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32 対話の後で可哀想な言葉を検索する

楽しんでいただければ嬉しいです。

 放課後の生徒会室は静まり返っている。


 場を支配するのは身がすくむ程の緊張感である。


 人払いを済ませたその場所では僕と片桐が隣り合って座っている。


 姉様の指示で片桐は当面の間、可能な限り千条院初のそばに(はべ)ることになった。

 僕はどんな紛争地帯へ送り込まれると言うのだろう、過保護過ぎなのでは、と思っていたけれど、今となっては姉様の判断に深く納得している。


 長机を挟んだ僕たちの対面には五人の新入生が折り畳みのパイプ椅子に腰を下ろしている。


 正確に言えば、僕の真正面に陣取った異国の血を感じさせる華やかな容姿の美少女だけは、獰猛な気配を身に纏いつつ中腰になって、今にも襲い掛かってきそうな勢いでこちらを睨みつけている。

 残りの四人は困ったような表情を浮かべながらも静観している。


 いつぞやの横山先輩とその取り巻きの先輩方を思わせるような状況である。


 ……目には目を、猛獣には僕の舎弟を……ワンチャンあるかも……と考えつつも、先輩方の穏やかな時間を奪うわけにはいかないと思いなおして僕は口を開く。


 「はじめまして。会長との連絡役を務めます、千条院初です」


 「あんたが会長の妹? 随分かわいらしいお嬢さまじゃない。私は一条紗良、キラキラ部の部長よ」


 「よろしくお願いします」


 明確に僕を見くびった口調で、猛獣みたいな一条さんがキラキラ部の部長を名乗る。僕はじわじわとこみ上げてくるものを感じながら平静を装って一礼する。


 「あと、あんたから向かって左側から西本、安川、二宮、吾妻。これがうちの部の参加メンバーよ」


 一条さんから紹介されたメンバーが一人ずつこちらに会釈する。


 西本君は小柄で賢そうな、つまりはメガネの男子。安川君は精悍ながらも少しやつれた顔をした長身の男子。二宮さんはいまいちあか抜けない格好をして分厚い眼鏡を掛けた大人しそうな女の子。吾妻君は一見太っているが実際には筋肉がすごそうな平均身長の男子だった。

 外見だけで評価するのも何だけど、それなりに個性的な集団である。


 僕は話を始めることにする。


 「よろしくお願いします。それではまず、改めてお互いの主張を確認させてください。まず生徒会としてはキラキラ部に割り当てる部室を今すぐにはご用意できません。部としての活動は可能ですが、部室については空きが出るまでお待ちいただくことになります」


 「こちらの主張は一つ、あんたが文化研究部に所属したから部室の空きがなくなった、千条院のせいで私たちは部室を得られなくなった、そんな横暴は困る、一条家から正式に抗議させてもらう、以上よ」


 「文化研究部は部の存続要件を満たしています。たとえ新入部員に千条院の人間が含まれていようとなかろうとそれは関係のないことです」


 「関係ない? あんたがコスプレファッションショーまでして部員を集めていたのは知っているのよ? どう見ても千条院の私情が入っている、違うかしら?」


 「……あれは文化研究部の部長の指示です。私の意志では……」


 「そんな奴知らないわ。あんたが実際に何をしてきたかって話をしてるの」


 ここまで言葉を交わして僕は思った。

 とても面倒くさいことになりそうな予感がする。


 「……確かに一条さんのおっしゃるような行為はしました。それ自体は功を奏しませんでしたが、私の勧誘活動の結果、文化研究部が存続したことは事実です。ですがその行動は千条院家がどうではなく、私個人の行動の結果です。一条さんは仮に私が千条院の娘でなくとも同じことをおっしゃいますか?」


 「私たちは仮定の話には付き合わないですよ。要求は紗良ちゃんの言った通りです」


 僕と一条さんとのやり取りに、その見た目からは想像がつかないほどはっきりとした口調で口を挟んだのは二宮さんだった。


 「生徒会長を務めるお姉ちゃんが妹の入部した部から部室を取り上げることをやめた。それで私たちが困ってる。実際それだけですよね?」


 二宮さんがその野暮ったい外見からは予想もつかないほどの強い口調でそう言葉を続けると、その後異口同音に(かたく)なな主張が各人から僕に浴びせられた。


 この人たちは真剣にキラキラ部とかいう訳の分からない部の部室を得たいと考えている。文化研究部のようなよく分からない部がキラキラ部とかいうよく分からない部に取って代わられても誰も困らない。じゃあこの人たちのいう事を聞いてもいいのでは、と一瞬考えてやめる。


