学園食堂にて(ベネットside)
王太子様視点です。
今日は、久しぶりに学園の食堂の方に来た。理由??それはもちろん、いとこであり、側近であり、幼なじみでもあるギルバートのお気に入りの子がどんな子なのか、見るためだ。
アリスにもお願いされたしな。俺たち2人をいつも助けてくれる、大切な幼なじみなんだ。良い女性でないと困る。
ギルバート、ずっとその子のことを気にしてるみたいだったしな。あいつがあんな状態になったのは初めてだ。
叔母から、その子は黒髪黒眼をしているけれど聖女ではない、と聞いている。だから、王家の庇護下に入ることは無い、と。
聖女が現れたら、この国のために、魔物の殲滅に協力してもらわなければならない。だから王家の庇護下に入れるのだが、正直、彼女が聖女でなくて良かった。もしそうだったら、アリスと結婚できなかったかもしれないからな。まあ、そうだとしても、なんとかする心づもりはあったが。
それにしても、ギルバートがあそこまで気にする女性、かぁ。俺はずっとアリス一筋だけど、ギルバートにはそんな女性現れたことなかったからなぁ。一体、どんな女性が、あいつを射止めたのだろう。
そうだな、ギルバートが気にする女性なんだ。少しぐらい試したって問題ないよな??
俺はギルバートにわざと仕事を任せ、先にオリヴァー、ディランと食堂に向かった。それから、金髪に黒眼の女性を探す。
前情報によると、通常、いとこのケイトリン嬢、友人のサラ嬢と一緒に、庭園が見える窓のそばのテーブルで、昼食を取っているらしい。
ここの食堂、貴族で使っている人はほとんどが男爵位の者なのだが、彼女たちは毎日ここで食べているらしい。
伯爵家のご令嬢に、辺境伯家のご令嬢、そして子爵家のご令嬢がここで食べているというのは、些か不思議だ。
食堂の、前情報と同じ場所を見ると、3人の綺麗な女性たちが見えた。しかも、3人ともご令嬢らしからぬ物を食べていた。焼きそばに、親子丼に、ハンバーガーだ。なんだこの3人。仕草等がとても綺麗なのに、食べている物が、貴族が普段食べる物ではない。それなのに、食べ慣れている様に見える。
そして、周りの席も前情報通り、ぽっかりと空いていた。平民や男爵位の者たちは彼女らに難癖付けられることを恐れているのか。もしくは関わりたくないのか、ぱっと見変なご令嬢たちだもんな。
私たちは話していた通り、彼女たちの横のテーブルに座る。すると、金髪に黒眼の女性が固まった。それから、こちらをそろりそろり、といった感じに見て、その後自分の隣にいる、ケイトリン嬢に視線を移した。そしてそのまま動かなくなった。
どうやら、俺たちが見ているのが自分では無いと思ったらしい。へぇ、珍しいタイプだな。普通、俺たちに見られている、と勘違いした奴らは、真っ先に顔を赤くしたりするものなのだがな。今回はがっつり彼女を見ているのに、面白いな。
俺は、彼女の視線の動きにならって、他の2人に視線を移した。すると、彼女らは何やら、にやにやとした視線を彼女に向けている。
なんだ、この3人、面白そうなやつらだな。まったくこちらに媚びを売ってこない。そして、見惚れている訳でもない。ディランは次期宰相候補筆頭の公爵家嫡男、オリヴァーは次期騎士団長筆頭の侯爵家嫡男であるというのに。俺はアリスがいるから別だが、この2人に目も暮れていない。
彼女らは伯爵位、子爵位のご令嬢だ。こいつらを狙うその位のご令嬢たちは、ままいるのだがな。
特にオリヴァーは女好きの噂が流れているから、自分も、となってもおかしくないのだが。
とりあえず、予定通りに仕掛けてみるか。俺はオリヴァーに視線を送った。
オリヴァーは立ち上がり、反対方向を向いている彼女に声をかける。
「やあ、こんにちは。君がレイラ嬢かい??」
すると彼女は、錆びたおもちゃの様にオリヴァーの方を向いた。
彼女の口は、焼きそばで埋まってしまっている様で、もぐもぐしている口を手で塞いだ格好のまま、オリヴァーの顔を見て頷いた。
それから彼女は前を向き、懸命に焼きそばを咀嚼し、飲み込み、お箸を置いた。
普通なら、ここでまだ隣に立っているオリヴァーに声をかけるだろう。しかし、彼女は違った。
ちらっと目だけで横を見て、あれ??まだいるの??という顔をしたかと思ったら、それから両手でコップを持ち、お茶をぐいっと飲んだ。
くくっ、こんな奴初めて見たぞ。
もう一度、隣に立っているオリヴァーに視線を移し、心底不思議そうな顔をする。それから、ようやっとオリヴァーに対して声を発した。
「……あの、メトカーフ様??何か御用がお有りでしょうか??」
はははっ、このオリヴァーがここまで放置されているのは初めて見たぞ。しかも、用があって声をかけられたと本気で思っていそうだ。大体の女性がオリヴァーを見るとぽーっとして、声をかけられたことを喜ぶというのにな。ふふ、ああ、面白いな。想像以上だ。
オリヴァーは、とりあえず十八番の動作をすることにした様で、彼女の手をするっと取り、手の甲に口付けの真似事をした。
「レイラ嬢、お食事中のところすみませんね。ふふ、可愛らしい人がいたので、声をかけたまでですよ。」
そう言われた時の彼女の顔と言ったら……
ふふ、ははは、彼女、一瞬真顔になったんだ。その後、最高級の営業スマイル。そして、なんと言うかと思ったら、無言で頷いたんだ。『それはどうも、ありがとうございます』っていう感じで。
こんなの、面白すぎるだろう。ああ、腹が痛い。隣を見ると、ディランの肩も震えていた。
オリヴァーは、何を思ったのか、彼女の手を離さなかった。いや、離せないのかもしれないな。こんな女性、オリヴァーにとってもはじめてだろう。
そうしてオリヴァーが手を離さないでいると、彼女はそうっと隣に視線を移し、前に座っている友人に視線を移し、友人らの視線の先を追った。
俺も彼女に習って視線を移してみた。すると、どうだったと思う??
