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一章・三界目覚めるも名を持つ神々未だ醒めず 5

 自らに向けられた声に、不快そうに表情を歪めながら視線を返す『名の伝わらぬ神の御使』。


「今、此奴を逃すわけには行かぬのだ。邪魔立ては控えて頂きたい。魔術師殿」

「毎ッ度毎度、何かある度に瓦は割るわ屋根は壊すわ戸板に穴開けるわ…善良な市民の家屋損壊するのは正義の行動なんですかねぇ、え? 『御使』殿」


 屋根の上にひょいと跳び乗りながら、片眉を吊り上げて苛立ちを込めた言葉を放つシェル。

 対するハガネは、屋根よりもさらに高い位置に浮遊する二つの『人型のもの』に狙いを付けながら再び両の脚に力を込める。

 『仮面の魔術師』も『精霊もどき』も、背を向けるのはまずいと判断したのだろう。

 臨戦体制、とまでは行かなくとも、ハガネの次の挙動に対応できるよう構えを取った。


「当然、修繕は神殿が行う。だからこの場は見逃してほしい」


 ハガネの瞳に再び、深紅の光が灯る。

 その様子に、シェルはたっぷりと苛立ちを込め、ため息をひとつ吐く。

 怒り心頭という様子の、全身に力みを感じる動きで腰に左手を当て、杖を持った手を手前に向けて、肩を竦めて首を横に振った。


「そーいう事じゃねーよ。お前さんら『御使』はもうちょっと」


 言葉の途中で突如、右の踵を二回、リズム良くタタンッと鳴らした。

 同時に、左手で腰の後ろに括りつけていた儀式刀を抜き放ち様に真横に一閃。


「周りを壊さずに解決する方法を学べって言ってんだ! 『見えざる歯車よ』!!」


 術式を一言に集約した詠唱と同時に、魔術の杖を前方に突き出した。

 ハガネから二つの『人型』を繋いで巨大な筒で覆うように、一瞬パチリと音を立て光の文様が無数に浮かぶ。


 魔術の行使に必要なのは、詠唱そのものではない。それを成り立たせるための『手順』だ。

 故に、自らの行動一つ一つを事前に術式に組み込み済みであれば、先行して条件を満たした状態で術式の発動が可能になる。

 シェルの扱う上位術式・『見えざる歯車』は、そんな魔術だった。


 術式の発動に瞬時に反応し、『精霊もどき』がシェルの方へと突進する。

 が、数歩分先の空中で見えない壁に阻まれ、動きを止めた。


 ハガネが、跳躍する。人がまともに視認することすら難しい速度で。

 筒状に配置された見えない足場を蹴り、縦横無尽の駆け抜け様に。一瞬動きを止めた『精霊もどき』の背後、左脇腹から右肩までを、そのボロボロな外套ごと切り裂く。

 続いて、後ろに控えていた『仮面の魔術師』へと刃を振り抜く。

 魔術師は革紐で束にした魔術書らしき冊子の(ページ)を、一枚開き破り棄てた。

 その瞬間、魔術師の身体のみならず、ハガネや『精霊もどき』の全身を含む範囲で術式の文様が照らす。

 術の発動の瞬間、その様子を観察していたシェルは、舌打ち混じりに眉間に皺を寄せた。


 浄火の刃は弧状に閃き、『仮面の魔術師』を袈裟懸けに両断する…かに見えた。

 それはまるで、流れる河の水面を斬りつけたかのように。魔術師の表面が揺らめき、波立ち、わずかな波紋を残して、両断された痕が元に戻る。

 全く抵抗なく通り抜ける刃。ハガネはその勢いのまま身を縮め、全身を縦に回転させながら魔術師目掛けて蹴りを放った。

 斬りつけられてから蹴りまでの僅かな一瞬、すでに動きを読んでいたのだろう。魔術師の指は冊子の(ページ)をもう一枚、破り棄てる。またも術式の文様は、魔術師本人のみならず周囲を照らした。

