はじまり(3)
そのままカーテンをシャーっと開けて入ってきたのは、シャキシャキ快活そうな、白衣を着たお姉さんだった。多分、保健室の先生だろう。やたらスタイルがボンキュッボンな美人さんだな……
「起きたのね。大丈夫??突然倒れたそうだけど。」
お姉さんは、金髪になった私を見ても少しも驚かない。見られていないはずはないんだけど……
「すみません、休んだら元気になりました。多分、貧血だと思います。」
前世の記憶が…とか言えない。言ったら、普通に病院に行くことを勧められるわ。
「そう。え〜っと、スピネットさん??」
お姉さんは、ベット脇にある椅子に座った。そして私のこと(健康関係)について書かれているだろう資料を見ながら聞いてきたので、頷いておく。
「スピネットさんは、よく貧血になるの??」
私は貧血などで倒れたことのない、超絶健康優良児です。大きくなってからは風邪も引いてません。すみません、貧血とかならないです……と心の中で謝っておく。
「今度倒れそうになったら倒れる前に座るのよ。はい、ちょっと腕出して。」
私は頷きながら腕を差し出す。
「今回はフォーサイスくんが倒れる前に支えてくれたから良かったけど…」
「……ん?」
なんか、先生変なこと、言わなかったか??
「はい、もういいわよ。」
とりあえず解放された腕を戻し、膝の上で手を組む。
「先生、あの、私、倒れる前に支えられたんですか??あのフォーサイス様に??」
「ええ、そうよ。ここまで運んでくれたのもフォーサイスくんよ。」
え??支えた??倒れる前に??そこまで近くにいなかったよね??1.5メートルくらい距離あったよね??え、やっぱり超人なの??
しかも、あの無表情な人が、私を支えてくれた??人間辞めてますってくらい表情が動かないことで有名な、高魔力保持者のフォーサイス様が??え??まじですか??
側近のどなたかだろう、とは思っていたけど、予想外の人だったわ……
「……あの氷のフォーサイス様に、私、支えてもらったんですか。しかも運んでくださったのですか……あの、私をここまで運んでくださったもうお一方は、どなたでしょう??」
「あら??ふふふ。あなた、常識人なのねぇ。」
「え?あの、何がですか??」
「あなた、担架で運ばれてきたと思っているのでしょう??」
「そ、そうですが……」
「普通のお嬢様たちは、なぜか担架の存在を知らないのよ。」
え、この世界のお嬢様って、担架知らないの??私が知ってるのは、田舎の領地育ちだからなの??
「普通、倒れた人は担架で運ぶと思うのですが……人を運ぶなんて、その、重労働で大変ですし……」
「そうねぇ、普通はそう思うわよねぇ。」
「……あの、それで、私を運んでくださったもうお一方はどなたなのでしょう??」
「ふふ、それがねぇ、あなた、担架で運ばれてきてないわよ??」
「え??」
「あなたのことは、ギルがお姫様抱っこして連れてきたわ♡」
お姉さんはウインクしながらそんなことを言ってきた。
「え???」
なんか、恐ろしい言葉が聞こえたような……しかも、フォーサイス様のこと、ギルって言わなかったか??
「お姫様抱っこよ〜♡」
「は??」
まさか、それが本当なら……
乙女の夢が、気を失ってる間に叶っちゃってるじゃないか!!
まって、気絶してる私、やばい顔していたんじゃ……
あぁ、精神に多大なダメージが……恥ずかしいやら申し訳ないやら嬉しいやらで、顔が熱くなったり涼しくなったり、大変なことになってる気がします……
「びっくりしちゃったわ、あの子が女の子をお姫様抱っこで運んでくるなんて。」
いや、私の方がびっくりです。そしてびっくりついでに私の精神を抉らないで……
それにお姉さん、あなた一体、何者なんですか……氷のフォーサイス様をあの子呼ばわりとか……
「そういえばあなた、黒髪よね??なんで隠しているのかしら??」
「!!」
言及するつもりないんだと思ってたのに…唐突にきた。うう、くだらない理由でそんなことするな、って言われるかな……
原則、学園内での魔法は禁止されてるんだよね。安全のために。髪色くらいなら、見逃してくれるかな??
