「オタクにやさしいギャルなんているわけないじゃん」学校いちの美少女ギャルのキャルルさんは、僕の部屋でコスプレしながらそう言った。
ボクが教室の片隅で、パンを片手にスマホを眺めていると、金色の巻き毛が降りてきた。
「なーに見てんのオタ君」
顔をあげると間近に、長い睫毛にギャルメイクの顔があって、ボクは思わずのけぞりそうになる。
「きゃ、キャルルさんっ!? べべっ、別に……!」
キャルル・オクタスキーさん。
日本人とロシア人のハーフで、金髪で青い瞳なのに、小さい鼻とおちょぼ口という、日露の美少女のいいとこどりのような美少女。
スタイル抜群で背が高く、スポーツ万能でユーモアのセンスもある。
男女ともにダントツの人気があって、クラスどころか学園、近隣の学校でも彼女を知らぬ者はいないという。
スクールカーストの頂点どころか、建ち並ぶピラミッドの上空で輝く太陽のような女の子。
当然、そのピラミッドの最下層で押しつぶされているようなボクからすると、同じクラスでも雲の上のような存在なんだ。
ボクはキャルルさんに見られまいとスマホをしまおうとしたけど、それより早く奪い取られてしまった。
彼女のアイシャドウに彩られた瞳が、大きく見開かれる。
「うわぁ、これ、コスプレ衣装ってヤツぅ!? マジ卍っ! 超キモいんですけどーっ!」
そう。ボクはコスプレ衣装をマネキンに着せた写真を眺めていた。
キャルルさんはボクのスマホを、ギャル仲間のところに持っていく。
「みんな見てみて、これ、オタ君のスマホ!」
「うわぁ、ほとんど裸みたいじゃん! 何なのこのキモい服!?」
いまにも吐きそうなギャル仲間に向かって、キャルルさんは「これはねぇ」と続ける。
「この服は、『料理魔法少女トアイアングル・コーナー』のOVAに出てきたコスチュームで、主人公レミのライバルであるキャシーが最終キッチン奥義であるデュアルドーンを使って3段階変身したときのヤツっしょ! これでキャシーは正義の力に目覚めてレミの仲間になって、同じ小学校に通うようになるんだよね。ちょうどこのとき担当声優の岸田カオリが語学留学するからって、山本キラリに変わったんだよね!」
「ええっ? 魔法少女ってフツー小さい女の子が観るアニメだよね?
オタ君ってもしかしてロリコン? マジでヤバくない?」
「だよねー、男であのアニメ観てるのは間違いなくロリコンだよ。
しかも円盤が500枚も売れてない超爆死OVAなんだから、マジ終わってるっしょ!」
「うわぁ、キモいキモいキモいっ!」
ギャル軍団は汚物を見るような目をボクに向けてくる。
「あんま見ちゃダメだって! 見過ぎるとキモオタ菌が付いちゃうよ!
こんなキモいのほっといてさぁ、学食行こうよ!」
キャルルさんはポイとスマホを投げ返してきて、みんなと一緒に笑いながら去っていく。
「うぅっ……! く、くそぉぉぉぉっ……!」
あまりにも理不尽な屈辱。
ボクは昼休みが終わるまで、ひとり机に顔を埋めて悔しさを噛みしめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の放課後。
ボクが帰宅部の活動にいそしんでいると、自宅の近くの道端にキャルルさんがいた。
なにか道に迷っているようで、あちこち見回している。
また絡まれたら嫌だなと思い、別の道を行こうとしたら……。
「あっ、いたいたオタ君! って、なに逃げようとしてんの!?」
「べ……別に、逃げようとしたわけじゃ……」
「クラスの男子に聞いたんだけどさぁ、オタ君の家って、この近くっしょ? 」
「そ、そうだけど……」
「そっか、じゃあ今から家に行ったげる!」
キャルルさんはにぱっと笑い、さもそれが当然の流れのように言う。
「な、なんで!?」
「なんでって、なに言ってんの。
キャシーのデュアルドーンフォームの衣装、着るからに決まってんじゃん!」
「それこそなんで!?」
ボクはなにひとつわからないままだったけど、キャルルさんはボクの部屋にあがりこんでいた。
部屋のなかを、へぇーへぇー言いながら見回すキャルルさん。
「うわっ、デュアルドーンフォームだけじゃなくて、『トラコ』の全部の衣装があんじゃん!
うわぁ、デザインだけでボツになった、ギャラクティックスパイシーフォームまで!
