百合の間に挟まってしまった女 ~聖域崩壊編~
もしも、もう一度高校入学の初日に戻れるのなら。
何度そう思ったかは分からない。けれど、それは決して叶わなくて。
「どうしたの、四葉ちゃん?」
「なんだかボーッとして、全然箸進んでないけど」
対面に仲良く並んで座り、そして息ぴったりに私の顔をのぞき込んでくる2人の美少女。
片や中学生か、下手したら小学生と見紛うほどに幼く見える愛らしい美少女、百瀬由那。
片やボーイッシュで爽やかなオーラを放つ凜々しい美少女、合羽凛花。
この2人は陰でこう呼ばれているらしい――誰も触れてはならない『聖域』と。
なぜ2人が『聖域』などと呼ばれるのか……それは2人の関係性の在り方にある。
百瀬さんと合羽さんは家が隣同士で、生まれる前から一緒に居た幼馴染みらしい。
マイペースでのほほんとしていて、少しドジなところがあって、けれど意外と勉強はできる百瀬さんを、合羽さんはまるで姉のように甲斐甲斐しく世話を焼いてきたらしい。
対し合羽さんはスポーツ万能で、小学生の頃は男の子のチームに混じって、中学生からは色々なスポーツの女子チームに助っ人として駆り出され、百瀬さんは大活躍する合羽さんの試合に毎回駆けつけ、妹のように一生懸命応援してたとか。
そう、2人に向けられる尊いという言葉は、そういう関係に向けられたものなのだ。
そして聖域というのは、そういう2人の関係を「誰一人として穢してはならない」という暗黙の了解のようなものだったのだ。
けれど、そんなことも知らず、尊い百合の花園を踏み荒らす不届き者が現れた。
…………私だ。
「だって知らなかったんだもんーっ!!」
「四葉さん!?」
「どうしたのっ!? いきなり頭抱えて……はっ! もしかして数学の小テスト最悪だったとか! 四葉ちゃん、数学ダメダメだもんね……」
ふぐっ!
勘違いではあるけれど、百瀬さんの言葉はまったく見当違いなものではない。
彼女の言うとおりで、今日の朝行われた数学の抜き打ちテストは散々な結果だったからだ。
「いいや、由那。四葉さんが悩んでいるのは多分この後の長距離走のことだよ。四葉さん、いつも最後まで走ってるもんね……」
ふぐぐっ!
これもまた勘違いではあるけれど、合羽さんの言葉はまったく見当違いなものではない。 彼女の言うとおりで、ここ最近狂ったみたいに体育の授業で行われる1500メートル走を思うと昨日の夜から憂鬱だった。
そう、百瀬さんと合羽さんの2人だけの聖域を踏み荒らし、その間に割り込んで、毎日一緒にお昼ご飯を食べる私、間四葉は、自分で言うのもアレだけれど結構なポンコツなのだ。
勉強も運動も人並み以下で、この高校もどうして受かったのかよく分かっていない。きっと私の実力というより、やけくそで転がした鉛筆が凄いヤツだったんだろう。
「大丈夫だよ四葉ちゃん! 四葉ちゃんがどんなにおバカでもあたしが教えてあげるから! 数学でも英語でも保健体育でも!」
うわわっ!?
右からアイドルみたいな美少女がロリっ子みたいな甘い声で精一杯訴えかけてくる!
「安心して、四葉。四葉の壊滅的な運動神経も私が一緒にトレーニングしてすぐに改善してみせるから。今日の長距離も一緒に走ろう。2人なら最後まで残って目立っても平気でしょ?」
ほああっ!?
左からイケメンみたいな美少女が艶やかな声で優しく囁いてくる!
なんだ、天国か!? 私死んだ!?
「チッ」
――バキッ!