「別に取って食ったりしないわ。話したくないなら話さなくても大丈夫よ。秘密にしたいなら、生徒の秘密はきちんと守るから、安心してくれていいわよ〜。」
お姉さんの目、真剣だ。それに、怒るつもりはないらしい。それを聞いてちょっとほっとした。それに、このお姉さんなら、きっと秘密を守ってくれるだろう。
出会って数分なのに何言ってるんだって思うかもしれないけど、昔からこういう勘はあたるんだよね。私的に、別にそこまでして隠したいわけでもないしなぁ。ただ、私が惨めになるから隠してるだけだし。私が秘密を言わずにいられる気もしない。怒られるわけじゃないみたいだし……
うん、話すか。
「……あの、ですね。私、黒髪なんですけど、高魔力保持者じゃないんです。」
「あら??そうなの??国に搾取されたくなくて黙っているのではなくて??」
そんなこと思いつかなかった!!
「いえ!!それは、全く違います!!その、本当に高魔力保持者じゃないんです。私の魔力量は平均値くらいです…」
最後の方は声がすぼんでしまった。
「あらまあ。とっても珍しいわねぇ。あなた、純粋な黒髪よね??それなのに高魔力保持者ではない、なんて。本当に珍しいわ。そういえば、瞳の色も黒で珍しいわね。」
ふぅ、よかった、信じてもらえた……
「はい、そうなんです。それで、別にどうしても隠さなければならない、という訳ではないのですが、別の色の方が説明とかしなくて良くて、楽なので……」
「確かにそうねぇ。それにしても、黒髪で高魔力保持者ではない、か。それに加えて黒の瞳、ねぇ……」
こんなにすんなり納得してもらえたこと、初めてだ。
お姉さん、顎に手を当てて思案顔をしているけど、やっぱり何か思うことでもあるのだろうか。
「あの、お姉さん、できればこのことは秘密に……」
「ふふっ。ええ、わかったわ。」
あ、さっきと同じ顔に戻った。
「ありがとうございます。」
「それにしても、あなたのその特性は本当に珍しいわ。王宮の魔導士たちに知られると解剖される恐れがあるわ。」
「え、困るのですが…」
いや、困る前にやだわ。
まさか、お姉さんが今考えてたのって、そのこと??私、解剖されたく無いです。とっても嫌です。でも、中身を見てみたくなる気持ちは分かります。私も気になります。解剖されたくないけど。するなら魚とかにしてくれ。イカさん美味しいよ。私は美味しくないよ。タコさんでもいいよ。
「とりあえずその黒髪、しっかり隠しておいた方が良いわ。」
「…そう、ですね。頑張って隠します。」
「もしも隠しきれなかったら、私に言いなさい。あの子も使ってなんとかしてあげるから。あ、そういえばまだ名前を言ってなかったわね。私の名前はシンディ・オルティスよ。よろしくね♡」
「シンディ・オルティス、さ、ま?!??」
待って、その名前って、現国王の双子の妹様のお名前じゃ、……
「様、なんてつけなくて良いわよ。シンディー先生、とでも呼んでちょうだい。わかった??」
「……あの、本当によろしいのですか??殿下。」
「いいのいいの、私はここの教師だからね。」
そう言って綺麗なウインクをしたシンディ様の髪の色は、濃紺になっていた。濃紺の髪は、王族にしか現れない。
「!!」
「ふふ、あなたが見せてくれたから、私も見せておこうと思ってね。私が王の妹だってことは、秘密よ??ここでは、ただのシンディーでやってるから。もちろん、知ってる人は知ってるけどね。」
そう言うと、シンディ様は髪の毛を元の金髪に戻した。
「そ、そうなん、です、ね……」
シンディー先生、あの、情報量が多すぎて、私の頭はパニックです……ついでに血が引いたり戻ってきたりして大変です……
「さあ、もう検診は終わったから帰って大丈夫よ〜。あ、先生たちには連絡がいってるから、そっちも安心してくれていいわよ。荷物もお友達が持ってきてくれたしね。気をつけて帰るのよ〜。」
私が青くなったり口が閉まらなくなったりしているうちに、あっという間に保健室の外に追い出されていたのだった。
レイラ・スピネット(14歳)
主人公の女の子。スピネット伯爵家の娘。とても珍しい黒髪黒眼をしている。
シンディ・オルティス(39歳)
現国王の双子の妹。濃紺の髪に翡翠の瞳。見た目は20代の美しい人。