これ、どーしたの!?」
「イベント限定で販売されてたんだよ……って、うわあっ!?」
キャルルさんがいきなり制服のリボンをゆるめ、ブラウスのボタンを外しはじめたので、ボクは飛び上がった。
キャルルさんは普段からブラウスのボタンの上のほうを外しているので、いきなり胸の谷間とブラの片鱗が見えてしまう。
ボクはあわてて後ろを向く。
「べつに見ててもいーのに」とキャルルさん。
「そういうわけにはいかないよ!」
衣擦れの音だけでも心臓がバクバクいってヤバいっていうのに、マトモに見たら大変なことになる。
しかも南国の花みたいな甘い香りが漂ってきて、ボクの頭はクラクラしてしまう。
しゅるりと身体から滑り落ちるブラウスの音。
パサリと足元に落ちた音は、膝上丈のスカートか。
ってことは今のキャルルさんは、下着姿……?
って、ボクはなにを想像してるんだ!
首をブンブン振って妄想を追い払った拍子に、部屋の窓ガラスが目に入る。
そこには、上下お揃いの黄色い下着姿でコスチュームを手にする、キャルルさんが……!
ボクはあわてて目を閉じた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから、キャルルさんのコスプレ撮影大会が始まった。
キャルルさんは肌も露わな衣装でキャシーのポーズをキメ、スマホでバシバシ自撮りをしている。
唖然としているボクに気付くと、カモンカモンと手招きした。
「ほらぁ、せっかく着てあげたんだからオタ君も撮るし!」
「い……いいの?」
「いーに決まってるじゃん! いままでマネキンにしか着せられなかったっんしょ!?
ほら、早く撮りなって!」
キャルルさんに急かされ、ボクは自前のスマホを構えた。
キャルルさんは手のひらで顔を隠し、ペロリと舌を出す。
「あ、顔はNGなんだ」
「だって顔が映ってたら、オカズにしちゃうっしょ?」
「し、しないよ、そんなこと」
「あっ、赤くなった赤くなった! もしかしてオタ君ってばドーテー君?
んじゃこれからは、オタ君じゃなくてドーテー君って呼ばせてもらうね!」
「そ、それだけはやめて!」
「あっはっはっはっはっ! オタ君ってばマジ卍! マジからかい甲斐があって、チョー楽しいんですけど!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結局、キャルルさんは部屋にあったコスプレ衣装を全部着てくれて、写真を撮らせてくれた。
これで終わりかなと思ったんだけど、そのままの格好で部屋でくつろぎ始めた。
本棚を見て「うわっ」と顔をしかめる。
「うわぁ、ここの棚全部、ギャルのマンガばっかりじゃん!
もしかしてオタ君ってロリコンなだけじゃなくて、ギャルコンでもあるの? マジきもいんですけど!」
「好きっていうか、その……」
「うわっ、『ボクの席の隣は、オタクにやさしいギャルでした』だって!
オタクにやさしいギャルなんて、いるわけないっつーの!」
コスプレ姿のまま四つん這いになって、本棚の漫画のタイトルに突っ込みを入れる、ギャルのキャルルさん。
それは、なんともいえないシュールな光景だった。
「うわぁ、しかも14巻まであんじゃん!
これって来週発売だよね!? マジでどうしたの!?」
キャルルさんは身体を起こすと、『オタクにやさしいギャル』の最新刊の表紙をボクに向ける。
その目はキラキラと輝いていた。
「それは……穴場の本屋さんがあって、そこだと前の週に新刊が並ぶんだよ」
「うわぁ、穴場って! 穴場って言ってるオタ君のドヤ顔、マジでキモいんですけど!
んでどこにあるの? その本屋!」
キャルルさんは、いちいちボクを罵る。
「うわぁ、このベッド、マジでドーテーの匂いがするんですけど!
クサっ! この枕、マジでドーテークサっ!
こんなとこに寝たら、ドーテー臭が付いて取れなくなりそう!」
などと言いながらベッドの上に寝そべり、枕にアゴを乗せた体勢で足をバタつかせるキャルルさん。
彼女は結局その状態のままで、部屋の漫画を夕方までずっと読んでいた。
コスプレ衣装は生地が少なく、水着なみの露出だったので、彼女がちょっと動くだけでパンツが見そうになる。
だからボクはずっと顔をそらしていた。
キャルルさんはそんな反応が面白いとか言って、わざわざボクの前に回り込んでくる。
前かがみになって胸の谷間を見せようとしたり、「チラッ」とか言いながらスカートをめくろうとした。
ボクはついカッとなって、「キャシーたんはそんなことしないよ!」と注意してしまった。
しまった、またキモがられる……! と思ったんだけど、キャルルさんは、
「そ、そっか……! そういえばキャシーたんって、恥ずかしがり屋だったよね……!」
と、晴天の霹靂のような顔をしていた。
それからのキャルルさんは、最大限キャシーたんを意識した恥じらいの真似をするようになる。
そのらしくない仕草に、ボクはつい口が滑ってしまった。
「なんか変」
「はぁ!? なんでオタ君にそんなこと言われなくちゃいけないの!? マジ卍!
