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一章・三界目覚めるも名を持つ神々未だ醒めず 3

「だ〜か〜ら…学院から来てる奴に用があるっての! さっきから言ってんだろ!」

「ぅるっさいワ!! そんな客来てねぇんだよ! お前は居るだけで商売の邪魔なんだから、さっさと出てけ!!」


 冒険者の組合が管理する宿・兼斡旋所。待ち合わせの場所に着いたリリアーナが表のドアを開けた瞬間、扉に据え付けたベルの音と共に聞こえたのは、二人の男のけたたましい怒声だった。

 店内を覗いてみれば、夕刻にもかかわらず酒場の中はガランとしており、カウンターで一人の外套を羽織った男と、店の主人らしき厳つい風貌の男が言い争っているらしい。

 店の主人の方はベルの音に気付いたのだろう。厳つい顔立ちながら笑顔で、「いらっしゃい」と声をかけてくれた。


「ちょっとここで待ち合わせをしていたんだけど…」


 何となく事を察し、入口から声を張って店主に向って用件を伝える。瞬間、外套の男が龍の首でも取ったかのような満面の笑みで、わざわざ両手で、『どうよ』と言わんばかりに店主を指差した。


…………………………


「さて。ここに来てもらったのは外でもない」


 今回の調査依頼の管理役である外套の男、シェイプ=エイル=リルヘイムは、ワザとらしく神妙な顔つきで言葉を紡ぎ始める。

 あの後、今後の寝床や食事のことなど、店主とのちょっとしたやり取りがあったが。

 後はつつがなく酒場の奥まった位置、冒険者のパーティが簡単な会議をする際に好んで使う仕切られたスペースに移動してから今に至る。

 リリアーナは遠慮もせずに、もしゃりと前菜のサラダ…生で食べられる鮮度の葉野菜は、王都ではそこそこ貴重なのだが…を口に詰め込んで話を聴く。

 空腹のままでは気が散って仕事の話も頭に入るまい。と、外套の男…シェルは食事をしながらの情報交換に反対はしなかった。

 その点では理解のある人物だ。しかも、久々の王都の食事だと伝えると、ここは奢るから好きなものを食えと言ってくれた。


 遠慮するのはかえって野暮というものだろう。先ほどテーブルに届いた、香草のよく効いた鴨の天火焼き。辛味と甘味の調和した特製のソースを塗り、薄く切って焼き色をつけたバゲットに乗せて頬張る。

 

「今回の仕事、『通信網』の調査という話だが…どの程度把握している?」

「…調査に関しては、全然。ただ…」


 頬張った料理を飲み下して、一瞬の思案。感じたそのままと、個人で持っている考えを、『調査』の情報として纏めて伝えていいものだろうか?


「あぁ、個人的所感はそちらさんの判断に任せる。『情報』としては、細かな事でもあった方がありがたいがな」


 一瞬の間を察してか、シェルが付け加える。成る程、取り方によっては互いの関係も硬くなりかねないが。それを察せ、という事だろうか? 少なくともリリアーナはそう受け取った。


「正直、ファライト商会が絡んでるのは気に食わないんだけどね」


 ファライト商会の名が出た瞬間、シェルの眉がピクリと動く。

 正確な情報で言えば核心に関わっているという確証はないが、大筋の流れで関係があると見て間違い無いだろう。

 関係無いとしても、『通信網』の管理の一部は間違いなくファライト商会が絡んでいるのだ。嘘は言っていない。


「あぁ、やっぱり関わってるんだな。となると、穏やかな話じゃなくなるかもなぁ」


 料理の注文のついでに頼んでいた、浅黒い光沢を持つ陶器の器に注がれた安物の葡萄酒を煽りながら、シェルが答える。

 『やっぱり』? 関わっているという確信がある? それに足る情報を持っている? あとで問い質すべきだろうか。


「何にせよ、今回は調査依頼だけなんだから。依頼の範疇を超えたことは、手出しはしないつもりよ。構わないでしょう?」

「もちろん、構わないさ。確りそこまで言ってくれるなら、申し分ないね。こっちとしても当面、これの報酬が出るなら問題ないんだ。よろしく頼むよ」


 陶器の器に葡萄酒を注ぎ直し、背筋を伸ばすように椅子に座りなおす。木製の椅子の背が、小さくギシリと軋んだ。


「…で、こっちの持ってる情報なんだが。現状、手元にある情報としちゃ、そちらさんと変わらん程度だろうな」


 背筋を伸ばすように背もたれに寄りかかり、意味深長に口元に笑みを浮かべる。


「あら。すぐにでも新たな情報が入りますよ、って言ってるように聞こえるけど。何か充てがあるのかしら」

「キミも含めて3人、今回の件で頼りになる『専門家』が居る。顔合わせは明日の昼に予定しているよ。調査の方法は明日、明後日にでも決めることができるだろう。機材がいるならそこから手配して一週間程度。その後は…状況次第ってとこかね」


