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一章・三界目覚めるも名を持つ神々未だ醒めず 4

 月明かりに照らされた石畳の街路を、適度に酔いの回った魔術師…シェイプ=エイル=リルヘイムは軽い足取りで歩みを進める。

 先程のリリアーナとの会談の後、店を出て帰路の途中であった。

 月明かりだけでは流石に暗く、魔術の杖の先に小ぶりな吊り灯籠(カンテラ)を下げて夜道を照らしている。


 宵も更けると、街路灯は周辺地区から徐々にその灯を落としていく。

 中央街周辺の店や通りの方を眺めれば、未だ煌々と照らし出されているのが解った。

 それに対して、今歩いている道は既に街路灯も明かりが落とされ、本来ならば明るめの灯しでもなければ足元も覚束ない程だ。


 しかし今通っている道は、多少暗かろうが歩く分にはなんとかなる。それほど街中を網羅する道々は徹底的に整えられていた。

 仕事の打ち合わせに、個人の趣味にと、この男は事あるごとに理由を付けては安酒を煽る。

 酔っていて夜空を眺めながらでも、躓かずに歩ける道は心底ありがたいものだった。

 お陰でこの夜も、無事に家まで辿り着けそうだ。この道の真っ直ぐ先に、もう建物の見える距離である。


 その整備の手は下層街にまで及び、先日訪れた場所…建物もロクに立ち並ばなくなった荒廃しかけた地区でさえ、路面だけは馬車の車輪も滑らかに回るほど綺麗なものであった。

 実際に記録が残っているわけではないが、王都そのものには数千年と言う歴史があると聞いたことがある。

 その元々の姿が如何なるものだったのか想像もつかないが、城壁の中を巡る道筋はほとんど変わっていないと言う話だ。

 区画を整備する際も、区切りの壁は追加されたものの通りの形には手を加えていない。と、近年の記録に残る範囲の地図が物語っている…らしい。


 夜の涼しい風に、気持ちの良いほろ酔いの感覚。

 今回の仕事のメンバーはクセの強さはあるものの、充分な実力を備えていると感じた。

 取り纏める立場としても、そう苦労する人材でもなさそうだ。そう思い返すと、鼻歌でも歌い始めそうなくらいの上機嫌である。


 一瞬、ひときわ強く路地に沿って吹き抜ける風。それに合わせたかのように、何かが爆発するかのような音。

 風に乗って何かが空を舞い、月影が周囲の建物を縫うかのように通り抜け、その軌道が夜道に照らし出された。

 空を見上げるシェルの顔に、一瞬緊張が走る。

 王都内とはいえ、夜中というのは闇の住民の闊歩する危険地帯である。

 面倒事に関わらないに越した事はない。越した事はないのだが。


「おいおい…勘弁してくれよ」


 急速に酔いが覚めていく感覚。

 建物の屋根の上を跳躍し、或いは浮遊し飛び越える三つの影。

 それは、事もあろうにシェルの店である『萬道具屋』の屋根の上で停止したのだった。

 厄介ごとは御免被るとはいえ、自分の店に影響が出るような事であれば止めねばなるまい。


 出来ることならば何も起こらない事を祈りつつ、吊り灯篭(カンテラ)を杖から外して地面に置き、店の前まで一気に駆け抜けた。

 

