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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

放送室のオバケ

作者: 凪野海里

「ねえ知ってる? 3組の林田さんのこと」


 放課後、誰もいなくなった教室で友だちのヒカリがそんな風に切り出してきた。

 聞かれたレイは「何が?」と首をかしげる。3組の林田さんなら、レイも知っていた。同じ放送委員で委員会の連絡事項でたまに話す程度には交流があった。しかし特別な関係というわけでもない。


「先週からずっと学校を休んでるんだよ」

「ああ聞いてるよ、それ。おかげで放送の当番が1週間前倒しになったから。もしかして風邪でも引いたとか?」

「違うみたい」

「そうなの? 風邪じゃなかったら何? まさか家庭の事情とか」

「ううん。そういうのでもないらしいの。実はね、先週の放課後に放送室に入ったのを最後に、行方不明になっちゃったんだって」

「はあ?」


 不穏な言葉に、レイは耳を疑った。その情報は初耳だった。

 放課後の教室は、レイとヒカリ以外誰もいない。夕日が窓から差し込んでそれがまぶしくて、さっきカーテンを閉めてしまった。教室のカーテンは暗幕にもなるからそれを閉めてしまうと、教室は昼間だろうと一気に暗くなる。だから右側だけ閉めて、左側のカーテンだけは開けたままにしておいた。

 だが逆に、レイは暗闇となった教室のほうが落ち着いた。太陽というのはいつでも眩しい。このあいだの席替えで窓側の席になってしまったせいもあって、授業中は日を避けるのにいちいち苦労してしまう。自分勝手な都合でカーテンを閉めようとすると、教師からは注意されてしまうし。


「やめてよ。私このあと、放送室で下校の音楽流さなきゃなんだから」

「だから気を付けてってことよ」

「どう気を付ければいいのよ。何? まさかとは思うけど、林田さんは放送室で誰かに襲われて行方不明になっちゃったとか?」


 放課後、誰もいない、学校。それらの条件が合わさるともう1つの可能性がレイの頭のなかで浮かんだが、もう高校生で来年には受験を控えている身としては、今さらそんな子ども騙しみたいなものを口にするのも馬鹿らしくて、それは口にしなかった。

 ヒカリはレイの予測に「ううん」と首を横に振って、慎重に口を開いた。


「オバケの仕業だって。噂によると」

「……オバケ?」


 まさか「子ども騙し」だと思ってあえて口にしなかったその単語を、ヒカリが口にするとは思わなくて、レイは驚いた。そして聞いた途端、やっぱり馬鹿らしいと思った。


「オバケなんているわけないでしょ」

「そう思うけど。そうとしか考えられないでしょ?」

「ありえないでしょ。小学校じゃあるまいし」

「高校にもオバケくらいいるでしょ。わっかんないよ~。もしかしたら、こーんなこわーいオバケが……」


 言いながら、ヒカリがポニーテールにまとめた長い髪をほどいてそれで顔全体を覆うと、両手をだらりと下げながらレイへとにじり寄ってきた。思わずレイはあとずさる。レイの背後にはまだ夕日の光が差し込んでいた。あともう一歩後ろへと下がったら、夕日がレイの横顔を照らすだろう――。

 そのとき教室のドアがガタガタと大きな音をたてたものだから、レイとヒカリは同時に飛び上がって驚いた。

 ドアのほうを見ると、そこには担任の男性教師がいた。


「お前ら、いつまで残ってんだー。もうすぐ下校時刻だぞ」

「げ、先生」

「安倍、髪はちゃんと結べ。それは校則違反だ」

「はーい」


 担任に注意をされたヒカリは、顔に垂らしていた髪を後ろへと持っていくと、それでまたポニーテールに結び直した。

 レイは閉じていたカーテンを引く。夕日はようやく西に沈んだのか、いつの間にかすっかり外の風景は夜へと変わろうとしていた。


「先生、さようならー」

「はい。さようなら」


 レイとヒカリは一緒に下駄箱へと向かう。放送室へ行くには下駄箱の前を通り過ぎてその先にある、管理棟の一番奥に行かなくてはいけないから、途中まで道は一緒なのだ。


「じゃあレイ、気を付けてね。オバケに食べられないように」

「もうやめてよ、それ」

「それとも私もついてったほうが良いかな?」

「大丈夫だよ。それにヒカリ、このあと塾でしょ?」

「うわ、それ思い出させないでよー。先週のテストの結果が帰ってくるんだから」


 ヒカリは辟易とした表情を浮かべて、ため息をつく。そんな彼女を見て、レイは思わず笑ってしまう。


「じゃあね、ヒカリ。また明日」

「また明日ー」


 下駄箱で靴に履き替え、昇降口へ向かうヒカリを見送ってから、レイは放送室へと足を向けた。下駄箱から放送室までの道は、電気がついていない。どこかにスイッチはあるからそれを押せば一気に明るくなるけれど、レイにはそんなものいらなかった。だってレイは、明るいところが大の苦手だからだ。

 暗い廊下を足音一つ立てずに歩いて、放送室へとたどり着く。ドアノブをまわしてゆっくりとドアを開けた。放送室のドアは防音性になっているため、どこの部屋のドアよりも重いのだ。

 レイは鞄を置くと、まずは放送室のなかにある物置部屋に足を踏み入れた。猫の額ほどしかない上に、物が雑多に詰め込まれているから、ほとんど足の踏み場もないと言っていい。レイはしかし、そのなかを跳ぶようにして部屋の奥までやってくると、そこへ密かに置いておいたクーラーボックスをだして、その蓋を開けた。

 そこには高校の制服を着た女子生徒が丸まったまま寝かされていた。彼女の両目はぴったりと閉じられていて、唇さえ真一文字に結ばれたまま微動だにしない。

 彼女の胸にある名札には、「林田」の字が見えた。


「元気?」


 言ってから、はたと気が付く。もう彼女は死んでいるのだから元気も何もないのである。


「ごめんね。こんなことしちゃって。でもあなたが悪いんだよ。私のことを見て、怯えたりするから」


 あの日のことをレイは思い出す。

 あの日、席替えで窓際の席になったレイは、放課後に誰もいないはずの放送室で、必死に顔の火傷を治そうとした。けれど治らない。焼けただれた皮膚が戻らなくて、レイはますます慌てた。制服はぼろぼろとくずれ落ち、左目はぽろりととれ始め、髪もばさばさとぬけ落ちていく。

 そこへ彼女――林田さんが現れた。彼女はレイの姿を見るなり、「バケモノぉ!」と叫んで放送室を飛び出そうとした。レイはすぐさま彼女の背中を追いかけ、その首を跳ね飛ばしたのだ。

 首はあとでちゃんとつけ直したけれど、もちろん一度とれてしまえば、もう二度と彼女が動くことはない。


「もし私があなたの体を代わりにもらえば、もう日の光に苦しむこともないのだろうけど」


 この体に憑いてから、もう20年にはなるかもしれない。そろそろ変え時だろうかとレイは考える。

 でもそんなことをしたら、今度は林田のフリをしなければいけない。彼女のフリをして、それまでの生活をまた新たにやり直さなければいけないのは、色々と手間だった。


「まあ、とりあえずそれまでは、あなたの体はこのままにしておいてあげる」


 さて、とレイは立ち上がる。

 これから、下校の音楽を学校じゅうに流さなければいけないのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  放送室の中にこんな恐ろしいものが紛れていたとは……驚きです。
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