「ふぅー……」
あ、本当に死ぬかも。
舌打ち、鉛筆が折れる音、精神統一するかの如く深く吐き出された溜息。
そのどれもが聖域を荒らすならず者(私)に向けられたものなのは間違いない。タイミング良すぎるもん。
「ねぇ凜花? 四葉ちゃんはあたしに任せてくれていいんだよ? だって運動より勉強の方が大事だもん。四葉ちゃんが試験だめだめだったら進級だって危ないんだよ」
「いいや由那。勉強より運動の方が大事だよ。身体とは一生付き合っていくんだから。このまま運動音痴のまま四葉さんを放っておいたら、近い未来、足腰も碌に立たず車イス生活を余儀なくされる可能性だってあるんだから」
「そんなわけないもん! 凜花のバカ! 第一、一緒に走るって何!? 男の子も含めて一番足の速い凜花が四葉ちゃんと一緒に走ってたら明らかな手抜きじゃん!」
「それを言うなら由那だって! 保健体育を教えるなんて言ったけど、四葉は保健体育が一番得意だろ! いったい何を教えようって言うんだ!?」
バンッ! と、息ぴったりに机を叩き、同時に立ち上がる百瀬さんと合羽さん。
2人は互いに威嚇し合うように睨み合って……はわわわわ。
そう、おそらく私が犯した聖域荒らしの大罪の中でも最も罪深いのはこれ――私が間に入ったせいで、2人の仲が度々険悪になるのだ。それも決まって私に関する話題の時ばかり。
「お、落ち着いて2人とも……!」
「「四葉ちゃん(さん)は黙ってて!」」
「はひ……」
凄まじい剣幕に押され、私のような雑魚キャラは引っ込むしかない。
尊い関係とはほど遠い、本気で口げんかを始めそうな勢いの2人を前にどうしていいか分からず、私は逃げるように席を立ってトイレに行こうと――
「四葉ちゃんだってあたしといる方がいいと思ってるもん!」
「四葉は私と一緒に居たいって思ってる!」
「ぴぎっ!!?」
両サイドから腕を抱きしめられ、私はフリーズした。
種類の違う、本当に同じ女子という生物なのかと疑いたくなる良い香りに包まれながら、私はぼけーっと意識を遠のかせるのだった。
◇
そもそも、どうして私がこうして2人に挟まれることになったのか……それは今年の4月、高校入学の初日まで遡ることになる。
同じ中学から上がってきた友達もおらず、1人とぼとぼ通学路を歩いていた私は、突然足に何かが触れたのを感じた。
それはハンカチだった。ピンク色の、花の刺繍がしてある可愛らしいものだ。
「あの、落としましたよ」
私は咄嗟にかがんでハンカチを拾い、前を歩いていた人に声をかける。
「えっ?」
「あっ」
それが百瀬さんと合羽さんだった。
首を傾げる百瀬さんと、驚いたような声を漏らす合羽さん。
当然、これが初対面の私は2人の名前なんか知らないし、関係性も、周囲がどういう目を向けているのかも知らなかった。
ただ、「うわぁ、種類の違う美少女が2人いる……眼福ぅ……」くらいにしか思ってなかった。顔には出さなかったけれど。
一瞬迷った。この次どうするべきか……けれど、私は直感的にハンカチを――合羽さんの方に差し出していた。
「あなたのですよね?」
「え……どうして……?」
「ええと、なんとなく……?」
そう、なんとなくだ。
一般的に見たら、凜々しくて女子からも遠巻きに熱い視線を送られるような合羽さんより、ガーリィで小動物っぽい愛らしさのある百瀬さんの持ち物だと思うかもしれない。
けれど、私はまったく疑わなかった。理由は分からないけれど、でも、このピンクで可愛らしいハンカチは間違いなく合羽さんのものであると疑わなかった。
合羽さんが目を丸くする。そして百瀬さんも。
一瞬だけ時間が止まったみたいに沈黙が流れた。
「ありがとう」
合羽さんはそう、困ったような、でも嬉しそうな、微妙な顔で微笑みつつ、ハンカチを受け取った。
今にしてみればそれはとても珍しい類いの表情だった。
「ありがとうっ!」
そしてなぜか百瀬さんも、これまたなぜか目をキラキラ輝かせながらお礼を言ってきた。
「あたし、百瀬由那!」
「え?」
「あ……私、合羽凜花。あなたも新入生、だよね?」