彼女の友人2人が、とても良い笑顔でオリヴァーのことを見ていたんだ。あの顔は、乳母や、母上の顔に似ている。俺が何かやらかした時、もしくはやらかそうとしているのが見つかった時、あの顔の乳母や、母上に怒られた。あれは、中々堪える。
そう、つまり彼女らは、笑顔でオリヴァーに見惚れているんではない。笑顔で、この子に手を出したら容赦しない、と圧をかけているのだ。
なんなんだ、この3人は面白いな。本当に腹が痛い、くくく。
この状況を作り出してしまった彼女は何を思ったのか、難しい顔をして、何か考えている様だ。ただ単に、オリヴァーの手を払いのければ良いだけなのにな。一体何を考えているんだか。
そして、彼女がまた、ようやっと口を開き、何か言葉を発しようとしたその時、ようやく側に来たギルバートがオリヴァーの手をはたき落とした。
それだけでも俺は驚いたのだが、そのままギルバートは彼女の手を握り、開口一番こう言った。
「レイラ、オリヴァーの手ははたき落としても問題ない。」
「え?あの、ギルバート様、いくらなんでもそれは、その……」
へぇ、この子がお気に入りなのは間違い無さそうだな。それに、ギルバート様、と呼んでいるのか。しかも、ギルバートがいつもより饒舌だ。そして彼女だが、突然現れたギルバートに驚いている様だな。
「大丈夫だ、問題ない。」
「あの、……メトカーフ様にとって問題がなくてもですね、私にとって問題が発生しそうと言いますか、メトカーフ様に憧れている人にとって問題があると言いますか、……その、メトカーフ様以外の人から苦情が来そうと言いますか……」
ギルバートに問題ない、と言われた彼女のこの答え。
「っは、ははっ、もうダメだ、」
なるほど、オリヴァーのことを慕っている者たちのことをずっと気にしていたのか。それにしても、この女性は面白い。
「なるほどな、はははっ、これはたしかに面白い。」
俺はお腹を抱えて笑い、ディラン、オリヴァーも声を上げて笑う。彼女の友人2人も、さすがだな、といった風に笑っている。
ただ1人、彼女だけは心底不思議そうな顔をし、心外だ、と言う顔をした。かと思ったら、
「っふは、」
なんと、彼女の手を取ったままのギルバートまで笑った。俺はディラン、オリヴァーと目を合わせる。
ああ、これは、彼女に是非ギルバートを支えてほしい。これほど貴重な人材はいないな。
なぜなら、この女性がいれば、ギルバートが笑えるのだから。
「ギルバートが気に入るのも分かるな。」
俺がそうオリヴァーに言えば、
「ええ、そうですね。」
と賛成した。
「……」
ギルバートはそんな俺たちのことを無言、無表情で睨んでいたが、『お前を笑顔にしてくれる、お前にとって大切な女性なんだろう??』と目線で問いかければ、視線を逸らした。
これは、早速アリスに報告しなければならないな。ああ、良かった。ギルバートを笑顔にしてくれる女性が現れて。
「レイラ嬢、さっきはごめんね??」
「いえ、別に大丈夫、です??」
とりあえずオリヴァーが彼女に謝ったら、疑問系の大丈夫を返されていた。くく、いちいち面白いな。
だが、俺はここまで見ていて、1つ、心配事ができた。
なあ、彼女、本当に伯爵家の娘だよな??
あまりにも表情、動きに心が現れていて、この先大丈夫か心配になったことは、俺だけの秘密にしておこう。