超ムカつくんですけどぉ!?」
結局、キャルルさんは夜までウチにいて、晩ご飯までしっかり食べて帰った。
トップモデル並の美少女のキャルルさんに、両親は最初「外人さん……!?」と引いていた。
でもフレンドリーなギャルのペースに巻き込まれ、すぐに仲良くなっていた。
ボクの部屋のベッドにはキャルルさんの香りがすっかり染みついていて、寝るとまるでキャルルさんと添寝をしているような気分になった。
その日の夜、ボクは胸が高鳴って一睡もできなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日の教室。
ボクはヒマさえあればスマホを眺めていた。
昨日撮った、キャルルさんのコスプレ画像。
こうして写真として残っているのに、ぜんぜん現実感がない。
あれは、ボクが見た夢だったんじゃ……と思ってしまう。
だってボクには男子の友達も少なくて、女子の友達なんてひとりもいない。
もちろん部屋にはクラスメイトなんてひとりも来たことがない。
それなのに最初に来たのが学園いちのギャルだなんて、誰に話しても信じてもらえないだろうし、自分でも信じられないくらいだ。
「キャルルさん……」
ボクが教室の片隅で、ひとりつぶやいていると、金色の巻き毛が降りてきた。
「呼んだ?」
顔をあげると間近に、長い睫毛にギャルメイクの顔があって、ボクは思わずのけぞりそうになる。
何度見ても、このキレイすぎる顔は見慣れない。
「きゃ、キャルルさんっ!?」
「オタ君、なに見てたの?」
「な……なんでもないよ!」
キャルルさんのコスプレ写真を見てたなんて言えるわけがない。
ボクはスマホをしまおうとしたけど、またしても奪い取られてしまった。
彼女のアイシャドウに彩られた瞳が、デジャヴのように大きく見開かれる。
「うわぁ、これ、コスプレってヤツぅ!? マジ卍っ! 超キモいんですけどーっ!」
キャルルさんはなにを思ったのか、自分のコスプレが映ったスマホをギャル仲間にところに持って行った。
「うげーっ!?」とドン引きのギャル仲間たち。
「うわぁ、今度は中身付きじゃん!」
「こんな服着て恥ずかしくねーのかよ!」
「顔隠すなんて、風俗嬢みたいじゃね!」
「あれ? でもこの子、プロポーションめっちゃ良くない?」
「ホントだ、胸すっごく大きいのに、腰なんてこんなに細くて、脚もキレー」
「こんな子うちの学園にいたら、マジヤバいっしょ!」
「そうそう、これが顔が良かったらマジで崇拝されるレベルだよ!」
「もしかしてこの子、プロのモデルなんじゃね?」
「そーだよ、でなきゃオタ君がこんなすごい子のコスプレなんて撮れるわけねーし!」
「金払って写真撮るだけなんて、逆にキモくない!?」
するとキャルルさんは、わざとらしいほどの大声で叫んだ。
「そーそー! 部屋に呼んどいて写真撮るだけなんて、男としてマジ終わってるよねぇ!
マジキモいんですけどぉーーーーっ!!」
キャルルさんは責めるような視線とともに、ボクにスマホを投げ返してくる。
「うぅっ……! く、くそぉぉぉぉっ……!」
昨日に続き、あまりにも理不尽な屈辱。
もしかしてキャルルさんは2日連続でボクをからかうために、ボクの家に来たのか!?
キャルルさんはボクをからかうときに、妙に手の込んだ仕掛けをすることがあるし……!
ボクは歯噛みをしながらスマホを見やる。
気がつくと、ロック画面がキャルルさんのコスプレ写真になっていた。
あ、あれ?
たしかロック画面は、『トラコ』のキャシーたんの画像だったはずなのに……。
変だなと思いつつ、指紋認証でスマホのロックを解除すると、壁紙までキャルルさんのコスプレ写真になっていた。
わ……わかったぞ! これはキャルルさんのイタズラだ!
明日はたぶんこのネタで、ボクをからかうつもりに違いない!