 話を聴くにつれ、リリアーナは目を見開く。手際が良いと言うべきか? いや、むしろ不自然に感じるほどに。

 シェルは今後の行程を事も無げに言うが、調査を目的とした活動には入念な下調べがなければ目的の情報は割り出せないはずだ。

 一日二日で調査方法を確定できると言うことは、すでに下調べは済んでいて、『頼りになる専門家』からは確定の確認を取るだけと見ていいのではないだろうか。


「…ちなみに、この仕事の話があなたの所に持ち込まれたのって、何時のことかしら?」

「話の概要を聞いたのが一週間前、正式な依頼受諾は、一昨日だな」


 本当の話であれば、正式な調査の依頼内容を受け取ってから、目的の結果に辿り着く要素…少なくとも、それにつながるであろう情報の伝手を2〜3日で割り出した事になる。

 ただの調査依頼なら、この程度の日数でも何とかなるだろうが、今回は『前例の無い状況』と聞いている。

 全く前もっての情報が無い状況から、個人でそこまでたどり着くというのは異常な速さだ。

 この魔術師が適当なことを言っているだけ、と言う可能性も無くはないのだが…もっとも、今の所それが本当であれ嘘であれ、急を要する状況でもない。遅れるのならばその時に、計画を修正すれば良いのだろう。


「では、明日の昼の顔合わせの時に調査方法の『候補』が聞けると言うことで構わないかしら」

「方法に関しては、な。正直、調査全体の完了にかかる期間は、今んとこ皆目見当つかんがね」


 当面の仕事仲間としては、満足のいくやり取りだったのだろう。シェルは先程までの『仕事然』とした堅苦しい表情からは打って変わって、穏やかな人懐っこい笑みを浮かべたのだった。


「さて。ここからは、ちょいと話は変わるんだが…あぁ、今回の仕事以外の話にもなるかも知れんけど、構わないかい?」

「どうぞ。おごってもらってるからね。話くらいは聴くわ」


 リリアーナの反応に、ふむ、と頷き。木製の四角い皿に並べられた小魚のオイル漬けをフォークで刺して、口に運ぶ。保存のために塩辛く味付けされた小魚を2度、3度と噛み締め、手元の葡萄酒を流し込むように飲み干した後、シェルは改めて口を開く。


「キミの携わっている研究について、さ。以前から興味があった。少し聴いても良いかな?」


 シェルの、屈託のない笑顔。それは純粋な興味と探究心に満ちた、冒険譚を待ち望む子供のような…この上なく無邪気な表情だった。


………………………………


 朝。

 雨戸の隙間から射し込む陽の光が、部屋の中を薄く照らす。

 寝間着姿のまま起き抜けに、窓を開け放つ。

 すると、少しばかり肌寒さは感じるものの、澄み切った爽やかな風が部屋に吹き込んだ。

 燦々と輝く太陽に目を細め、朝の空気を深く吸い込み…


「頭い”だぃ…」


 リリアーナの、朝起きての第一声がそれだった。

 そのままフラフラとベットに倒れこみ、昨夜の事を思い出そうと思考を巡らせる。まともに頭が働くかの確認に、順に出来事を思い出し連ねていく。

 頭痛の原因は、間違いなく酒である。飲み過ぎではあったものの、記憶は比較的はっきりしている。


 あの魔術師め。初対面の年頃の娘から、上手い事話を聴き出しながら酔い潰れるまで飲ませるとは、ひどい奴だ。

 自分の研究している事に興味を示し、熱心に聞いてくれるものだから、嬉しくなって話し込んでしまった自分が恨めしい。

 単なる興味本位でなく、彼自身も『地脈と龍脈』について調べた事があるようだったのも、情報交換も兼ねてという感じでついついのめり込んでしまっていた。

 研究の成果や調査の方法なども、それぞれ聞くたびに感心しながら、尚且つ改善の余地がある部分に意見を出してくれたのは有り難い。忘れぬようにとその場で取ったメモが、枕元のテーブルに積み重なっている。

 そうやって話しているうちにシェルも上機嫌で酒肴を追加で注文していき、私にも酒を勧めてきたのだ。

 安物の葡萄酒であったようだが、自信を持って勧めてきただけあって飲み易く、二杯目以降は自分で注文して飲んだ。

 何杯飲んだかまでは覚えていない。話を続けながらも酔いが回るのを感じたが、既にここで宿を取る手続きをしていた事もあり遠慮なく飲み続けたのだ。

 その後シェルは、酔いが回った私を給仕の女性店員に任せて帰ったと記憶している。

 昨夜に書き取ったメモの方に目を向けると、一番上に置かれた皮紙の切れ端に『会計済み ご心配無く』と残されていた。


 ……

 …………

 ………………


 ひどい奴とか思ってごめんなさい。悪かったのは一方的に私だったわ。

 昼の顔合わせまでには少し時間がある。ゆっくり準備をしよう。

 痛むこめかみを手の平で押さえながら肩掛けを羽織り、とりあえずは水を飲みに階下へと向かうのだった。

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