で勝つ、富を築き上げるというのは、一目でわかる強さ。でも、それはなんのためにあるのだ? なんのために振るう力なのだ?

 勝ちという到達点をどこに置くかは人それぞれだ。

 折しも、エリスがサンガという友を得た。

 彼女の存在は知ってはいたが、そんなひどい扱いをされているとは、まるで気付かなかった。

 いかに自分が狭い世界で生き、どれだけ目が曇っているかがわかる。痛恨の極み。

 サンガ・シビユレ・モートレールは王女だ。共和国の伝統と誇りの象徴。

 その彼女に、王国の言葉だけを使えと強要する貴族たちの、恐ろしいまでの無知と傲慢さ。そこから繋がる未来を想像して、背筋が寒くなる。

 これではいけないと、母様が動いたようだが、立場上、表立って声を上げることはできない。

 白羽の矢が立ったのがエリスだ。いつの間に、と思う暇もない、僕が力について考えるきっかけを得た同じ日の出来事だった。

 エリスは、大して悩んだ様子もなく、特に強引な真似もせず、サンガを助け出し、彼女の必要とするものをすべて与えたという。

 言葉の壁が取り払われてから、彼女は何度も「エリスは天使ではないのか」と僕に尋ねた。さもありなん。

 僕とサンガは、いわば、エリスを信仰する同士だ。

 大兄様に、サンガとの結婚を匂わされた時は、「冗談でしょう」と我知らず、低い声が出た。

 それと引き換えに大事な婚約者を取り上げられる予感は、決して勘違いなどではなかったはずだ。大兄様は「冗談だ」と笑ってうやむやにしたけれど。

 僕からエリスを取り上げたら、僕のエリスに何かあったら、たとえ家族でも許さない!

 サンガにだって、じつは嫉妬している。サンガも僕に嫉妬しているからお互い様だが。ただ、彼女との間には、エリスを悲しませないという暗黙のルールがあって、それで仲良くしているようなものだ。

 もっとも、感情は抜きにして、王子という立場から見れば、サンガの立場も才能も有益だ。

 エリスと彼女がそれぞれ作った教科書は、十数年の時を経て、基本教育の教本となっていくのだが。少なくとも、今現在において、サンガに言葉を教わるなどということは、エリス以外、誰も考えもしなかったことだ。

 「属国」と言い捨てる貴族が多い中、エリスには違うものが見えているようだった。

 よくよく考えてみれば、一方的に搾取するばかりでは、そう遠くない未来に、その関係は破綻してしまうだろう。

 王都のホームレスたちにパンを買う金を与え、孤児の針子を王家に認めさせ、そして、自分は富も名声も得ず、損もしない。

 そんな関係を単純に大きくしても、国と国との関係に簡単に当てはまるはずもないのだが、僕はそこに夢を見た。

 僕は、剣を言葉に持ちかえて、国と国とを繋ごう。

 外交という力、見えないその強さで、この国を守る一助になりたい。

 それが、何より守りたい我が婚約者が、僕に指し示してくれた、僕の新たな夢なのだ。



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