13 姉様のレポートに目を通し世界征服への野心を疑う
本日二話投稿予定(1/2)です。
楽しんでいただければ嬉しいです。
結局色々とタイミングが合わないまま、夏目さんに声をかけることなくその日は帰宅した。
授業の予習と復習を手早く片付け、千条院のカリキュラムに含まれていた外国語のテキストをパラパラとめくり、速読をしたり、口と喉の動きを確かめるように音読したりしている内に夕食の時間がやって来る。
食事が終わり、僕がダイニングを後にしようとするタイミングで、姉様から後で私の部屋に来なさいと言われる。
昨日言っていた『必要なもの』についての話かな、でも一日で集められる『僕が恋のキューピッド役を果たすために必要なもの』って何だろう、と考えていた僕は、実際に姉様の部屋でそれを突き付けられて絶句した。
「どうよ、この量! この質! このスピード感! これこそがアンタが恋のキューピッドになるために必要なものよ!」
そう言って胸を張り、ドヤり散らかす姉様とは裏腹に、僕は全身の震えを止めることが出来ずにいる。
今僕が手に取り、その内容を確かめているのは、一言で言うなら情報だった。穏便な言い方をすれば、それはレポート文書の束である。
敢えて身もふたもない言い方をするならば、それは今回の件に関連する人物たちの、考えられる限りおおよそ全ての個人情報だった。
ページを一枚めくるたびに僕を青ざめさせるそのレポートには、氏名や性別、血液型、住所、電話番号やメールアドレス、SNSのアカウント名とパスワードといった既に背筋が寒くなってくる情報に加え、家族構成や過去の経歴、交友関係の変遷、実家の資産状況や親類の犯罪歴、志望する進路、趣味や性格、些細なプライベートの情報までもが画像付きで体系的、かつ網羅的に記載されていた。
身の毛もよだつそのレポートの餌食となったのは、黒ギャル先輩とその取り巻き、柱井先輩、そしてどうにも印象に残っていないバスケ部レギュラーの先輩、計七人だ。
各人がそれぞれお風呂でどの部位から身体を洗い始めるのかという情報が、どう恋のキューピッドと関係して来るのかまるで分からない。
それ以上に、並の犯罪者以上にその人物像を徹底的に丸裸にされた七人の先輩方に同情を禁じ得ない。
冴さんが珍しく精魂尽き果てた表情を露わにしながらふらふらと部屋の隅に立っていた。よく見るとネグリジェ姿の姉様の表情にもわずかに疲れが見える。
僕はどうしようもなく察する。全てはこの二人の仕業である、と。
「驚いたでしょう? こう見えて私の情報収集能力は目の上のタンコブだらけの千条院の中でもちょっとしたものなのよ!」
ストーキングの技術を情報収集能力と表現することへの違和感はこの際置いておく。
「……驚きはします、しますが……」
驚いたというよりは恐怖に震えているし、姉様のいう『ちょっとした』が一般人の人生そのものをたった一日で丸ごと暴いてしまうという事実に戦慄している。
しかも『千条院の中でもちょっとした』という事は、千条院には姉様以上の、魔王みたいな人物がきっと存在しているということだ。
……この家なんなの、一族そろって世界征服でも目論んでいるの?
僕を恋のキューピッドへと改造するための犠牲になってしまった先輩たちをせめてでも弔うように、僕は姉様に物申す。
「姉様……情報が必要だとは私も考えていました。このレポートが実際に武器になることも確かです。それでも……これはあまりにもやり過ぎではないですか?」
「いいえ、アンタも聞いたことくらいあるでしょう、情報を制する者が戦いを制するのよ? それにこうも言うわ。戦争と恋愛においてはすべての行為が許されるって。そしてアンタは恋のキューピッドにならなきゃいけない。なら、その手助けをする私たちに手を抜くという選択肢はないわ」
「姉様、手を抜かないのではなく手加減をすべきと……」
「そんな些細なこと問題ではないわ。それに……必要無くなれば全て闇に葬り去ればいいのよ」
おそらく、集めた情報はこの件が片付いた後で全て処分する、という事を姉様は言っているのだろう。
悪の黒幕のような字面の台詞を聞かされる僕の中で、千条院家史上最高の天才が世界を征服する未来が俄かに現実味を帯び始める。
「大事なことは一つ。その情報をどう使って目の前の問題を解決するか、ただそれだけ。ここからは千条院初、アンタの仕事よ。千条院結の妹の実力を存分に見せつけるがいいわ! あと私は寝るからもう帰っていいわよ。おやすみ」
巧みに問題を矮小化する姉様は、あーーーつかれたー、と呻いて背中からベッドに倒れこむなり気持ちよさそうな寝息を立て始める。
僕は姉様以上に疲労の色濃い冴さんに、本当にありがとうございました、と精一杯のいたわりの気持ちを込めた言葉と会釈を送ってから、そのまま自分の部屋に戻った。
次話は12:00頃投稿予定です。
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