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3 二日連続二回目のハイ〇ースと実の母娘

楽しんでいただければ嬉しいです。

 目を覚ますと僕は自分の部屋にいた。当然だ、別の場所で眠り、目を覚ますはずがない。


 自分がハイ〇ースされる悪夢を見た気がするけれど、それはきっと気のせいに違いない。


 目をこすりながら確認したスマホの画面は、卒業式翌日の午前九時過ぎを示している。ということは、今日は在校生の修了式があるはず。

 そして僕はやっと、自分が盛大に遅刻しているのだと気付く。


 慌てて上体を起こすと、不思議なことに体の痛みが普段よりずっと和らいでいた。


 首をひねりながらシャツを脱いで自分の身体を見ると、湿布が張られ、清潔な包帯がその上に巻かれていた。一言でいえば丁寧に手当てされている。


 これが善意の送迎ってことか、確かに善意を感じる、けれどあれ、それってハイ〇ース、あれ……、と混乱する僕に声がかけられる。

 

 「おはよう、よく眠れたかしら……っ! あ、アンタ、何でシャツ脱いでんのよ!?」


 その慌てた声音に僕が振り向くと、目を両手で押さえ動揺しながらも、指の隙間からしっかり僕の姿を凝視(ぎょうし)している謎の女がいた。


 あれ、この人は夢の中でハイ〇ースの現場にいたバンギャ……。


 「あの、一つ聞いてもいいですか?」


 「……何かしら。あと早くシャツ着なさい」


 「僕、昨日ハイ〇ースされましたか?」


 「されたわね。正確には()()()()()だけど」


 「そうですか……」


 夢じゃなかったのだ。僕は死ぬ寸前で声を掛けられ、餌付けされ、話をして、ハイ〇ースされたのだ。


 ……というか、この人は何で他人の家に堂々と上がり込んでいるんだろう。


 ぐっすりと眠った結果として心の安定を取り戻した僕は、昨日の捨て鉢な口調に戻すべきか、素の口調のままで話すか少し迷った。


 シャツに袖を通しつつ検討した結果、僕は素の口調で行くことにした。どうせ自分は死ぬのだから、どうでもいいことを考えるのが面倒くさくなったのだ。


 「あの、昨日も結局聞けなかったんですけど、あなた誰ですか? 何でこの部屋に……」


 「私のことは後で説明するわ。それよりも今は先にやることがあるの」


 なんだろう、人の話を聞かない人だ。


 「何ですか?」


 「身辺整理よ」


 「しんぺん……せいり?」


 「今日からアンタ、私の家に住むことになったから。親御さんとも話はつけてあるわ。だからアンタは私の家に持って行くべきものを選びなさい」


 「へ、え? どういう事、何で……」


 「細かいことは後で話すわ……、皆入りなさい!」


 僕の話を聞かないまま変な女が誰かを呼ぶ。それに応えるように黒服サングラスの屈強な男たちがぞろぞろと入室してくる。


 「アンタのするべきことは二つ。ひとつ、黒服たちに私の家に何を持って行くのか指示すること。もう二度とここに戻ってこれないって前提で選びなさい。ふたつ、それが終わったら、リビングにいるアンタの両親とさっさと別れの挨拶(あいさつ)を済ませること。時間が惜しいわ。急ぎなさい!」


 変な女の有無を言わせぬ迫力に()まれて、僕は言われたとおりに持ち出すべきものを選別し、黒服の男たちに伝える。指示を理解した黒服たちは手際よく荷造りを始めた。


 そのまま僕は両親が待つというリビングへと向かう。


 「おはようございます。というか二人とも仕事はいいの?」


 そう言ってリビングに入ると、変な女の言葉どおりに両親がソファーに並んで座り僕を待っていた。

 僕の問いに両親は、どう話をすればいいか分からない、という様子で頭を()いたり考え込んだりしていた。


 「その、何かよく分からない人に別れの挨拶をしろって言われて、状況が分からないんだけど……」


 僕がそう言って両親たちの言葉を促すと、父さんがゆっくりと口を開いた。


 「結論から言えば、ゆい……あの子の言う通りにすれば間違いない。お前が聞いた通り、俺たちとは離れて暮らすことになる。詳しいことは後で話があるだろうが、お前の身の安全を守るためだ」


 「身の安全?」


 なんか急に話が物々しくなってきた。僕が聞き返すとお父さんは(うなず)いて、それから目に力を込めた。最も大事な言葉を僕に伝えようとするかのように。


 「そうだ。最後に一つだけアドバイスしておく。きっと向こうで会うだろうが、お前の……」


 「準備が完了したわ! さあ、早速私の家に向かうわよ!」


 一番大事なところで話を遮り、変な女が颯爽(さっそう)と現れた。

 続いて黒服が現れ、僕を羽交い絞めにしたまま力任せに引きずり始める。


 「なっ、ちょっと! ちょっと待って!」


 「待たないわ! お別れも済んだでしょう、次は私の家で挨拶よ!」


 「済んでないから! 少しは人の話を聞けって、離せっ、離せって……!」


 変な女は僕の話を全く聞かないまま、僕の母を見て、それから僕の父を少しだけ名残惜しそうに見つめてから(きびす)を返し、迷いのない足取りで玄関へと向かう。


 腕力で拘束された僕は精一杯抵抗するけれど実を結ぶことはなかった。


 「安心なさい、ハジメ。必要なものは全て梱包して積み込み済よ。迎えの車も用意してあるわ」


 「違う、そういう事じゃなくて、てか何で僕の名前知ってんだぁ! 答えろって……、っ!!」


 叫びながら黒服に引きずられ外へと連れ出された僕を、黒い箱型の車が待っていた。


 「……ハイ〇ースじゃねえか……」


 低い声で(うめ)いて、僕は考えることをやめた。そしてそのまま二日連続二回目のハイ〇ースに連れ込まれ、どこかへと運ばれることになった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 芸能人お宅訪問、という番組を見たことがあったから、この世には大きな屋敷が実在することを僕は知っていた。