「あ、はい。えと、間四葉です」
「どうして敬語なの?」
「い、いやぁ……」
百瀬さんに言われ、言葉を濁す。
2人の美少女オーラに当てられたからなんて言えない。私のような一般女子高生にはあまりに強い刺激だなんて。
「敬語はいらないよ。ね?」
「は、はひ……いえ、いや、う、うん」
さりげなく私の肩に手を置きつつ、爽やかにそう言ってくる合羽さんに、どもりながら頷く。自分でも気持ち悪いと思いました。
けれど、2人はそんな私に引くことはせず、どこかキラキラした視線を向けてきていて。
「「これからよろしくね」」
そう、息ぴったりなステレオで甘く、優しく、無邪気な笑顔を浮かべたのだった。
◇
「う、ううん……」
頭がぼおっとする。
柔らかな何かに沈む感覚……私はいつの間にかベッドに寝ていた。
ほんのりと鼻につく薬品の香り的に保健室にいるらしい。
「あ、起きた!?」
「四葉さん、大丈夫……!?」
「百瀬さん、合羽さん」
両サイドから同時に顔を覗き込んできた2人だったけれど、百瀬さんはなぜか勝ち誇るように得意げな笑みを浮かべ、合羽さんは悔しげに口をへの字に曲げた。
「凜花、あたしのほうが先に呼ばれたっ」
「……別に深い意味なんかないよ。そうでしょ、四葉」
なにか、そういう賭けをしていたのだろうか。
犬の前にお肉を投げて、どっちの肉に先に飛びつくか当てる、みたいな。
とにかく、今回に関しては合羽さんが正解だ。百瀬さんを先に呼んだのは特に意味はない。
「私、どうして保健室に……?」
「四葉さん、いきなり倒れたんだよ」
「た、倒れた!?」
「やっぱり数学のテストだよぉ! 数学のテストで受けたダメージがじわじわ四葉ちゃんの身体を蝕んで……」
「いや、きっと長距離走へのストレスだろう。大丈夫だよ、四葉さん。体調不良ってことで体育は出なくていいってなったから」
ぎゅっと手を握ってくる百瀬さんと、優しく頭を撫でてくれる合羽さん。
倒れたのは本当だろう。でも、そのまま死んだのかもしれない。こんな天使が2人、両サイドから優しくしてくれるなんて現実じゃありえな……くもないか。
2人と仲良くなって、こうして間に挟まれるようになって、こういう状況は珍しくもなくて……寿命は縮みそうになるけれど、一応生きている。いちおう。
「ねぇ、四葉ちゃん! 今日の放課後、うちで勉強会しない!? もちろん……ふ、ふたりきりで」
「な……!? ズルい由那! 私が誘おうと思ってたのに!」
「ふふーん、早いもの勝ちだよーっ!」
「そんなことないもん……! 四葉さん、今日うちに来ない? 四葉さんがやってみたいって言ってた、部屋の中でできるフィットネスのゲーム、やっと抽選当たって買えたんだ!」
「えっ、本当!」
思わず反応してしまう。たしかずっと品切れで、発売してはすぐに売り切れてしまう超人気ゲームだ。
「むぅ……! ゲームで釣るなんて凜花のほうが卑怯じゃん! ダメだからね、四葉ちゃん! ゲームばっかやってたらもっとバカになっちゃうよ!」
「四葉はもうこれ以上馬鹿にならないから!」
私の腕を掴みながら、またもや睨み合う2人。今度はベッドに固定されていて逃げ場がない。
にしても、なんでこう、私がもの凄いおバカである前提で話してるんだろう……いや、否定できないけれども。本当はめちゃくちゃ嫌われてるんじゃないだろうか……うう、傷つく……。
「じゃあじゃあ! ジャンケンで決めよっ! あたしが勝ったら今日はお勉強会!」
「分かった……私が勝ったらゲーム……!!」
まるで巌流島の宮本と佐々木みたいに、ぎろりと睨み合って向かい合う2人。
「「さーいしょは、グー!!」」
こうして、放課後何するかを巡る真剣勝負の火蓋が切って落とされた。
いちおう、私も関係していると思うんだけれど、意見を挟めるチャンスはこれっぽっちも存在しなかった。
◇
そして放課後。
「ふひぃ……終わったぁ……」
私はぬいぐるみがコロコロ転がる部屋で、疲労感たっぷりに息を吐いた。
数学……中々の強敵だった。宿題と復習だけでなく、予習まで手を出すと時間がいくらあっても足りない……!
