31 まだ悪役生徒会長を演じなければならない姉様の用心棒に改造される
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文化研究部が部室を明け渡さずに済んだということは、キラキラ部が部室を得られないということだった。
姉様がとても弱っている。何なら以前よりもその度合いは強い。
よくよく話を聞くと、今回の部室明け渡しの件には二つの家の事情が関わっているらしい。
世間の知名度では日本随一を誇る名門、一条家に連なる権力者の娘である新入生から姉様はいちゃもんを受けていた。千条院家の娘たちが学内の権力を私物化している。その事実に対し、親を通じて学園に正式に抗議する、と。
今回の問題の中心人物の名は一条紗良。一族の当主ではないが若くして財界を牛耳る剛腕の権力者、その一人娘である。
入学当初から体育系の女子部を荒らしまわっていた張本人でもある彼女は、どの部活からの誘いも袖にして新しい部活を作ることにした。その部活こそがあの忌まわしいキラキラ部である。
「分かってたのよ私……分かってたのに、一分持たずに泣かされそうになるなんて……しかも家の大人まで巻き込もうとしてるのよ……何なのあの新入生……」
朝の食卓でスプーンからポタージュを零しそうになりながら、姉様がつぶやく。
姉様はすでに一度対面しており、相当怖い目にあったらしい。よく吠えるチワワでも連れて来られたのだろうか、と僕はサラダのレタスを口に運びながら考える。
「しかも生徒会のメンバー、新入生の態度に見たことない位怒り狂うし、どうしたらいいのか分からないのよ……」
それは姉様への篤い信仰心が招いた悲劇ですね、と納得しながらスクランブルエッグをフォークですくう僕に姉様が言う。
「ねえ初……アンタこういうの得意よね?」
「得意かどうかは分かりませんが、姉様ほど苦にはしないですね」
「なら私と代わって、あいつらたちと話をしてきて! 私もう耐えられない……」
自信に満ちた生徒会長の面影を完全に失った姉様がすがるように僕を見ている。
文化研究部の一件で姉様をかばった際に余計な印象を与えたのかもしれない、と僕は考え、そして気づく。
……これはマズい。このままでは、囮役の男の娘から荒事専門の便利な用心棒に改造されてしまう。
僕よりも先に姉様を、せめてチワワに耐えられる程度の強さに改造すべきなのでは? と考える僕に姉様が純然たる弱音を吐く。
「ねえお願い! 私あんな『キラキラしたい』とか訳わからない言葉を仕込まれた猛獣みたいな人間とコミュニケーション取れる気がしないのよ……ういぃ……」
仮に一条紗良が姉様が言う通りの人物だとするなら、僕だってそんな名状しがたい存在とコミュニケーションなんて取りたくはない。
……取りたくはない、のだけれど、でも僕は姉様の囮なのだ。たとえ引き付ける対象が男子たちからの告白から謎の部活動の構成員に変わったとしても、やるしかないのだ。
僕は目の前に並べられた料理をきれいに平らげた後、口元をナプキンで拭って答えた。
「……分かりました。間を取り持つだけの、ただの連絡役でいいのなら引き受けます」
こうして僕は謎の猛獣みたいな新入生と接触することになった。
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