10、お下げ髪の少女
ハイマン殿下は、紋章のないシンプルなつくりの馬車に乗って、迎えに来てくださった。
護衛や従者の質や数を見れば、やんごとない身分の人だとすぐにわかるし、孤児院を取り仕切る神父様は前もって知らされているわけだけれど、子供たちは、なんか偉い人が来る、くらいにしか認識してなかったようだ。
それでも、教会裏の路地に馬車が乗り入れられるなんてそうそうないから、珍しいもの見たさだったのか、それとも、ただ神父様に言われるままに並んだだけなのか。
ハイマン殿下にエスコートされて、馬車を下りると、文字通り二十四の瞳から放たれた視線が、私の体に突き刺さるようだ。
「うわぁ」
赤茶けた髪をお下げにした年嵩の女の子が(それでも十歳くらいか)賢明にも、年下の男の子の口を塞ぐ。
「もがっ」
ありがとう、ありがとう!
「ようこそおいでくださいました」
「出迎えをありがとうございます。皆の手を止めさせてしまって申し訳ない。ぜひ、いつも通りの姿を見せていただけると、私としても勉強になるし、ありがたく思う」
さすがは王族、神々しい!
ぽかーんと口を開けている子供たちに、殿下がにこりとお笑いになる。
「皆、普段どのようにすごしているか、私に教えてくれるかな?」
わっと解き放たれたように、きれいな王子様の周りに集って、口々に話し出す。
「シーツ洗うの」「畑の草むしりー」「窓拭くんだ、見て見て!」
従者はハラハラしどおしだろう。殿下って、意外と言ったらなんだけど、子供の扱いが上手なのね。
「じゃあ、順番に見せてもらおうか」
ちらりとこちらを振り返られたので、軽く頷いて送り出す。二人してぞろぞろ同じ行動をとっても、非効率的だからね。手分けして子供の面倒を見るのは、最初から決めていたこと。
まあ、お邪魔をするだけの結果になることは、目に見えているんだけど。お付きの人が、せっせと差し入れを小さな倉庫に運び込んでいるから、それで許してね。
さて。前世でも今世でも、同年代とろくに付き合ったことがなく、年下の面倒を見たこともない私はどうしようか。
殿下の手前、平静を装っているけど、内心はドキドキ。自分自身を思い返してみるに、子供って正直で惨酷なところがあるから。
私は、さっき、よけいな口をききそうになった子をナイスタイミングで止めた、お下げの少女にロックオン!
少なくとも気遣いのできる子。悪い結果にはなるまいて。
「エリスといいます。本日はお邪魔してしまってすみません。いろいろ教えていただけたら、うれしいです」
「ろ、ロッテです。今日は、お越しくださりありがとうございます。いろいろいただきものも、あの、大変助かります」
おお、すごい。私より二、三年上とはいえ、しっかりしている。私は前世の十六年分をプラスした、エセ幼女だからなぁ。
「ロッテさんは、普段は何を主になさっているのですか?」
「繕いものです。皆、よく動き回るし、もともと古着で生地が傷んでいるので、すぐやぶれてしまって。あの、ご覧になりますか?」
「ぜひ」
見てもあんまり面白くないと思うけどとでもいうような、微妙な表情で、軒下へ案内してくれる。
ああ、なるほど。天気がいいなら、外の方が明るいものね。
そこへ気を利かせた従者が、古着の入った箱を運んできた。
「お役に立つとよいのですけど」
中をのぞいたロッテの表情が明るくなる。
「ありがとうございます! これだけあれば、全員分の着替えが整います!」
彼女が皆の衣服を管理していることは間違いないようだ。
「あの、私、すごくお針は下手なのですけど、雑巾でもなんでも、いえ、目立たないところを繕う必要があったら、お手伝いさせてください」
「失礼かもしれませんが、適当で大丈夫です。どうせすぐ、また破けてしまうので」
気の毒そうに話しながらも、超スピードで運針をするロッテの隣で、たどたどしく、ズボンの穴に継ぎを当てる私。このズボンを履く子、ごめん!
「はぁ~。すごいんですね、ロッテさん。プロのお針子さんみたい」
自分の手元と見比べれば、それはため息も出るわ。
ロッテのそばかすの散った頬が赤くなる。
「そんな。いえ、ありがとうございます。できれば、下働きでもなんでも、そういった仕事をしてみたいです」
時々口ごもりながらも、彼女が話してくれたことには、十一歳になれば、どこかの店で丁稚奉公するなり、職人の見習いになるなり、この孤児院を巣立たなければならないそうだ。
私は呆気にとられる。え? 成人って十六歳だよね? そりゃ、ストリートチルドレンよりよほどマシなのはわかるけど、なんか、ハードすぎない?
「あたしたちは恵まれてる方です。簡単な読み書きや計算は、神父様が教えてくれますし、安全な壁のある所で寝られます。こうして慰問に来てくださる方もいるし。あの、古着と食べ物、本当に助かるんです」
最後は小声で、涙ぐむロッテ。
現状把握ができる賢さがあって、服の解体と繕いをくり返してるおかげで、ちょっとした服くらい仕立てられる知識と器用さがあって、お礼を言える素直さもあって。
私は、自分の身に置き換えて想像する。
いくら子供とはいえ、人の施しに縋って生きるというのは、なんて複雑な心境だろう。
大人と違って、屈辱とか妬みなんて感情は、まだ明確に芽生えていないにしても、ただ、たまたまそこに生まれただけなのだ。ロッテも、私も。
その中で、努力できる彼女には、何か良いことが起こってほしいなと思う。
えこひいき? たまたま彼女が私の相手をしてくれただけだけど、それが縁ってものじゃないかな。
でも、私になんの力があるだろう? 爵位はお父様のもの。私が自由にできるのは、時々もらえるお小遣いだけ。犬猫を飼うならまだしも、人ひとりの人生をサポートできるほどの金額にはならない。
「教会や孤児院で、バザーなどなさらないの?」
「バザー、ってなんですか?」
案を出すだけなら只で済む。材料費くらいは周りからかき集めて、と思考を巡らせつつ、勢い込んで説明しようとしたところで、それを遮られた。
「もう! もう! ロッテったら、なんで起こしてくれないのよぉ!」
可愛い声だけど乱暴な口調で、一人の少女が怒鳴り込んできたのだ。