「おつかれさまっ、四葉ちゃん! 頑張ったね~、いい子いい子!」
そして、そんな私に熱心に指導してくれた百瀬さんは、まるで愛犬を可愛がるように私の頭を抱きしめて撫で回してくる。ふへへ……ぎもぢぃい……(気色悪い顔)。
にしても、百瀬さんは随分と変わった。いや、彼女は彼女のまま、天使なままだけれど。
百瀬さん、勉強に関しては、特に数学みたいな公式を覚えてパズルみたいに組み合わせていく非暗記系の教科については天才肌というか、感覚的に解いていて、人に教えるのはむしろ苦手というタイプだったのだ。
けれど今は先生みたいに、ううん、先生以上に分かりやすく、バカな私でも理解できるように教えてくれている。
「すごいね、百瀬さん。いや、私が言うのは変な話だけど……」
「えへへ、四葉ちゃんにそう言って貰えると嬉しいな。あたし、いっぱい頑張ったんだよ」
百瀬さんはそう言って、自分の教科書を広げて見せてくれる。
そこには、ぎっしりと彼女の丸っこい字でメモが書かれていた。その文言のどれもが自分のためのものでは無く、私に教える時を想定したものだった。
「あたしね、四葉ちゃんのためだったらいくらでも頑張れるって気が付いたんだ。四葉ちゃんに喜んで欲しくて、四葉ちゃんのためにできることがしたくて……それで、すごく頑張ったの」
「百瀬さ――」
「由那って呼んで」
その表情は妙に色っぽくて、なんだか全然上手い表現が出てこないのだけれど、端的に言えば……そう、その色香で人を惑わすサキュバスみたいに思えた。
彼女は私の首に腕を絡ませ、強く抱きしめてくる。私は抵抗できなくて、ただされるがまま押し倒されて――
「由那、ちゃん」
「~~~っ! 大好きっ、四葉ちゃん!!」
「ふぇっ!?」
床に倒れる私を、由那ちゃんは感極まったみたいに思い切り抱きしめてきた。
彼女の甘い香りと柔らかい感触が世界を支配する感じがして、私は教室で倒れた時と違うクラクラとした目眩を感じていた。
「変って思うよね。でも、あたし、四葉ちゃんが好きなの。ライクじゃないよ。ラブ。1人の女の子として、大好きになっちゃったの!」
「ゆ、ゆゆ、由那ちゃ――」
「あたし、ずっと凜花と2人きりだった。別にそれが悪いと思ってなかったし、楽しくて幸せだったよ? でも、四葉ちゃんとも過ごすようになって、凜花に対する好きと四葉ちゃんに対する好きが全然違うって分かったの! 毎朝目が覚めたら一番に四葉ちゃんにおはようって言いたいし、四葉ちゃんの寝癖を直してあげたいし、手を繋いで学校に行きたいし、手作りのお弁当をあーんって食べさせてあげたいし、帰りは一緒にスーパーでお買い物したいし、家に着いたら抱き合ってゴロゴロしたいし……お、お風呂はさすがに一緒に入るのは早いかな? でも、いずれは、ゆくゆくは、そのうち……えへ、えへへぇ……」
由那ちゃんは夢見心地というか、表情を蕩けさせて笑う。
正直その妄想を直接聞かされる私も恥ずかしいなんてもんじゃなかった。
「ねぇ、四葉ちゃん。四葉ちゃんも同じ気持ちかなぁ……?」
瞳を潤ませ、私に覆い被さりながら、由那ちゃんはおずおずと聞いてくる。
私はつい言葉を詰まらせてしまった。
きっと、これは冗談じゃない。
信じられないけれど、どういうわけか、由那ちゃんは本気で私に好きをぶつけてきている。
正直、聖域とか百合の間に割って入る輩死すべし問題とか、そういう話じゃない。
私が、由那ちゃんとどうしたいかだ。
『駄目よ四葉!』
はっ! 私の中の天使!?
『冷静になって! 世界が望んでいるのは百瀬・合羽のカップリングなの! 素敵な幼馴染み百合なの! それを突然割って入ったあなたが壊していいはずがない!』
た、確かに……聖域を、穢しては……
『それはどうかな?』
はっ! 私の中の悪魔!?
『いいじゃないかよ、壊したって』
『なんですって!?』
『いいか百合は尊いものだ。それは決してショーケースに入れられて大事に育てられたものだけを言うわけじゃねぇ。雑草みてぇによ、好き勝手やってる百合だって、同じ尊い百合じゃねぇか』
『そ、それは……』
『見に行こうぜ、未知なる世界をよぉ!! 完璧なものだけが百合じゃねぇ……百合の可能性は無限大だ! 愛らしい一輪の花である百瀬由那が、平凡でどこにでもいるような雑草の間四葉に染められたっていいじゃあねぇか!』
ずがーん!