そうはいくかと思い、ボクは壁紙を元に戻そうとした。
壁紙を変えるのにはパスワードがいるんだけど、パスワードはボクの誕生日に設定してある。
しかしそのパスワードを入力しても、『パスワードが違います』と出てしまい、いくら正しいはずのパスワードを入力しても受付けてくれない。
ま、まさかキャルルさんは、スマホのパスワードまで変えちゃったの!?
ど、どこまで彼女はボクをからかうのに熱心なんだ……!?
結局、新しいパスワードがわからなかったので、ボクはキャルルさんのコスプレ待ち受け画像のスマホを使うことになってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして放課後、みんなが帰り支度や部活をしているなか、キャルルさんは黒板に落書きしていた。
ボクは背後から声をかける。
「キャルルさん。落書するくらいなら黒板を消してよ、今日はボクらが掃除当番なんだから」
「え、掃除当番!? マジ卍っ!」
蝶がはばたくみたいに、アイシャドウの引かれた瞼をぱちぱちさせるキャルルさん。
黒板に、新たなる落書きを走り書きする。
それは本人的には『マジ卍』と書いたつもりなのだろうが、微妙に違っていた。
「キャルルさん、卍の描き方が違うよ。それじゃ、ハーケンクロイツだよ」
「え? ハーゲン○ッツ? オタ君なに言ってんの? 超ウケるんですけど!」
そこに、彼女の取り巻きのギャル軍団が通りかかる。
「キャルルぅ、カラオケ行かね?」
「あ、いくいくー!」
教壇からピョン、と飛び降りるキャルルさん。
「ダメだよキャルルさん、ボクらは掃除当番なんだから、行くなら掃除が終わってからに……」
ボクは掃除当番をサボろうとするキャルルさんを止めようとしたけど、ギャル軍団から「うぜぇ」「ばーか」「キモオタ」と遮られてしまう。
キャルルさんはボクにあっかんべーをしながら出て行ってしまった。
しょうがないので、ボクはひとりで掃除を開始する。
キャルルさんが落書きした黒板を消していると、背後に人の気配がした。
振り返ると、ぽつんとキャルルさんが立っていた。
「あれ? 忘れ物?」
「ううん、なんかカラオケって気分じゃないから戻ってきちゃった」
キャルルさんはコンビニの袋をぶら下げていた。
窓際の席に移動して、長い脚を組んで座る。
まるで自分の席のように振る舞ってるけど、そこは彼女の席じゃない。
「差し入れ持ってきてあげたから、オタ君も座んなよ」
「座んなよって、そこ、ボクの席なんだけど……」
「んじゃ、膝の上にでも座る?」
からかうような視線を受け流し、ボクはキャルルさんの隣の席に座る。
キャルルさんが投げてよこしたのは、ハーゲ○ダッツのアイスだった。
「なんでアイス?」
「さっきオタ君が言ってたじゃん、ハー○ンダッツって。食べたいんじゃなかったの?」
「いや、ボクはハーケンクロイツって言ったんだけど」
「まぁなんでもいいじゃん、せっかく買ってきてあげたんだから食べなよ」
「ありがとう」
ボクはいちおうお礼を言ってから、アイスのフタを開ける。
ストロベリー味だった。
「ハ○ゲンダッツといえば、やっぱストロベリーっしょ」
「ボクはバニラのほうが好きだけど」
「ええっ、男でバニラが好きなんて、マジキモいんですけど!
やっぱオタ君ってドーテー君っしょ!?」
「もう、やめてよ」
「あっ、ドーテー君、ハー○ンハート出てんじゃん!」
「ハーゲ○ハートってなに?」
「知らないの!? マジ卍! ○ーゲンダッツを開けたときにハートの形があったら、願い事が叶うって占いっしょ!
キレーなハート型だから、ドーテー君、もうじきドーテー卒業できちゃうんじゃない?」
「いや、願いごとが叶うにしても、童貞卒業はお願いしないかなぁ」
「ウソばっか! ドーテー君ってさぁ、どんな女の子がタイプなの?」
「えっ、それは……」
「いーじゃん、教えてよ! 誰にも言わないからさぁ!」
オレンジ色の光が、差し込む教室。
運動部のかけ声が、遠く鳴っている。
ボクはなぜか、学園一のギャルと掃除をサボって、ふたりっきりでアイスを食べていた。
このお話が連載化するようなことがあれば、こちらでも告知したいと思います。
それとは別に「面白い!」と思ったら、下にある☆☆☆☆☆からぜひ評価を!
「つまらない」の☆ひとつでもかまいません。
それらが今後のお話作りの参考に、また執筆の励みにもなりますので、どうかよろしくお願いいたします!