17、レッドとの遭遇③
ああ、でも和尚様。私、この子からは何も学べそうにありません。
「だが、父上は、一度折れた骨はより丈夫になるとおっしゃっていたぞ?」
そういうこっちゃなぁぁぁい!
青年治療師は、処置なしと肩をすくめて、殿下に向き直る。
「魔法で治療ができるとはいえ、過度の訓練が、成長途中の身体に悪影響を及ぼすことは、すでに立証されております。第三王子殿下におかれましては、今後、このような輩と剣を交えることは、なさらない方がよろしいかと。武芸に関しては門外漢ながら、具申する次第であります」
「あ、ああ。そのように心掛けよう」
男の子である殿下にすれば、敵前逃亡するようで、頷きづらいことだろう。でも、それをちゃんと飲み込める。偉い!
「人を賊のように言うとは何事か! オレは由緒正しき」
「…正しいとはどういうことかわかっているのか。この大馬鹿者めが!!!」
大きな影が差したと思ったら、やはり真っ赤な髪のライオン丸とでも呼びたい美丈夫が立っていて、同じ髪色の少年の頭に、大きな拳骨を落とすところだった。
「っうっお!」
ガツンとすごい音がしましたけど? それ以上、バカになっちゃったらどうするんですか?
「ハイマン殿下。この度の愚息のとんだ不始末。まことに申し訳なく」
ガンッと床に片膝ついて、深々と頭を下げる大男。
そろそろと上体を起こす殿下を、私は慌てて支えた。本来、尊い御身に直に触れることは憚られるので、こんな時は、袖口をぐるりと巻いた長めのレースが役に立つ。
「よい。この度のことは、私もはっきりと自分の意思を口にせず、優柔不断であった。強さとは何か、はき違えていたと猛省している。今後とも、貴殿には私の指導を頼みたいし、令息には、我が兄上の側近として励んでほしいと思う」
ご立派です、殿下!
思わずつぶやくと、殿下の頬が薄っすら赤くなる。可愛、いや、カッコイイですよ!
私も、殿下が無事だったからといって、浮かれてばかりいてはダメよね。
「御意」
父親の方は、一見しっかりしてそうだけど、精神が凝り固まっているというか。その影響を息子がもろに受けているのではないかしら?
本当に息子の転職を狙っていたかは別として、彼らは、あまりに周りが見えていない。
かく言う私も、殿下の体の心配ばかりしていて、いまさっき気付いたのだけど。
第三王子が王太子の側近を横取りしようとしたなんて言われたら、どうなるか。そんな気はなかったと、いくら弁明したところで、身分が下の第三王子の方が分が悪い。
今回のことに、王太子の意志が介在していたとは思えないけれど、できることなら、この赤毛どもに熨斗を付けて、叩き返してやりたい気分だ。
もっとも、貴族社会では、あまりに使えなければ排除されるだけだから、あまり深く考える必要もないのかもしれない。
ブルブル。私も気を付けよう。
ハイマン殿下が遠回しにおっしゃられたように(王太子の側近として励め!)基本、巻き込まれないように距離をとるということで。
見事にこの場を収め、着衣を直した王子様にエスコートされて、私は一足先に医務室を出る。
「心配させてしまったね」
「はい。心配しすぎて、私、怒ってます」
偽らざる本音を漏らせば、心底、困ったように沈黙される。
「でも、お元気になられたので、許して差し上げます」
一言いえば気が済んで、あとは冗談めかして言ってみたのだけど。
「…ありがとう」
まだ、ちょっと自信なさげだ。自分で自分の過失を悟れる人だからなぁ。
別に、いじめるつもりじゃなかったんだ。元気になってもらうには、どうしたらいーい?
近習にも聞こえるように、令嬢に許されるぎりぎりの大きさで声を上げる。
「私、まだ帰らなくても、よろしいですわよね?」
パッと、殿下が顔を上げる。そう、そう。そういう明るい顔をしてらして?
近習が目礼したところを見ると、私、いい仕事をしたみたい。押したスケジュールの変更も、うまくやってくれることだろう。
「だいぶ遅刻してしまって、すまない。これからティータイムを設けようと思うのだが、付き合ってくれるだろうか?」
「よろこんで」
そんなに急がなくてもいいですよ、という速度で着替えてきた殿下と、いつも通り、おいしいお茶とお菓子をいただきながら、でも、ちょっと言葉少なになられるのは、仕方のないことかもしれない。
色々、思うところもあるだろう。本当のところを言うと、殿下も私と同じで剣は不得手なのよね。
自分でもそれはわかっていると思う。
強さとは何か。さっき、彼自身が口にした言葉だ。それをちょっとでも後押しできたらいいと思う。
「殿下は、歴史上の人物では、誰がお好きですか?」
「英雄バルバトスだ」
即答ね。うん。大抵の男の子はそう言うと思う。
この世界に、数百年前に実在した連戦連勝の将軍は、老い、病に侵されてもなお出陣し、敵将と一騎打ちの末、相打ちで果てたと伝えられている。
ロマンだよねぇ。憧れるよねぇ。じつは、私も彼が好き! でも、それでは話にならないので。
「そうですかぁ。私は、シャックスが良いと思うのですけど」
え? って、うん。そういう目で見られても仕方がない。
元は善良な一領主なのだが、戦場では敵の猛攻に恐れをなして逃げ惑い、敵方の騎士に一刀を浴びせられるも、必死の弁舌をもって生き残り、その戦の生き証人となった男だ。百十六歳まで生きたとされ、それ以外に特に功績は伝わっていない。
「泥水を啜っても、必死に生き永らえ、最後に笑った者が勝つのだと、そう私には思えるのです」
「…そうか」
殿下は何かを堪えるように俯き、それでもテーブル越しに手を差し伸べてくるので、そこに手を添えると、強く握ってくださった。
私に前世の記憶がなければ、無邪気に励ませたのかもしれないけれど。
ただ純粋に、君が望むように応援してあげられなくて、ごめんね。