雷に打たれる私と私の中の天使!
悪魔のその言葉はあまりに甘美で、今の状況には優しくて……私は――
「……うん、私も由那ちゃんのことが好き」
つい、そう言ってしまっていた。
「ほ、本当……!?」
じわっと溢れだし、頬を伝う、涙。
その熱いものが由那ちゃんの頬を離れ、そして私の顔に落ちる。
「うん。大好き」
不思議と口にすればそれは真実のように思えた。
目の前に居る女の子が凄く愛おしく思える。
……いや、好きにならない筈がないのだ。私は女子で、彼女も女子だけれど、でも、素敵で素晴らしい人を好きになるのに、性別なんて否定する材料にはならない!
「よ、良かった……勇気出して言って、良かったよぉ……! 大好きだよ、四葉ちゃん……大好きぃ!」
ついには思い切り泣きじゃくって、由那ちゃんは私の胸に顔を埋めてきた。
そんな彼女を私は、黙ってただ抱きしめ返すのだった。
◇
「ごめんね、いきなりメッセージ送って」
「う、ううん」
日が傾き始めて、由那ちゃんの家を出た頃、スマホにメッセージが届いた。
それは合羽さんからで、「これから会えないか」というものだった。
私は悩んだ。だって、ついさっき私は、彼女と聖域を築いていた由那ちゃんと彼女彼女の仲に……は、変か。恋人同士になってしまったのだ。
よくよく考えれば、それは合羽さんに対する裏切り行為になるかもしれない。
そんな罪悪感があったけれど……言い知れぬ直感が、私を突き動かした。
――逃げちゃいけない。
そんな直感に背中を押され、彼女の誘いを受け入れた。
そして、今――私と合羽さんは二人で夕暮れが照らす河川敷を歩いていた。
「毎朝ランニングしてるんだ。ここ」
「毎朝!? 凄いね……」
「凄くないよ。でも気持ちがいいから。良かったらこのままもう少し歩かない? 散歩くらいでも身体を動かしたら体力増強に繋がると思うし」
「あはは……今日、体育サボっちゃったから丁度いいかもね」
思ったよりも気軽に彼女と話せていた。
夕日に照らされた合羽さんは凄く輝いて見えて、どうしたって彼女しか目に入らない。
「ここを一緒に歩くのは初めてだよね」
「うん」
「いつか、一緒にこうして歩けたらって思ってたんだ」
そう彼女は苦笑する。
なんだか大げさ……と、普段の私なら笑い飛ばしたかもしれない。
けれど、なんだか、普段とは違う気がした。私だけじゃない――彼女も。
「ジャンケンで負けて、由那に四葉さんを取られて……凄く悲しかった」
「ぁ……」
「ねぇ、四葉さん。初めて会ったときのこと、覚えてる?」
「も、もちろん。忘れるわけないよ」
つい今日思い出したばっかりだ。
なんたって私の高校生活を変えた、変えてしまった出来事だから。
「私も覚えてる。毎日思い出す。あの日の、あなたを」
彼女はどこか清々しい表情で、空を見上げる。
雲一つ無い快晴が今の彼女にはよく似合っていた。
「あの日、あなたにあって私は変わったんだ。ずっと子どもの頃から由那と一緒に居て、もちろん由那は大切な友達で――」
あ、これは……!?
この展開はっ!!?
