閑話 僕のエリス④
久しぶりに大兄様にお会いしたら、「ハイマンの婚約者は優秀だね」と褒められた。
「ありがとうごさいます!」
我がことのようにうれしい。むしろ、自分のことを褒められるよりうれしい。
でも、同時に焦りみたいなものを感じないと言ったら嘘になる。
エリスがそんな子じゃないのはわかっているけど、「自分より劣っている人間なんてフン!」なんて思われたら?
魔法にかんしては、扱う種類は違えど、学習の進捗状況は同じくらいのはずだ。
魔力量は、僕の方が多いくらい。何度も気絶したかいがあるというもの。
エリスの兄上、メテウス殿の言う通りだった。彼は優れた魔法使いだし、学識豊かな研究者でもある。
尊敬に値する人間に、「魔力合わせ」の指導までしてもらって、感謝もしているけど、どうしても情けなさや悔しさが先に立ってしまう。
また、出し抜かれたって、僕が勝手に、おかしな対抗心を燃やしてるだけなのだけど。
エリスの新しいドレス! 彼女自身がデザインしただけあって、控えめで、でも、可愛くて、よく似合っていた。
なぜ、それを贈ったのが僕じゃないんだ。
しかもそれは、信じられないような機能付きだった。
メテウス殿は、確か付与魔法は使えないはずだけど、彼ほどの才能があれば、そこに同等の天才が集うのは必然。
告げ口するようで気が引けたけど、王家に属する者の務めとして、父様と大兄様には報告しておいた。
二人共、ちょっと遠くを見るような目をして、最後は苦笑いされていた。メテウス殿に悪気がないのがわかるだけに、そういう反応しかできなかったのだろう。
贈った相手が、僕の婚約者だったということも、見逃された理由だと思う。
そう。エリスの話だった。
大兄様はいつも、僕が知らないことを教えてくれる。
今回は、エリスが先日くれた、とてもとても気持ちの良い、クッションに関することだった。
あれは、よかった。まるで、エリスを抱きしめているみたい。嫌われたくないから、決して口にしないことだけど。
あれの中身は、さすがに王族たる僕たちがもらったものは、新品の木材から作ったらしいが、市販のものは、使用済みのコルク栓を材料にしているのだそうだ。
大兄様が感心していたのは、捨てられるものに目を向けたこともだけど、その集め方だ。
一つ五エンドで買い取っているのだという。すると、どうなるか。
拾って歩くのはもちろん、お貰いついでにコルク栓もねだるのが、王都のホームレスの常識になった。
当たり前だが、令嬢たるエリスが直接、携わる訳にはいかない。
それを取り仕切る者に中抜きされるので、末端は、一つにつき二エンド程しか手にできないようだが、それでも二十五個も拾えば、前日の売れ残りのパンが一つ買える。
「小さな出来事だ。しかし、確かにゴミは減るし、同時に、飢えを凌げる者がいる。それに、ただ施されるだけでは、不思議と人は力をなくすようだ」
大いに考えさせられたと、期待の王太子に言わしめる。
母様も、ただ、クマの感触と見た目に狂っていたわけではないのかな?
誇らしく、うれしいのに、僕のエリスが、なんだか遠い。
孤児院に慰問に行った時に知り合った、針仕事の得意な少女に頼んだとは聞いていたけど。
彼女からのプレゼントをよろこぶばかりで、その神髄まで知ろうとしなかった自分が情けないし、ショックだった。
いずれは縁戚になるのは確かだけれど、バーランド伯爵家うちうちの事にまで首を突っ込むような真似をしたのは、そのせいだ。
自分に課していた決まりをやぶって、ずいぶん強引に、辺境伯領まで同行した。
そんな自分に嫌気がさして、でも、同じ馬車に乗って、隣を見れば顔を見られるのがうれしくて、エリスが僕に寄りかかって眠ってしまった時などは、永遠に目的地に着かないでくれとまで願った。
しかし、装飾は優美だけれど、じつは頑丈な長距離用の馬車を魔馬に引かせて一週間。あっという間に、辺境に到着してしまい、でも、そこで過ごした日々のことは、一生忘れない。
エリスは伯爵家の令嬢で、城勤めをしているバーランド伯爵の屋敷は王都にある。たしか、避暑地に別荘も所有していたはずだが、領地持ちの貴族たちとは違って、基本的に一年中王都にいる。
その館も庭園も、小さな我が婚約者にとっては十分すぎる広さがあるはずだが、城に招くたびに、森といってもいい広々とした雑木林や、馬の放牧地を見る彼女の目には、「郷愁」と題したいような切実さがあった。
辺境に招かれたことは、彼女にとってよかったのだ。
のびのびと過ごす彼女を見守れた、僕もまた幸せだった。
獣や魔獣、場合によっては隣国の脅威にさらされる土地だが、いまは比較的、落ち着いていると聞く。でなければ、さすがに僕も同行を許されることはなかっただろう。
田舎は空が広いというのは本当だった。
強風が吹いて、ひどく埃が舞う日もあるけれど、とにかく広々としている。エリスも気のせいでなく、より生き生きとして見える。
辺境伯夫人の悪気のない言動に、僕は、怒りを堪えなければならない場面もあったけれど。それ以外、エリスを傷つけそうなこともなく、もとより彼女自身が気にする様子がなかったので、まあ、よしとしよう。
時に、辺境伯軍も訓練するという荒れ地で魔法の訓練をし、また、剣術の基礎の基礎、素振りを習ったりする。
あの一生懸命さが、微笑ましい。
エリスは、いずれ義理の姉になる令嬢に、大いに懐いた。
これもまた、僕に焦燥感をもたらす出来事。「カッコイイ」なんて、ぼくは言われたことがないから。
いいや、まだまだこれからだ。
そんなわけで頑張りすぎた僕は、木陰でダウン。
草の上に直に寝転ぶなんて初めてだ。
エリスも令嬢らしからぬ気軽さで、傍らに腰を下ろしている。
ああ、男らしくハンカチのひとつも敷いてあげてから、誘うべきだったのに!
思うばかりで、腕も上がらない始末。格好悪いなぁ。
目をぎゅっとつぶっていると、好きでたまらない少女が、遠慮がちに、でも、クスクス笑いながら、にじり寄ってくる気配。
「殿下、寝てしまったんですか?」
いつもより、幾分砕けた話し方。
「ぅうん」
思わず寝惚けたふりをした。
「こうすれば、地面より、だいぶマシですよ」
少し照れたような様子で、ちょっと強引に誘われる。でも、嫌なはずがない。
こ、これは膝枕!
まだまだ小柄な彼女。相応に足も短いから、正座したのでは、不安定だとでも思ったのか、投げ出したままのふ、太腿に、ふっくらしたその脚に、僕の頭がぁ。
同年代の男子の頭を持ち上げるには、エリスは非力で、僕の頭は微妙に捻れて、いまにも首が吊りそうだ。しかし、動く気はない!
いつも、そうしているのだが、いつも以上に、護衛の騎士の気配も、従者の気配も感じてなるものか。
いまだけは、ここにいるのはエリスと僕だけ。二人だけの世界だ。




