15、レッドとの遭遇①
可愛らしかったハイマン殿下が、近頃、格好良くなってきた。
ううん。本当のことを言うと、私の気持ちが変わってきたみたい。
先日の辺境伯領への小旅行、とても楽しかった。
殿下も私も、あんな遠出は初めてだったわけで、人に聞いたり、絵画で見ることしかできなかった、車窓の景色を眺めているだけでも、十分楽しめた。
テミス姉様とも、とても仲良くなれたし、才能がないながらも、剣の型を習えたのが地味にうれしかった。
家に帰ってからも、寝坊をしなかった日は、教わった通りの簡単な訓練を続けている。
本当は危険満載の深い森も、岩がごろごろした荒地も、広々としていて、私は生まれ変わってから、ついぞ味わうことのなかった解放感に酔いしれた。
そうよ、これ!これ! 本当に田舎って、いいよね!
前世では、確か都会に憧れていたような気もするけど、やはり人の心は生まれ故郷に帰ろうとする。
殿下も私も、礼節を失う一歩手前まで砕けた言動をして、より仲良くなれたと思う。
森の浅いところで森林浴をしていて、道に迷ってしまった時は焦ったけど。
ああいう時って、突然、大人の脅しっていうか、注意事項を思い出すのよね。
そこへ風が吹いてきて、枝葉がざわざわ鳴って。そんな時、ハイマン殿下が「心配ないよ。僕が付いている」って、いつもは可愛さ全開のお顔をキリリとさせて、言い切ったのよ。
胸がきゅんとしたわ。それが、いつもの母性本能だけじゃなくて、そんな自分にびっくりした。
よく考えてみれば、青春時代をやり直しているようなものだから、同じ年の男の子にドキドキするのは、おかしなことじゃないよね。よね!?
数週間ぶりのお招きに、いつもより時間をかけてドレスを選ぶ私を、侍女が微笑みながら見守ってくれている。
いつも「適当でいいわ」って言ってる髪型も、彼女と相談しながら、より可愛く見えるように工夫する。
それなのに、お城に上がったら、いつもにこやかに迎えてくださる殿下がいなくて、私はひどい焦燥感にかられた。
「申しわけございません、バーランド嬢。私が、殿下のスケジュール調整をミスしました」
老いた近習はあきらかに主人を庇っている。心から申し訳なさそうに、それでも背筋をピンと伸ばして、殿下の格を下げないように。
「剣の修練が長引いていらっしゃるのかしら?」
殿下とのおしゃべりを思い出して、彼のスケジュールを把握していることを示すと、近習の表情が少し明るくなる。
「ぜひ、見学させていただきたいけれど。お邪魔かしら」
憂えるご令嬢なんて、このボリュームでは似合わないけど、おじいちゃまとお呼びしたい年齢の男の人からすれば、可愛く見えるらしい。
「どうぞこちらへ」
王族専用の修練場へ、先に立って案内してくれる。
ハイマン殿下が、人との(特に私との、というのは自惚れるつもりはないけど事実だ)約束を忘れるなんて、何かよくないことが起こっているとしか思えない。
案の上、まだ、型を習っているはずのハイマン殿下が、自分より二回りは大きな少年と、剣を打ち合わせていた。
互いに距離をとったタイミングで、殿下は相手に何事か話しかけて、試合(?)を終わらせようとするのだけど、自然界には有り得ないような真っ赤な髪をした少年は、自分の主張を曲げようとしない。
元気なのはいいけれど、粗暴とでも表現したくなる、声の張り上げ方だ。
「さあ、殿下! そんなことでは、守れるものも守れませんよ!」
そんなことを言われて引き下がれる男の子がいるだろうか?
そうでなくても、殿下は自分に厳しく、従者にちょっとものを頼むにも己を律する人だ。
「なぜ、こんなことに?」
こそっと近習に囁くと、待ってましたとばかりに説明してくれる。
もともと、私も話に聞いていた通り、ハイマン殿下の剣の指導は、近衛騎士団長が勤めていたらしい。
ただ、今日はたまたま、普段は王太子に侍っている息子を伴い、そして、これもたまたま自分は王に呼ばれたので、「これも勉強」と後を息子に託したらしい。
それは、きっと「いつも自分がするように型を見てさしあげなさい」ということだったはずで、殿下もそのつもりだったのに、勝手に「男たるもの」とか「王族として民を守るには」とか演説をぶって、「さあ、来い!」だって!
あきれてものも言えないが、呆気にとられてばかりもいられない。
見るからに殿下は線が細く、まだ体ができあがっていない。
テミス姉様だって、くれぐれも先走って過度な鍛錬をしないようにと、ご忠告申し上げていた。
自分ができるから、相手もできて当然だろう? お前は一体、何様だ!?
しかも、適度な手加減もできないのか!
明らかに殿下は片腕を庇い、背中のどこかを痛めたのか、おかしな具合に前屈みになっている。もう、一刻の猶予もならない。
私は大きく息を吐くと、赤毛少年への怒りを込めて、声を張り上げた。
「きぇぇぇぇぃっ!」
まったくもって令嬢らしくない? ほっとけ。
「え、エリス?」
額に汗をきらめかせているハイマン殿下に駆け寄る。本当は、相手が剣を完全に納めるのを確認してから、そうするべきだったのだけど(木剣とはいえ、当たり所が悪ければ死ぬ)
「殿下、どこか痛めましたね? まずは治療を」
近習も心得たもので、すかさず「失礼します」と殿下を抱き上げてくれる。
いわゆるお姫様だっこだけど、殿下も自分の状態を把握されているのか、なんの文句も言われなかった。
「おい! お前」
まだ、状況がわかっていないらしい異世界人(比喩だ)を睨みつける。
「ご自分が何をなさったのか、まだ、お分かりにならないのね。百聞は一見にしかず。ついていらっしゃい!」
そう。身分が上だろうが下だろうが関係ないとばかりに、私は年上の少年に命令したのだ。




