18、縦ロールとの再会①
魔法で怪我を治しても、体力までは戻らないらしく、殿下の目がとろんとしてきたので、私は暇乞いをする。
ハイマン殿下が、あまりにも残念そうな顔をなさるので、私も後ろ髪を引かれる思いだ。
「私、家に帰ったらお昼寝します。殿下もそうなさってくださったら、夢でもまた会えるかもしれませんね」
あり得ないことを口にしたが、殿下は照れたように頷いてくださった。
お部屋を辞して、侍女の先導で廊下の角を曲がったら、向こうから王妃様が歩いてこられるのが見えた。
慌てて、でも表面上は優雅に、脇に避けて、臣下の礼を取る。
「ああ、エリス嬢。まだ、帰らずにいてくれてよかったわ」
ふんわりと微笑まれる様は妖精のようだが、背中に一本筋が通っている印象を受ける。
どうやら、王妃自ら私を探しにきたらしい。
「王妃様におかれましては、ご機嫌麗しゅう。お呼びくださればいつでも駆けつけます。この度はご足労いただき、恐悦至極に存じます」
王妃様はハイマン殿下とよく似た表情で(本当は子が母に似てるのだけど)くすりとお笑いになった。
「いいのよ、そんなに畏まらないで。でも、その年齢で、とっさにそこまでの口上を述べられるなんて感心ね」
お礼がわりに、もう一度軽く礼。
「あの子のために、ご苦労様でした。本当は、そのお礼を言いにきたのだけれど、あなたのその才覚を見込んで、お願いしたくなってしまったわ。先の労いにならないのが気の毒だけれど、これから、ちょっとした集いに顔を出してもらえるかしら?」
急にごめんなさいねと、王妃様に頭を下げられたら(比喩的表現、実際は雰囲気だけ)否も応もない。
「はい。私でよければ、うかがわせていただきます」
すでに始まっているということなので、王妃様に退出の礼をして、侍女に案内されるままに廊下を突き進む。
さっきいただいたお茶とお菓子でおなかはいっぱい。足を踏み出すたびに、たぽたぽ音がするくらい。
行き着いたのは本館前の庭園で、天幕の下に集うメンバーをちらりと見るに、王太子殿下の婚約者が、王妃教育の一環で開いているお茶会らしい。
そういえば、王妃様、何もご説明くださらなかった。
自分で見て、自分で考えろってこと? なんかの試験かしら?
楚々と、気分だけでもそのつもりで近付く。
女主人役である件の婚約者サマは、隣の令嬢に声を掛けるのに夢中で、こちらには気付いていない。他の参加者は大半が気付いているが、女主人役より身分が低いこともあって、態度に出せないでいる。
それでも、この金髪縦ロール嬢に、ある程度の寛容さがあれば、教えてもらえることも多いのにね。
私のお披露目の時の、彼女の態度を思えば、それは無理だと判断を下す。
「言い訳は結構ですわ。ああ、その言い訳も何をおっしゃっているのか、わかりませんし。こちらの言うことくらいは、ご理解いただけているのでしょうね? マナーをきちんと学んでいれば、このような失敗はなさらないはずですよ? わかりますか?」
おしゃべりでなく、お叱りでした。しかも、ねちねち、あなたは小姑かと言いたい。
小さくなってしまっている令嬢は、集団の中で明らかに異質だ。
小柄で可愛らしい容姿ながら、色が浅黒く、真っ白な髪をして、イントネーションがおかしい。瞳の色が黒いのは、この国でもまったく見ないわけではないらしいが。
懸命に涙をこらえて、何度も詫びの言葉を口にしている。
「ソーリー」
え? 英語?
「何をおっしゃっているのかわかりません! あなたはこの国に、この国のことを学びにいらしたのでしょう? それとも、我が王国の言葉は口にできませんか? あの国の方にしては、ずいぶんと、お高くていらっしゃるのね」
なに言うてんのじゃ、おみゃぁぁぁわぁ!?
「頼もうぉぉぉ!」
危うく、というか、はっきり令嬢の作法を忘れたわ。ええ、忘れてよかったと思う。
「な、なんですの、いきなり」
うろたえる縦ロール。
うん。私がここに誘導されたのは王妃様の一存。明らかに話が通ってないね。
「どこのどなたか存じませんが、失礼ではありませんか!?」
いや、どこのどなたか絶対わかってるよね? その蔑みの目。私、自分で言うのもなんだけど、特徴的だから。
ここで、王妃様の名前を出せば、向こうは受け入れざるを得ないわけだけど、それではなんか面白くない。
王妃様も、何か意図があって、自分は表に出ないのだろうし。どうしようもなくなったら、遠慮なく利用させてもらうけども。
「失礼、レディ。私、道に迷ってしまいましたの。歩き回ったら喉が渇いてしまって、お優しいご令嬢、レディならば、お茶を一杯恵んでくださるのではないかと思って、お声をお掛けしましたの。プリーズ、ギブミー、ティー」
さっきまで泣きそうだったご令嬢の目が、違う意味できらきら光る。
ああ、やっぱり英語なんだ。私の壊れたジャパニーズイングリッシュでも懐かしく思うくらい、遠くからいらしたのね?
雰囲気的には拒否されそうだったけど、お目付け役(王妃教育の教師?)の咳払いが聞こえて、縦ロールはしぶしぶ茶を入れてくれた。
って、出がらしかい!? これじゃ、色のついたお湯。しかも温い!
でも、さっさと退散したいから、ちょうどいいかぁ。メイドが運んできてくれた椅子に浅く腰掛けて、ティーカップをすいっと傾ける。
こんなものはねぇ、一気飲みよ!
ふぅ。義務は果たした。
これでよかったのか、本当は、他に何かするべきことがあったのか、ちっともわからないけど。
一応、縦ロールの暴走を止め、それなりに茶会らしい雰囲気に戻したのだから、一仕事したと見てくれませんかね、王妃様?
形ばかりの礼を言って席を立とうと思った瞬間、私は、コーヒー色の肌をした令嬢の、縋るような瞳を見てしまった。




