お疲れさんの夜会(4)
「……ラ、レイラってば!」
「う、ん?」
ケイトに肩を叩かれるまで、私はぼーっとしていたようだ。ははは、我ながらどうしようもないことばかり考えてるな、今日は。
「ちょっとレイラ、どうしたの?ここでそんなにぼーっとするなんて。珍しいわね。」
たしかに、普段ならこうはならない。人前では、それなりに猫をかぶって生活しているから。しかも、今日はいつもの2倍くらいの目がこちらを捉えていると言うのに。
「視線が多いから、知らないうちに疲れたのかもしれないわね。少し、あそこで座りましょう。」
「うん、そうなのかも。ありがとう。」
そうして椅子に向かって歩いていれば、いつものお方が前方からこちらへやってくる。
私たちの周りは、主に私のせいで女子が寄ってこないから、すぐに分かる。
ああ、エリザベスさん。今日はケイトに燃やされて可哀想だったな、ほんとに。いい気味だ、なんて思えないくらいに燃やされてたからな。いつも迷惑してる私が思うレベルだから、相当だよ。
それに、迷惑してる、と言っても可愛いものだしね。今だって、これだけ避けられてる私の元へ、まっすぐにやって来るから。
ほんと、あなたはどこまでもまっすぐで可愛い、素直な人。
「ごきげんよう、ケイトリンさん、サラさん、レイラさん。」
「「「ごきげんよう。」」」
相変わらず息ぴったりだなぁ、エリザベスさんのお友達方。感心しちゃう。
「エリザベスさん、皆さん、ごきげんよう。」
「ごきげんよう。良い夜ですわね。」
私とサラは無難な返しをした。
しかし。
「ふふ、ごきげんよう。1試合目、火力の調節を間違えちゃって、ごめんなさい??」
ちょ、ケイトぉ!!いきなりケンカ売らないで!!
案の定、赤くなるエリザベスさん。
「こ、今回だけですわ!!予想さえできていれば私だって!!次は、次は私が勝ちます!!」
エリザベスさん、赤く、涙目になりながらそんなこと言っても、可愛いだけだよ……
あなたはまず、自分の可愛さについて学ぶべきだな。ほら、こっち見てたあそこらへんの人、絶対エリザベスさんに惚れたって。
普段強気のエリザベスさんが弱ってる所見せちゃったら、ギャップでやられるよなぁ。うん、わかるわかる。だってエリザベスさん、かわいいもん。しかも綺麗だし。
「っ!!!」
「っふ、ふふ、あはは!!」
「ん??エリザベスさん、顔赤いですよ??熱でも出ましたか??それからケイト??急に笑い出すとか、怖いよ??え??どうしちゃったの??」
「っふ、ふふ、ちょっとレイラ、考えてること、漏れてるわよ、ふ、ふふ、」
「え、サラ??」
「ふふふ、ほんとよほんと、エリザベスさんがどうかわいいのか、よく分かったわよ。」
「え"、まさか、声に出てたの!??」
まじかよ!!
「ええ、出てたわよ。ふふ、あぁ、可笑しい、ふふふ、あはは、」
そんなことを言ってくるケイトは、目尻を軽く拭っている。
ちょっと待ってくれや!!今日の私、自制が効いてないみたいだよ!??ねぇ、私!!なんで今日、そんな調子悪いの!??主に脳の働き方について!!ホルモンなの!??ホルモンがいけないの!??
