16 先輩へ積極的にアプローチした挙句に肩透かしを決める
楽しんでいただければ嬉しいです。
僕は購買で柱井先輩とおそろいのサンドイッチとパックジュースを買った。柱井先輩は追加でカツサンドと焼きそばパンを購入した。
昇降口で上履きを履き替えた僕たちは、昼休憩にグラウンドで活動する人たちの行動範囲から絶妙に外れた、グラウンド脇の階段に腰を下ろした。
おそろいのサンドイッチは瞬く間にお互いの腹の中に納まり、僕はパックジュースにストローを刺して変な音を立てないよう慎重に中身を吸い上げる。
柱井先輩は、勝負はこれからだ、とばかりに勢いよくカツサンドの包みを開き、大きく口を開けてかぶりついた。
「んー。やっぱカツサンドうめえ」
「揚げ物好きなんですか？ 前も部活スペシャル食べてましたよね？」
「油と肉とコメがあれば身体動くからなぁ、本格的に体絞ってもいないし。ま、コメがなくてもパンでも許せる。その辺適当なんだ。千条院は分かってるだろうけど、俺の根はチャラい」
「あはは……でも、あれだけ動けば何もしなくても太らないですよね。たまに練習、見てましたから」
「……見てたの？」
「すごいハードですよね、先輩死んでしまうかもって思いながら見てました」
僕は銃倉に弾丸を一つずつ詰めていくように、先輩を見ていたというメッセージを言葉の端々に込めていく。
そして、殺意をこめつつも一撃では殺さないような、そんな言葉を織り交ぜる。
「それに、先輩が繰り出すロングパスの放物線がキレイだなって。見てて思ったんです。マネージャーとかじゃなくて、先輩みたいな人と一緒にサッカーできたら楽しいだろうなって……こう見えて私、サッカー結構得意なんですよ？ 昔は男子たちに混じって……」
「……それは無理だわ、つーか女子サッカー部でやればいいだろ？」
「そうですね。でもそこには、先輩がいないです……先輩とできなかったら、意味がないですから」
ちなみにここまで僕が発した言葉は僕の感情や思い入れ、事実とは一切関係がない。
それでも僕が発した千条院流の会話術によって、多少なりとも柱井先輩の心は揺さぶられたはずだった。
僕は一旦言葉を止め、何かを決意するような、何かを待つような、そんな眼差しを先輩に向けながら、先輩の様子を遠慮なく観察することにした。
僕は柱井先輩に一つ、期待している。
それはこの改造計画を左右する要因の一つだ。
先輩の感情が揺れている。僕に何かを伝えるか否かという迷いではない。
今の僕と過去に見た光景が重なるようで、両者の決定的な違いに気付いてしまったような、慎重に押し殺したつもりの驚きが微かな瞳の動きに表現されている。
僕は気付く。
先輩はこのまま僕に告白するつもりがない。
僕の発言によって横山先輩との過去を思い出してしまったから。
そんな先輩はきっと、僕の期待に応えてくれる。
先輩から僕に告白しないなら、仕掛けるのは僕の方からだ。僕は最初からそう決めていた。
そして口を開く。
「……先輩。私、先輩に伝えたいことがあるんです。聞いてくれませんか？」
「……もちろん。何だ？」
僕は思わせぶりに言葉を溜めて、わざとらしく周囲の様子をちらちらと窺って、今言うしかないという切迫感を赤らんだ表情に忍ばせて、柱井先輩の耳元に口を近づけて――
「先輩！実は……」
――視覚外からの一撃を放つ。
「……私の事、本気で好きじゃないですよね？」
「えっ……！？」
ここから先、僕は言いたいこと、伝えなければならないことを余すことなく伝えなければならない。
だから、先輩の驚きや抱える疑問をいちいち拾っていく時間がない。
僕は自分の顔を元の位置に戻し、あらかじめ予定していた台詞を続けることにする。
「図星みたいですね。何度もまともに会話していない私にすら見抜かれるんです。チャラ男の振りはもう止めませんか？ 先輩には多分向いていません。その上で、不躾ですが私と約束してほしいことがあるんです」
「……約束してほしいこと？」
「もうナンパはやめてください。傷つけたくない人がいるんですよね？」
柱井先輩の表情を見ればわかる。
きっと気付いたはずだ。
オーブンテラスの前で目撃した二人の様子から、僕が何かを察したのではないか、と。
それと同時にこんな疑問を抱えている可能性がある。
つい最近までサッカー部に興味がなかったはずのただの新入生が、なぜこうも的確に横山先輩の存在と二人の過去とを匂わせることができるのか、と。
僕には先輩の疑問には答えられない。それでもできることが僕にはあって、それを先輩に伝えるために準備を整える。
拳銃の銃口を向け、照門と照星を重ね、手を伸ばしても触れられない目標を寸分違わず射抜く射撃手のように。
僕は木漏れ日のように穏やかに笑い、けれど自分の発言に嘘はなく、その行動に裏切りがないと確信させるような落ち着きを声に宿して。
これが今この場で僕が伝える最後の台詞。柱井先輩の迷走に終止符を打つための、とどめの一撃。
「約束を果たしてくれたなら、先輩の本当の願いを私が叶えます。だから……忘れないでくださいね？」
そして僕は立ち上がり、いつも通りの会釈をして、食べかけのカツサンドを掴んだままの柱井先輩をその場に残して教室へと戻った。
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