「でも、どこかで女の子らしい由那と自分を比べて、劣等感を感じていた。どうしたって、彼女みたいになれない自分は誰にも好かれることはないんじゃないかって」
「そ、そんなことないよ。だって――」
「うん……知ってる。四葉さんが私のことを認めてくれてるって」
彼女らしからぬ卑屈な言葉をつい正直に否定する私に対し、彼女はすっきりとした笑顔を浮かべた。
「あの日、四葉さんは迷わず私にあのハンカチを渡してくれたよね。あれ、なんとなくいいなって思って買ったものだったんだ。でも、買った後で私より由那に似合うんじゃないかって気がしてきて、私が持ってていいのかって思って……だから、四葉さんがハンカチを渡してくれたとき、私は私のままでいいんだって初めて思えたんだ」
不意に合羽さんが足を止め、そして私の手を握った。
「見て。あそこの公園も好きなんだ」
河川敷から川の逆側に逸れた先にある小さな児童公園。
合羽さんは楽しそうに私の手を引いてそちらへ歩いて行く。
丁度夕暮れ時で子どもが帰った後――そこは私たちだけの空間だった。
「沢山好きなものがあるんだ。数え切れないくらい……それのいくつか、ううん、多くを好きなままで居られるのは、四葉さんのおかげなんだ。そして……そして、私は……私は、何よりも四葉さんのことが好きだ! 愛してるっ!!」
私はその高らかな叫びに言葉を失ってしまった。
周囲に誰も居ないからといって叫ぶなんて……という意味ではなく、ただその熱量に圧倒されてしまった。
「女のくせに女性である四葉さんを好きになるなんて変って思うかもしれないけれど……でも、もう抑えられないんだ。君が好きだ。女性らしさがどうじゃない。合羽凜花という1人の人間として、間四葉さん……あなたが好きなんだ。四葉さんと一緒に居ればもっと沢山のものを好きになれる。そして四葉さんにも沢山のものを好きになって貰って……けれど、きっと、私はもっともっと四葉さんのことを好きになれる……だから……お願い……」
私と、付き合って。
そう私の両手を優しく握り、目を見て愛を訴えてくるその姿は正しくイケメンのそれなのだけれど、不安げに瞳は揺れていて、ああ、きっとこの表情は合羽凜花にしかできない表情だ、なんて思って――
私はただ、まるで池を泳ぐ鯉のようにパクパク口を開けたり閉じたりするしかなかった。
これが本当の鯉ってやつか……なんて、言ってる場合じゃない!! 口に出してはいないけど!!
『駄目よ四葉!』
でたなっ、私の中の天使!
『あなたには既に百瀬由那という将来を誓った相手がいるじゃない! 二股はNG! 百合の間に割って入るよりも明らかなルール違反よ!!』
将来を誓ったというのは少々性急な気がするけれど、でも、今回ばかりは天使の言うことは尤もだ。
正直、悪魔につけいる隙など――
『待ちなっ!』
な、なぜ、そんなに自信満々に出てこれるんだ、私の中の悪魔っ!
『2人とも、前提を履き違えていないか』
『前提……?』
『百合は何よりも尊く、優先される』
『ハッ……!!』
え、なに。
天使がなんか納得したような声出したけど。
『ポケットを叩けばビスケットが2つ』
ビスケット……?
『聖域を叩けば――』
叩けば……?
『百合が2つ』
……!!?
それって、つまり……!?
『間四葉。お前は聖域を叩き割った。しかし、その間にお前が挟まることによって――本来1つしかなかった百合が』
2つに、なる……
『そうだ。そして百合は無限の可能性を秘めている。二股? 不純? いいじゃあねぇか。オンリーワンを走って行こうぜ! 誰かに認められるためじゃねぇ! お前しか描けない百合を、お前のその手で描くんだよッ!!』
『悪魔さん……パネェ……!』
天使が闇堕ちしてる!
『いや、ちょっと間違いがあったかもな』
『語弊……? 今の完璧な理論にいったいどんな間違いが……』
『へっ、当たり前のことよ。百合は1人では成らず。百瀬由那。そして合羽凜花。彼女達と作り上げていくんだ。3人で、2つの百合をな……!』
『あ、悪魔先輩ィィィィ!!!』
………………はっ!
おそらく現実では一瞬にも満たない時間。
しかし、私は確かに答えを――真理を見た気がした。
そして――
「合羽さん……ううん、凜花さん」
「っ……!!」
「嬉しい。私も、凜花さんのことが好き」
その答えと共に、私は彼女を抱きしめる。
私は知っている。姉と、しっかり者と言われる凜花さんが、本当は甘えたがりだってことを。褒められるとむず痒そうにしながらとても喜んでいるのを。
今だって、告白の返事を待ちながらビクビクとする彼女はとても小さく見えて、でも、すごく可愛かった。
「ほんと……!? ほんとうに、私を……」
「大好き、凜花さん」
「わ、わたしも! わたしも好き! 大好き! 四葉さんのことが、世界で一番好き……! 今までも、これからも、ずっと、一生、来世でも!」
そんな、重さがスキップで階段を上っていくような言葉を聞きながら、私はもう後戻りできないことを確かに悟った。
私は聖域をぶっ壊し、奇しくも同じ日に由那ちゃんと凜花さんの2人と付き合うことになった。
遊びじゃない。ガチ恋だ。実際私も驚くことに、2人とも好きになってしまっているのが分かった。同じくらいじゃない。
まるでバベルの塔のように、高く、雲より高く、実際どれくらい高いのか分からないくらいに好きになっている。
けれど、これでいいんだよね。悪魔さん。
このバベルの塔が神さまから怒りを買ってへし折られてしまうまで、あるいは、2人という翼に支えられ空を飛び、いつかイカロスの如く太陽に焼かれてしまうまで、私は高く上り、昇っていく。
この百合という、尊い世界を……!