ちらっと前を伺ってみれば、可愛く真っ赤になったエリザベスさんと、そのエリザベスさんを見て少し驚いた様子のお友達方。
「……ええと、その、………」
じーっとこちらを見てくるエリザベスさん。
うーん、涙目で見つめられてもなぁ。とても可愛いだけなんだよなぁ。いつも上から目線な分、可愛さが3割り増しくらいになってる気がするし。
「……ん"んっ、……今言ったことはすべて本心でして……その、エリザベスさんは、とっても綺麗で美しくて、まっすぐ素直で、かわいい人です。いつも気を張ってツンツンした態度をしていますけど、そこまで気を張らなくても、あなたなら大丈夫です。もっと周りを、ご友人を頼ってみてください。あなたは、たくさんの人に好かれている。」
ほら、今、あなたのそばにいる3人とか。
それ以外もたくさん。あなたと言う人は、いつもまっすぐ、私のところにやって来るから。ふふ、お兄様経由で色々、ね。
「っ!あ、あなたに、そんなこと言われなくたって!!」
その時。ばしゃっ、と。
私の頭に、水が降ってきた。幸い(?)グラスは飛んでこなかった。でもまぁ、結果、私の頭はびちょぬれである。エリザベスさんも、若干濡れてしまったようだ。
それにしても、この水、おかしい。水だけど水じゃない。
水がぶっ飛んできた方向を見ると、そこには倒れたエミリアさんが…
そして近くには、私のことをじーっと見てくる妖精たちがいた。あの、意味不明な小さい羽付き動物たちである。
あぁ、久しぶりに目に入れたかもしれない。
そんな、よく分からない奴らのポジションが、どう見てもおかしい。
2つはエミリアさんの右足に抱きつき、もう1つは左足に、最後の1つはエミリアさんが握っているグラスにくっついている。
もしかしてあなたたち、エミリアさんをわざと転ばせたのか??へぇ、いい度胸してる。
「あ、あなた、か、髪が、!!」
エリザベスさんにそう言われる。私の方を見ている人たちは、みんな驚愕しているようだ。
その驚愕の輪は、どんどん広がってゆく。
「レイラ、」
遠くにいたはずのこの人は、いつの間にやらすぐ側に。私はその人の表情を見て、息を呑む。
「…ギルバート様。私は大丈夫。大丈夫だからそんな顔、しないで?」
お願いだから。あなたが傷つかないで。
「っ、レイラ、でも、俺、守るって、」
「十分守られてますよ、私は。」
だって、すぐに来てくれた。
「ごめん、レイラ。」
「ごめんね、」
「ううん、謝らないで、ケイト、サラ。すべて、あそこにいる、エミリアさんにくっついている奴らのせいだから。」
私は自然と笑顔になる。
「「ひっ!」」
あらま、可愛い悲鳴。
「ケイト、サラ、大丈夫。2人には全く怒ってないし、エミリアさんにも怒ってない。ただ、あの妖精たち、許さない。ふふ、」
私はちょうどそこに置いてあった銀の盆で、一応自分の姿を確認した。すると、私の髪の毛は金と黒のまだらになっていた。ちょっとこれ、だいぶおかしいわ………
「………あぁ、やっぱり。ばれちゃった。」
そう言いつつ魔法を解き、私はふわふわと飛んできた4匹の妖精たちと向き合う。
「ふふ、魔法に介入してきたの、お前たち妖精だよなぁ??せっかく素敵なドレスにこの簪をさしていたのにさぁ。」
そう言いながら私は簪を外し、ぐっしょり濡れた前髪を掻き上げる。
「しかも、エミリアさんをわざと転ばせたんだろ??私だけじゃなくて、エリザベスさんにも少しかかってるし。お前たち、やっていいことと、わるいこ、っ!!」
あぁ、こんな時に。ダメだ、悪寒がする。間違いなく、何か、良くないものが来る。
「レイラ、どうしたの?」
「あ、ギルバート、様、何か、良くないものが、ここに来る、の。………多分、まも、の、」
あぁ、寒い、寒くて仕方がない。
「レイラ、どこから来る?」
「あ"ぁぁ、いっ、!!」
「!レイラ!!」
『ちが、う、ちがう、来るの、は、カオス、混沌、感情の渦巻くもの、』
どうしよう、頭が、割れそうなくらい痛い。
『あぁ、ダメ、来ないで、こっちに来たら、ダメなの。やめ、て、カオスが、混沌が、…世界が、崩れ、る、』
私の意識は、そこで途切れた。




