11、ピンクとニアミス
ロッテは、言っても無駄なのだがと言わんばかりに、大きくため息を吐く。
「アイリーン、お客様よ」
「わかってるわよ。だから、早く起きてオシャレしたかったのにぃ」
年齢的にはロッテより、一つ二つ下といったところか。それにしても、なんだろう、この差。
私の方が身分が上だから、礼儀的にあいさつを遠慮してるってわけでもない。
「はじめまして」
「あんた、デブね」
キャハハッと笑われて、私は呆気にとられた。ロッテも目を見開いて、直後ぶるぶると体を震わせる。気付けば顔が真っ赤だ。
「この馬鹿っ! あたしたちみたいな子供に、これ以上ない気遣いをしてくれてる人になんてことを」
怒りすぎて、それ以上言葉が出なくなったらしく、せっかく繕ったシャツをぐしゃぐしゃに丸めて投げつける。
そういえば、この失礼な女の子、髪の毛ピンクだわぁ。地毛? そりゃ地毛だよね? こんな食べ物にも事欠く環境で、いちいち染めたりするはずもない。睫毛も同じ色。瞳は、なんと金色!
そういえば、どっかの侯爵家の眼鏡君も、紺色の髪に銀色の目なんて、不思議な配色をしてたっけ。なんたら公爵家の縦ロール少女にいたっては、虹彩が赤かったもんね。口には出せないけど、ちょっと怖い。
ロッテが怒ってくれたおかげで、私はなんだか救われた。とても穏やかな気分。
そう。全員に好かれなくてもいいのよ。ロッテみたいに、いっしょにいて心地よい人が一人でもいれば。
私はすっと立ち上がり、ゆったりカーテシー。
「ごきげんよう」
にっこり微笑む余裕すらある。
アイリーンとやらは、さっと頬を赤くして、思いっきり顔を背けた。
「ふん! なによ偉ぶっちゃって。変な虫みたいな服着て、どうせ大した身分じゃないんでしょ!?」
あらま。なんでこの子、こんなに喧嘩腰なんだろう?
「あんたの婚約者とやらだって、確かにちょっとは顔がいいけど、あんな貧乏くさい格好してさ。第一、完璧にオシャレしてないからって、私を褒めないなんて、どうかしてるんじゃないの!?」
いやさ、ちょっとどころじゃなく、あれほど綺麗な男の子はいないと思うよ?
まあ、この子くらいのレベルになると、そういうことも言えるのかもしれないけど、どうにも中身がお粗末すぎて、なんか、逆に可哀そう?
「なによ、その目は!」
そういう察しのよさだけはあると。だったら、少しは考えて話そうよ。
「私は男爵の娘なんですからね! 将来は王子様と結婚して、お城に住んで、パーティー三昧の生活を送るんだから。その時になったら、あんたも招待して、壁の花くらいにはしてあげるから、楽しみにしてなさいよ!」
うん。あなたが問題児なのは、よくわかった。
何番目の王子様を狙ってるのかわからないけど、少なくとも本物の王子様が斜め後方から、あなたを睨んでますけど。
ハイマン殿下のあんな殺気立った顔、初めて見た。おーっ、ブルブル。
「エリス。楽しかったけれど、そろそろお暇しようか」
あ。無視、無視ですね。はい。とても賢い選択だと思います。
「はい、で…あ、あなた」
殿下と言いかけて、やばい、お忍びだったと、苦肉の策で出た言葉に、ハイマン殿下が赤面する。
ああ、そんなお顔も初めて見ました。
直後、鼻歌でも歌いそうな殿下にエスコートされて、私は孤児院を後にした。
「ものを知らない、少女の夢で片付けるには、口にしたことが不穏すぎる。一応、調べてみる。エリスは、あまり気にしないことだ」
馬車に乗ってすぐ、殿下はおっしゃって、それ以降、不愉快なピンクの髪をした女の子についての話題が出ることはなかった。
そりゃそうだ。
彼女の妄想にしろ、事実にしろ、その男爵とやらが認知してるなら、彼女はあそこにいない。
事情があって本宅に引き取れないにしても、ちょっとした家を用意し、メイドの一人もつけるだろう。
孤児院で、迎えに来る当てのない父親を待つ少女。
それでも、何があるかわからないのが人生だ。私みたいに、前世の記憶がある人だって、探せばけっこういるかもしれないし。
なんにしろ、彼女の深くものを考えてなさそうな言動は、不安しか呼び起こさない。
もし仮に、彼女が自分で宣言した通りの人生を送るということは、その男爵某の嫡男及びその兄弟姉妹全員が、死去するなり、家を継いだり政略結婚もできないほどの病になるか、怪我を負うということだ。
人の不幸の上に自分の幸福を願う、彼女の心根にうそ寒いものを感じないではいられなかった。
あーあ。ロッテとはもっと仲良くなりたかったのになぁ。
私もそうそう外出はできないし、そうでなくても、あの孤児院には行きづらくなってしまった。
ハイマン殿下も「今度は、どこに出かけようか?」と仕切り直すようにおっしゃられたくらいだから、二度とあそこに行くことはないだろう。
とりあえず、バザーの何たるかを説明するために、ロッテには手紙を送ろうと思う。