 目的地に到着し、善意の送迎たるハイ〇ースから降りた僕が目にしたのは、かつて番組で見た邸宅の倍では効かないレベルの巨大な白い豪邸の姿だった。


 その玄関の前では漫画や小説、ゲームの中でしか見ないようなエプロンドレスと燕尾服(えんびふく)姿の使用人たちが整列し、僕たちの到着を待っていた。


 深々と頭を下げながら自殺志願者の男子中学生を出迎えるその姿は、まるで念入りで無遠慮なドッキリのように思える。


 「ここが私の家、そしてハジメの家でもあるわ。付いていらっしゃい」


 そう言って堂々と使用人たちの間を歩く変な女の後を、僕は上京したての若者のようによそ見をしつつ付いていく。


 ホテルのようなロビー。赤いじゅうたんの敷き詰められた階段や廊下。その合間合間に飾られた高価そうな美術品の数々。


 その全てを悪趣味な冗談のように感じながら通り過ぎていくと、目的の部屋にたどり着いた。


 「私は着替えてくるから、ハジメはノックして先に一人で入りなさい」


 そう言い残して変な女はどこかへと立ち去っていく。


 僕も部屋着だから着替えさせてほしい、着替える服もないけど、と思いながら、僕は言われた通りドアをノックする。


 「どうぞ」


 「……失礼します」


 僕が入室したのは応接間のようだった。


 廊下のそれより毛足の長いじゅうたんが敷き詰められた床の上に、いかにも高そうなテーブルとソファーが配置されている。部屋の隅には観葉植物があり、壁には額縁の絵画が掛けられていた。天井からはやけにキラキラとした照明が吊り下げられている。


 場違いというのも生ぬるい、ただの中学二年生である僕を一方的に威圧し恐縮させるのにおあつらえ向きの空間だ。


 そんな室内では一人の女性がソファーに座って、そしてまた執事服姿の壮年の男性が彼女の斜め後ろに控えながら、僕を待ちうけていた。


 女性の方は、本当の美人って芸能界とは関係ない場所にいるんだな、と思わせるような和服姿の妙齢の美人だった。


 ただ座っているだけなのに品の良さを感じられる、ただそこにいるだけで場を支配するような存在感がある。


 腰あたりまで伸びたつややかな黒髪や整った造作の美貌よりも、油断のない光を湛える涼し気な瞳がやけに印象に残る、そんな人だった。


 後ろに付き従う、執事服姿の男は物腰柔らかそうとは表現しづらかった。人を正確に評価し弱点を見極めようとするような眼差しは、戦争映画で見る軍人のそれに似ていると思った。


 「そちらに掛けてください」


 そう言われて、恐縮しながら僕は対面のソファーに腰かける。


 何だこれ、ふわっとしていながらもコシがあるというか。すごいいい椅子だ。それで僕は何をすればいいんだろう、こっちから何か話しかけなきゃいけないの、これ何の罰ゲーム?


 そんな風に思考を彷徨(さまよ)わせていると、ノックの音がしてドアが開かれた。


 そこには上質なブラウスとスカートを纏っただけの、けれど確実に人目を()くだろう、長い黒髪の美少女がいた。


 僕の前に座る女性の娘のよう、と形容すればそれが一番手っ取り早い。違うのはその大きな瞳にゆるぎない自信と意志の強さを感じさせる炎のような輝きが宿っているという事。


 このいかにも人の話を聞かなそうな雰囲気……まさか、と思う。


 「待たせたわね、ハジメ」


 黒髪の美少女から変な女の声がした。同一人物なのかという驚きと、あれは変装だったのかという発見と、着替え早すぎませんかという疑問とが同時に僕の脳裏に浮かぶ。


 彼女は迷うそぶりも見せずに黒髪の女性の隣にどかりと腰を下ろすと、このイメチェンどうよ、とでも言いたげなドヤ顔で僕を見た。


 僕は(だま)されたような気分で目を少しだけ細めて変な女を見返す。


 さらに続いて変な女と同じくらいの年齢と思われる表情に乏しい銀髪のメイドさんと、この空間には場違いにも思える学生服姿の大柄な茶髪の男とが入室し、変な女の斜め後ろに控える。


 黒髪の女性がいて、執事の男性がいて、変な女がいて、銀髪メイドさんがいて、ぼりぼりと頭を()く謎の男子高校生がテーブルを挟んだ向こう側にいる。彼我戦力差は五対一。僕は無言で恫喝されているような居たたまれなさを感じている。


 やがて黒髪の女性が周囲に視線を配り始め、この部屋に居合わせる人物の姿を一通り確認した。


 同席するべき人物はこれで揃ったのだろう。木管楽器を思わせる澄んだ、しかし感情を感じさせない声で彼女は静かに切り出した。


 「はじめまして、春日初君。私は千条院報世(せんじょういんしらせ)、こちらは娘の(ゆい)。あなたの実の母と姉です」


 「……ん?? ちょっと待って?」


面白い、と感じていただけたなら、

下のほうにある ☆☆☆☆☆ を ★★★★★ にしていただいたけると嬉しいです。

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