……………………


 『彼』は、思い切り身を屈め、充分に溜めを作って地面を蹴る。

 空中で緩やかに、前方へと一回転。宙を舞う身体は易々と、地上二階建ての建造物の屋根に到達した。

 屋根に降り立つと素焼きの瓦がガシャリと音を立てる。

 そのまま夜空に浮遊する『存在』へと視線を向けた。


「王都にあって神威は絶対だ。悪とあらば見逃すことは出来ん」


 右手は、紅く輝く刃の剣の柄の端ギリギリを握る。その奇妙な形状の深紅の剣は、『御使』の印たる浄火の刃。

 剣を構える、と言うにはあまりにいい加減な、もはや剣をぶら下げると言う方がしっくり来るような脱力した立ち姿。

 逆立つ赤毛にはためくマント。両目の下から頬にかけて、『罪罰の涙跡』と呼ばれる二本の傷。

 神威の代理人、ハガネ=ナオウチ。目下、主の御心のまま断罪執行中であった。


 相対するは二つの存在。共に空に浮遊する人の形を成すもの。


 片方は、頭から全身を包むようにボロボロの外套を身に付けている。

 外部に露出した手足と外套から溢れる長い髪は、半透明に青白く輝いていた。

 幻想的なその姿、年端も行かぬ幼子を思わせるその体型は、最近王都内でも増え始めた『使役された精霊』を思わせる。

 しかしそうだとすれば…実体として衣服を身に纏っている事と、フードの奥からの視線に篭る明確な敵意に大きく違和感を感じる。


 そしてもう片方は、絶望の涙を流す表情を模したような、不気味な仮面を被った者。

 宵闇に溶け込む濃紺のローブに身を包み浮遊する姿は、伝説上に詠われる『夜魔』を思わせる。

 艶を消した黒の革手袋を両手に着け、右手には真鍮製と思しき鈍い輝きを放つ、波打つ形状の儀式刀。

 左手には煤けた紙の束に穴を開けて革紐で無理やり纏めたような、魔術書と言うには粗末で粗雑な冊子を携えている。

 夜ごとに現れては儀式まがいの行動を繰り返す『仮面の魔術師』。

 その存在は、近日中に来訪予定である大富豪『ドゥーム=A=クーガー』の噂と共に王都を賑わせていた。


 浮遊する二つの存在は一度は振り向いたものの、ハガネの事など意に介さず商店街側の区画へ、逃げるように移動する。

 例えこの高さまで跳躍できる脚力があろうとも、武器が近接専用の剣一本ならば、それを往なすのは難しくないと判断したのだろう。


「すべからく御心のままに、ことごとく思し召すままに。ただひとえに断罪を、ただひたすらに贖罪を」


 すでに大通りの道幅ほどまで距離を開け、更に遠ざかろうとする二つの存在に向けてつぶやき、腰を落として両足に力を込める。

 その瞬間、元々は黄金色であったハガネの瞳が、浄火の刃の色にも似た深紅の輝きを帯びた。

 王都に在っては、『御使』に与えられる『加護』と『祝福』は別格である。

 一般的な聖職者が行使できる『祝福』が、『身体能力の強化』や『様々な悪意に対する抵抗の強化』とするならば、王都の御使のそれは、『御使の身体に神の力の一部を降ろす』行為だ。

 当然、基本となる肉体によって基礎の能力は変わってくる。

 しかしそうだとしても、何の訓練もしていない『御使』が王都で祝福を受けた状態となれば、一般的に英雄と称されるような存在すら軽く凌駕してしまう。

 故に、王都で大掛かりな事件はまず起こる事がない。起こったとしてもほとんどの場合、瞬く間に沈静化してしまうのだ。悪の根源が『御使』に両断される事によって。


 爆発音にも似た轟音と共に、ハガネの足元にある素焼きの瓦は砕け散り、石造りの建物の壁が歪んだ。

 放たれた矢の如き速さで一直線に跳躍して距離を詰め、浄火の刃を振り下ろす。

 音に反応した『精霊もどき』が、咄嗟に振り向きハガネと『仮面の魔術師』の間に立ち塞がった。

 ボロボロの外套から、か細く透き通った両の腕を晒し、迫り来る刃を受け止める。

 両手首の半ばほどまで刃が食い込む。

 その小さな身体が、広い池に張った氷がひび割れるように鳴いた。


 刃は受け止めたものの、勢いを殺しきることはできずに後方に吹き飛ばされる『精霊もどき』。

 しかし魔術で空中の体制を制御したのか、ある程度吹き飛ばされた先で後方にふわりと一回転し、ハガネの方へと向き直る。

 『仮面の魔術師』もその側まで移動し、左手の魔術書らしき冊子を中程から開いた。しかし、終始無言であり、魔術の詠唱を行う気配もない。

 対するハガネは勢いのままの軌道で、その先の建物の屋根に着地した。踏んだ瓦が砕け、屋根が軋む。


「やはり、ただの『人工精霊』ではないなッ! なぜ貴様のような者が、この地に存在できる!」


 剣の切っ先を『それ』に向け、怒りとも焦りとも付かない感情に任せ、声を荒げる。

 当の『精霊もどき』は答えることはなく、ひび割れた両腕を前方に突き出して構える。

 その傷跡からは…血液のようなものだろうか? 僅かに、青黒く光る粘つく液体が、肘まで伝って雫を作っていた。

 再び、ハガネが身を屈め、両足に力を込めようとする瞬間。


「勝手にうちの屋根踏み抜いてんじゃねーよ『キリステ教』!」


 その建物の店主、シェイプ=エイル=リルヘイム。

 その彼が、弧を描く軌道を辿り、『浮遊』や『飛行』の系統の魔術としては不自然なほどの等速で。

 怒りも露わに二階の屋根の上に到達したのだった。

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