1、前世
私、じつは肥満児でした。
でも、罪悪感なんて、これっぽっちもなかった。
陸の孤島なんて言われてしまう限界集落で、子供は私一人きり。
大人たちはみんな私を可愛がってくれた。
元気にあいさつすると「可愛いねぇ」って、お菓子をくれる。
お隣に回覧板を持っていくと「ありがとうね」って、お菓子をくれる。
いまなら私もわかる。村民の平均年齢が六十歳に届こうかって中、顔の造作はふつうでも、ちんまい子供がニコニコしてれば、そりゃ可愛いだろう、餌付けもしたくなるだろう。
交通量もさしてない田舎道を走り回って育った健康優良児も、いつしか、道端に落ちてるお金を拾うのにも「よいしょっ!」とか言うようになる。いや、だって、脂肪のたっぷり付いたおなかがさ。
おお、五百円玉だ! 小銭の中でいちばん好きよ? なんたって、大きいし、きれいだし。
交番に持っていったら、「偉いぞ」って頭を撫でられて、やはりお菓子をもらった。
そして、校長先生とマンツーマンの小・中学校時代。しょっちゅう一緒にお茶してたなぁ。もちろんお菓子付き。
しかし、この幸せな生活は、高校進学と共に終わりを迎える。
私のためだけに、路線が延長されたバスに乗って、山を三つ越えた所にある公立高校へ。
入学式に出席できないことを祖父母は詫び、相当に残念がっていたけど、それぞれ腰と膝に爆弾をかかえてるからね。無理はしないで。
新しい環境への不安より、同世代の友達ができるって希望に胸を膨らませていた私。
ええ、物理的にも膨らんでましたけど、なにか?
しっかし、どうしてバス停が校門前じゃないのか。そして、なぜに校舎を小高い丘の上につくった?
私が育った村は山々に囲まれてたけど、村の中自体は、ほとんどアップダウンがなかったんだよね。
ぜいぜい息を切らしながら、たどりついた校門は、ちらほらと舞い散る桜をバックに輝いて見えた。
真新しい制服を着た同級生たちも、キラキラしてる。
私もきっと同じように輝いているに違いない。
だが、しかし! 私を追い越しざまに、見知らぬ男子高生がつぶやいた言葉。
「うわぁ。すげぇデ○」
な、なんですと?
同世代とは交流したことがなくても、私のコミュ力はけっこう高い。子供相手と手加減されつつも、村の大人たちと問題なく付き合ってきたからね。
自分に向けられた言葉なのは間違いなく、それを勘違いだって流すこともできやしない。
脚立持参で、古寺の住職にお願いして、鐘の中に頭を入れさせてもらった時みたいだ。グワァァァン!
村いちばんのぷりちぃさんと呼ばれていた私が、デ、デ○ですと?
た、確かに。思い返してみれば、「めんこい」「可愛い」とは言われてたけど、その前になんか付いてたような。
「クマのぺーだかパーだか、アレみたいで可愛ええの」
そこはプーだよ、商店で店番してるおばあちゃん。ぺーとパーじゃ、林家になっちゃうよ?
「仔豚に負けん可愛さじゃの」
養豚農家のおじいちゃんからしたら、最上の誉め言葉だよね。ほんと、仔豚って最高に可愛いし。
でも、なんか、村の外に出たら、私の可愛さは通用しないみたい。
クスクス笑いながら通りすぎる女の子たちの手足の細いこと細いこと。大丈夫? ちゃんと食べてる?
余計なお世話な心配をしたのは、自己防衛本能かな。
たぶん、私は自分が太ってるって気付いたことより、そんな一事で蔑まれたことがショックだったんだと思う。
ついぞ悪意に晒されたことのない、メンタル弱子。
思わず知らずよろけた、急な坂道の到達点。
ごろごろゴロゴロ、アスファルトの上を転がりだしたところまでは覚えてるんだけどなぁ。