 文化研究部そのものはどうでもいいのだけれど、あの場所は今や僕と冬姉の唯一のつながりで、頭なでなでの栄光に浴した大切な場所なのだ。


 だからこそ僕はそれを失うわけにはいかない。話を進めなければならない。


 「……なるほど、おっしゃることは分かりました。平行線ですね。妥協はできませんか? 空き部室の優先予約権ならばご用意が……」


 「言っておくけど私たちは一歩も引かないわよ、親を巻き込んででも部室を手に入れてやるわ! 大体何あの会長、キラキラしすぎなのよ! それだけじゃなく妹のあんたまでキラキラしてるし、何なのもうっ、私もキラキラし」


 「ところで、一条さん」


 何だか僕と姉様を材料にして変なスイッチが入ってしまいそうだったので、僕は敢えて声のトーンを落とし音量を上げて無理やり言葉をかぶせた。


 「……何かしら?」


 「どうしてそんなにキラキラ部にこだわるのですか? それも、お話を聞く限り、今すぐ部室を手に入れる、ということにこだわりがあるのですよね?」


 「……そんなの決まってるわ。私の学園生活キラキラ計画が狂うからよ」


 無事話題転換には成功したけれど、一条さんの答えに僕はダメな既視感を感じた。


 ……何だろうこの人、急に春日初改造計画みたいなことを言い出した。一条さんは姉様と同類なの?


 言葉遣いも似ているけれど発想もそうだ。姉様が猛獣になり果てた姿を想像するとこうなるのでは、という、何ら嬉しさのない直感が働いた。


 けれどこの際細かい疑問は置いておくことにして、僕は話を進めていく。


 「その計画が狂うとどうなるのですか?」


 「シナリオが実現しなくなるわ」


 「シナリオですか?」


 「私は入学早々運動部を片っ端から荒らしまわって、その後全ての勧誘を振り切って他部の臨時助っ人を専門にする部活を作るの。そしていろんな部で活動する友達や男子とキラキラした学園生活を過ごす、それが私のシナリオよ」


 「……何だか漫画みたいな計画ですね……」


 僕の身もふたもない感想に、一瞬だけど一条さんが怒りの気配を緩めさせる。


 特に根拠はないけれど、それは動物が警戒を解く瞬間に少し似ていて、つまり僕は一条さんに何らかの形で認められたのかもしれない、と感じた。


 「話は以上でいいかしら? こちらも親を動かすためにやることがあるの」


 「……そうですね、出来ればお互い家を動かすのは避けるべきだと、思いはしますが」


 「賛同はしない。私は必ず部室を手に入れるわよ。ただ……そうね、最後にひとつだけヒントはあげてもいいかしら」


 「ヒント、ですか?」


 「『スポ×コイ☆キラキラデイズ』」


 「……?」


 「調べてみるといいわ。それじゃ、私たちは行くから。親を引っ張り出される前に話し合いたいなら早めに声を掛けることね」


 こうして謎の呪文を最後に残し、キラキラ部の面々は生徒会室を出ていった。


 生徒会室に残された僕と片桐はしばらく呆けた後、どちらからともなく口を開く。


 「片桐、ヒントの内容は覚えていますか?」


 「いや、悪い。最初から最後までずっと奴らを警戒してたからな。最初は暴力、途中は情念、最後は思想に対してだ。ここ最近で一番警戒したかも知れねえ」


 「そうですか。とりあえず、ヒントとやらを検索してみましょう。えと、確か……スポ根……キラキラ……頭……こんな可哀想な言葉を入力したの、私初めてです」


 「俺も聞いたことねえな……スポ根キラキラ頭、つかそれキラキラ部の部長をディスってねえか? で、結果はどうだった?」


 「ええと、検索……もしかして、『スポ×コイ☆キラキラデイズ』……少女漫画ですね」


 「買って帰るか」


 「そうですね」


 僕たちはその後、『スポ×コイ☆キラキラデイズ』全巻と掲載雑誌の最新号、および入手できる限り全ての雑誌のバックナンバーを購入して家に帰った。


面白い、と感じていただけたなら、

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