◇
「な、なにやってんの私ィ!!?」
翌朝。案の定というべきか、私は昨日の自分の所業を思い出して頭を抱えていた。
何が百合という尊い世界を上り、昇るだ! のぼせ上がるのもいい加減にしろ!
私は平凡な村人系女子Aだ。そんな私がキラキラ輝く2人の美少女に囲まれるなんて誰が喜ぶんだ!? 嬉しいの私だけじゃん!!
それに私は堂々と、熱に浮かされて2人の告白を受け入れてしまったけれど、2人からしたら私が二股をかけたことは当然知らないだろう。
2人に教えて、3人仲良くお手々を繋いで二股ライフ……なんて、それはさすがに無理だ。虫が良すぎる!
「でも、今更断れない……どっちかを選ぶこともできない……だって、嬉しかったし」
ああ、本当に私は愚かだ! でも、それでも、自分が一番いいと思う、私の欲望に従うなら……!!
「隠し通すしかない……二股はっ!!!」
それは妥協であり、同時に本命でもあった。
◇
「おはよぉっ! 四葉ちゃん!」
「おはよう、四葉さん。今日もいい朝だね」
2人はお隣同士。なので、学校に行くまでの待ち合わせも同じところで会うことになる。
そして、今更ながらもしもどちらかが私と付き合い始めたことを言っていたら、速攻で二股はバレるんじゃないかと気が付いたのだけれど……どうやら2人の様子を見るとそれは起きていないようだった。
口止めすべきだろうか……いや、しかし、2人居る状況では……!
「どうしたの、四葉ちゃん」
「ひぇっ!」
「どこか浮かない表情だけど」
「そ、そうかなぁ! そんなこと、ないんじゃないかなぁ! あっ、ちこくしちゃうよふたりともー! あはは、うふふ……」
明らかに変な棒読みになってしまったけれど、私は勢いで誤魔化して通学路を歩き出す。
最終作戦――なるようになれ、だ!
「あ、待ってよ!」
「四葉さんっ!」
2人が慌ててついてくる。そして――
(あ……!?)
2人は私を挟むように並び、ぎゅっと手を握ってくる。
指と指を絡ませ合う――恋人繋ぎで。
「2人だけの内緒、ね?」
「2人だけの秘密、だよ」
右から、ちょっと大人びたお姉さんっぽい可愛らしい声が。
左から、ちょっと照れたような女の子っぽい凜とした声が。
ステレオで、私にしか聞こえない声で囁いてくる。
尊い百合の花に挟まれる雑草。
四葉のクローバーは希望や幸運の象徴だなんて言われるけれど、果たしてこれはそう片付けていいものなのだろうか。
そんな風に思いながら、私の身体は正直で、右と左、それぞれの手をぎゅっと握り返す。
人知れず、聖域は崩壊した。
跡形もなく、完膚なきまでに。
それを知っているのはきっと私だけ。
そして、その後に何が残るのか、何が生まれるのか……それは私にも分からない。
「四葉ちゃん」
「四葉さん」
またもや私にしか聞こえないくらい小さな、それでも確かに思いが伝わる甘い声で囁いてくる2人に、私は内心バレないかとヒヤヒヤしつつ、必死に笑顔を返すのだった。
面白いと思っていただけましたら、ぜひ下の☆で評価いただけると幸いです。
今後作品を書くモチベーションに繋がるので、何卒……!(土下座)
感想とかお気に入りユーザー登録とかしてもらえても、モチベーション上がります……!!(強欲)
<追記>
あとがきで続編書きました。主人公・間四葉とその家族の話です。
百合の間に挟まってしまった女 ~家庭向け増量版~
https://ncode.syosetu.com/n2282gu/