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48 先輩と僕を取り巻く情報を整理し、僕は願望に気づく

楽しんでいただければ嬉しいです。

 僕は部長がもたらした膨大な情報を頭の中で一つずつ整理していた。



 部長はエスパーではなく、千条院家の血族の一人であり人物を評価する天才だった。


 文化研究部とは諦めきれない何かを抱える人、もしくは挫折や懊悩を抱える人が入部条件とする部である。


 僕には諦めたくない何かや挫折、懊悩が自分の中にあるのかを見出す勇気を持っていない。


 冬姉は僕の告白を、正確には春日初の失踪をきっかけとして高校生活の1年間を棒に振った。


 冬姉は自分自身の対応が春日初を死に追いやったと考えている。


 姉様は僕の高校生活をサポートするために無理を押して生徒会長になった。


 部長は冬姉を文化研究部に勧誘し、観察し、応援し、最後には冬姉が救われることを願った。


 そして僕が入学し、冬姉と接触し、結果僕は傷つき、冬姉もまた傷ついた。


 部長は白状という言葉を使って、部長自身に僕と冬姉が傷ついたことに対する責任があると断じた。




 ここまで認識が追い付いて、僕が最初に思ったこと。


 皆ちょっと待って、である。


 僕と冬姉が問題の中心にいる。それは分かる。僕や冬姉のことを案じ、動いてくれた人がいる。それも分かった。


 その状況を俯瞰した結果として、痛恨の、と言ってもいい事実が浮かび上がる。


 僕も冬姉も、何もしていない。僕は男の娘になり、冬姉は趣味を追求した。それ以上でもそれ以下でもない。


 動いているのは周囲ばかりだ。僕たち二人は自分たちを取り巻いて周囲が大騒ぎしているという自覚もないまま置いてけぼりにされてきたように見える。


 僕は苛立ちとも喪失感ともつかない、奇妙な感情の中にいる。


 何に憤り、何に虚しさを覚えているのか、その問いの答えがどうしても気になった。


 自分が無力だからとか、巡りあわせが悪かったとか、周囲の人にも動かざるを得ない事情があったのだとか、様々な候補を思い浮かべては、どれもしっくりと来なくて棄却する。


 「……ただ、そんな私にもたった一つ、願いが残っている」


 そんな僕を思考の海から釣り上げるように、部長が唐突に言った。彼女の表情が躊躇いを押してでも表明しなければならない何かがあるのだと僕に訴えていた。


 「……願い、ですか?」


 「私は色浦冬子が救われない未来を変えたい。自分には出来ることと出来ないことがあるなどと甘ったれたことを言い訳にしたくはない。あらゆる手を尽くし、私のすべてをなげうってでも彼女を救いたい。自分に使い道があるというのであれば私はそのためにこそ自分を使いたい。そして、図々しい物言いであると分かっているが、それでも私は……千条院初、君の力を借りたい」


 ああ、そういう事か。と僕は気付いた。部長ってば冬姉の事好きすぎですね、ということではない。


 部長の言葉は僕にとって決定的に重要な一つの思いに気づかせた。先ほどまで頭の中で繰り広げていた堂々巡りにとどめを刺す、剣の一刺し。


 皆すっこんでろ、である。


 自覚してしまえば、それは笑ってしまうほど傲慢で、自己中心的だった。勝算を欠き、無謀の極みとさえいえた。


 僕はただ嫌だったのだ、僕と冬姉の問題が、僕らのあずかり知らない場所で、誰かの働きによって解決されてしまうのが。


 ……いや、この言い方は正確ではない、と僕はすぐに気づいた。僕の意図、その深奥を器用に避けていると思った。だから僕はさらけ出さなければならない、もっと生々しい、僕自身の願望を。




 ……冬姉を救うのは僕でありたい。その機会を横取りされるのも他人の力を借りるのも僕には我慢ならない。僕が、僕の手で、僕の力だけで、冬姉を救ってみせたい。




 僕は瞬きをするように、あるいは鼓動を打つように、自分ですら制御できない自然さで薄く笑みを(こぼ)していた。


 願いに気づいた僕の中には、凪いだ湖面のような静謐な感情が広がりつつあった。その感情はしかし不可解なことに、先ほどまで感じていた怒りも空虚も一緒くたに飲み込んで天へと立ち昇り激しく荒れ狂っている。


 この感情を何と呼べばいいのか僕には分からない。分かるのはただ、それが僕を蹴飛ばすように、引きずっていくように、たった一つの目的地へと連れ出してくれるのだろう、というあやふやな予感だけ。


 「部長、その頼みは聞けません」


 「……そうか」


 「ついでに言うのなら、部長は黙っていてください」


 「……千条院?」


 「これは僕と冬姉の問題です。部長にも、姉様にも、思い入れがあるんだってことは分かっています。それでも言わせてください」


 僕は、それが千条院の令嬢として決して口に出してはならない類の言動だと分かっていた。気品も貞淑さもあったものじゃない。乱暴で粗雑で一切の配慮をかなぐり捨てた言葉。


 それでも僕にためらいはなかった。部長を真正面から見据え、眉間に力を籠め、胸郭を広げ、発する低音の響きを稼いで、思いの丈を叩きつける。


 「……冬姉は僕が救う。誰にも邪魔はさせない」


 部長は僕をまじまじと見つめていた。もとよりこの人は下手な脅しが効くようタイプではないと分かっていた。それを分かった上で僕は部長から視線を逸らすことなく、彼女が何らかの反応を示すその瞬間を待っていた。


 やがて根負けしたように部長は視線を切って、何かに納得したような、驚いているような、そんな表情で天井を仰ぎ長い前髪を掻き上げた。


 僕は意地になって部長に視線を向け続けていた。一方で、初めて見る先輩の素顔が僕の予想をはるかに超えて美しく整っていたことに微かに驚いてもいた。


 「……なるほどな。正直、こうも見事に人を見誤ることになるとは思わなかった。生まれて初めてかも知れない」


 「どういう意味ですか?」


 「千条院初ではない、春日初という少年は色浦冬子を救うに足る人物だ、ということだよ。全く、想像以上の傑物だ。千条院の老害共が命を狙うのも分かるというものだよ」


 部長は僕を興味深そうに見つめている。これまで彼女が見せたような心の奥底まで丸裸にするような無遠慮なものではなく、高価な品を注意深く鑑定する商人のような貌で。


 僕はこの場にそぐわないことを少しだけ気にした。千条院の老害が僕の命を狙っているの? なんなのこの家?


 「元より私はこのことに対して無理を言える立場ではない。君の好きにするといい……それにしても、君のこの顔を引き出せたんだ。私の勇気とやらも存外捨てたものではないらしい」


 部長の言葉からは重苦しい硬さが抜けていた。それが部長の心の変化を反映しているのだと気付いたけれど、それでも僕は部長をにらみ続けていた。


 そして、それは唐突に中断させられた。続けて部長が発した言葉、その声音が、これまで聞いたことがない祈るような切実さを帯びていたから。


 「千条院、私は明日もこの部室で待っている。色浦冬子と千条院初が帰ってくることをだ。だから……彼女を頼む」


 これ以上彼女を威圧する必要もないと感じて僕は目を閉じ、深く息をつく。正直なところ、長く続いた重苦しく緊迫した空気に辟易してもいたのだ。


 僕は千条院の令嬢として、ほんの少しの悪戯な空気を纏わせて部長に答えた。


 「……分かりました。その代わり、もしも私が困った時は助けてくださいね?」


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