 ハガネの右脚が、魔術師の胴を捉える。先の斬撃とは違い、確かな手応えはあった。が、魔術師は全く動じない。そのまま魔術師を足場がわりに飛びすさり、間合いを開ける。


 不安定な体勢とはいえ、石壁を歪ませる脚力に跳躍の勢いを乗せた蹴りだ。一般人なら骨ごとひしゃげる威力がある。


「こいつぁ、ちょいと分が悪いんじゃねーの? どーするよ、『キリステ教』」

「ご助力は感謝する。だが、その呼び名はやめて頂けぬか、シェル殿!」

「戦闘中だぜ? 細ッかい事ぁ気にすんな」


 ハガネの抗議の声に、シェルは嫌味ったらしくカカカと笑う。

 間合いを取ったハガネの更に背後に陣取り、抜身の儀式刀を左から右へ、下から上へ、右から左へ、と鋭く振るう。

 右の踵を、今度は4回打ち鳴らし、同時に右手の魔術の杖を大きく振るってから上方に突き出した。


「踏ん張りが効かなきゃ、やりにくかろ? ちっと遊び易くしてやるよ! 『見えざる歯車よ』!」


 一瞬輝く術式の文様。しかし先ほどよりも広範囲に、この場の4者が全て収まる範囲の、巨大な傾いた箱のような形状を、魔術の方陣が照らし出す。

 ギリィ、と金属が擦れ合うような不快な音。

 傾いた箱状の方陣は徐々に水平になるように動き、それに合わせて『仮面の魔術師』と『精霊もどき』を、ハガネとシェルの居る高さまで押し込めていく。


「そいじゃ、このまま店の前の通りまでご案内だ。平坦な地面じゃないと、俺も落ち着かないんでね」


 まずはシェルが屋根から外れた空中に足を踏み出す。箱状の足場がそこにもあるようで、急激に落下することはなくゆっくりと地面に向かって降下する。

 ハガネもそれに倣い、屋根から降りる。

 『仮面の魔術師』は、その状況でも優位は変わらないという確信でもあるのか。シェルの魔術の効果に従うままに、地面に降り立った。

 『精霊もどき』の方はというと、斬られる瞬間に見えない壁に張り付くように回避行動を取ったらしい。両断は免れたようだが、背中から漏れ出た青黒い液状の物体が下半身を染めつつある。


「さて。仕切り直しってところかね? 改めて自己紹介しとこうか。俺は、シェイプ=エイル=リルヘイム。しがない魔道具屋の店主だ。あんたの名前を聞いても?」

「……………………」


 (おど)けた調子で声を掛けるが、『仮面の魔術師』は沈黙で答える。

 ノリの悪い相手に、シェルは片眉を吊り上げて呆れたように肩をすくめた。


 それでは、と『精霊もどき』に視線を向けると、何やら様子がおかしい。

 斬りつけられた傷のせいだろうか、深く俯きガクガクと震えながら両手で自らの身を抱いている。

 そのまま全身を強張らせながら、ゆっくりとぎこちなく、首を回す。

 その動きに合わせるように、釘で固定した床板を無理やり引き剥がすかのような、異様な音が響いた。


 そして突如、大きく目を見開いたそれは、青黒い液体が漏れる口を大きく開き、絶叫を上げる。


「イ…イイイイィィィイイイィィィイイイィィィイイイ!!!!」

「な!? コイツ…!」


 絶叫に一瞬遅れて、シェルとハガネは両耳を塞ぐ。

 音というより、全身に打ち付ける衝撃波のようなそれは。

 耳を塞いでもなお、集中力を乱し平衡を狂わせた。術式の展開どころか、マトモな戦闘を行える状態ではない。


「『泣き女(バンシー)』か!? チクショウ、さっきの余裕はコイツがあるからか!」

「……………………」


 悪態を吐き、『仮面の魔術師』に向き直って睨みつける。

 そこに見えたのは、地面に屈み込み両耳を塞ぐ姿。


「自分で対策できてねーじゃねーか! 何なの!? 戦術に組み込んで勝つ気ないの!?」

「……………………」


 絶叫が響く中、ついツッコミを入れるシェルに、変わらず終始無言の『仮面の魔術師』。

 

 叫び続ける『精霊もどき』。その傷から止め処なく流れる青黒く粘つく液体。

 その一滴が糸を引いて地面に到達した瞬間…絶叫は突如として途切れる。

 それは、叫び声が止まった安心感よりも…シェルに、ハガネに、背筋の凍るような感覚を覚えさせた。


 それは水面に広がる波紋の如く、瞬く間に地面を這う。

 視界の届く範囲全ての、整備された道は全て、一瞬でその青黒い液体に覆われた。


「なあ、『御使』殿。これってもしや、本格的にヤバいヤツじゃねーかな?」

「聴くまでも無かろうよ。主が定めたもうた王都の脅威の一端だぞ」

「マジかー。いつもの善悪談義よりキツイやつ来ちゃったかー…」


 ウンザリとした顔で、バリバリと頭を掻くシェル。

 ハガネは変わらず、いつでも飛び掛かれる体勢で右手に浄火の刃をぶら下げている。


 もはや酔いはすっかり覚めている。

 目の前に佇む二つの影は、シェルに長い夜を予感させた。

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