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序章・未だ世界はまどろみの中 4

 王都の日の入りは早い。中央街とその他の区画を隔てる高い石壁に、都市全体を囲い込む高層城壁。

 そして中央部に向けて緩やかに落ち窪んだ町の構造により、早くから陽の光が届き辛くなる。


 傾陽は既に店全体に暗い影を落とし、店内に流れる空気の冷たさにシェルは身震いした。

 会計用カウンターに備え付けた小さな椅子に座りながら腕を組み、そのまま器用に眠っていたらしい。


「…ん…くぁ…っふ…」


 肌寒さで目を覚ましたようで、座ったまま大きく手足を伸ばし、大口を開け欠伸をする。

 寝ぼけ眼を擦りつつ暗くなった店内を見渡した。


「…寝ちまってたのか…」

「そのようだな。せめて何か羽織らぬと風邪を引くぞ」


 声のした先に視線を向ければ、入り口の扉の前に佇む人影ひとつ。


「こいつは…珍しいお客さんだ」


 肩で揃えた銀髪に、人の心の奥底を見透かすような澄んだ青の瞳。

 青を基調とした王下直轄の刻印入りの衣服で、華奢な体を包んでいる。

 肩から下げた革製の鞄に、腰には王下直轄の紋章入りの細剣。


 年齢にして20前後か。整った顔立ちから、美人と評するに値する容姿だ。

 しかしそれだけを理由に、手放しで来店を喜べる手合いではない。

 例えるなら、緩やかに張った細い鋼線…そんな空気を纏った女性だった。

 凛とした雰囲気、と言えば聞こえが良いかもしれない。だがこの人物に限っては、そんな可愛げのあるモノじゃないことをシェルは知っている。


 リオ=エントゥミン。嘗ての『東街道大征伐』の折に、最も多くの被害者を出したという山岳方面。その最前線で首級を上げ、生きて帰ってきた生粋の猛者である。

 その時の功績で形式上『王下直属』の地位を与えられたものの、何分一般民の出であった事から…色々と世知辛い理由で…騎士号の授与は辞退する事になった。

 代わりにその時の知名度を利用して、王都の治安維持の為の巡回兵を指揮管理する、兵士長の任に就く事になったのだとか。


 ともあれ。先ほど感じた肌寒さは、この人物が入店した際に吹き込んだ風が原因だったようだ。


「今日は鎧は着ていないのかい。久々の休日って事か? 巡回兵長殿」

「休日ではない。兵装が必要な仕事ばかりでもないのでね。こんな格好で出歩くこともある」


 話しながら会計用のカウンターテーブルに歩み寄り、腰の鞄に手をかける。

 シェルはその様子を眺めながら椅子に腰掛け直し、改めて全身の関節を伸ばしにかかる。


 リオが鞄から取り出した物。それは、一通の手紙だった。


「…もう今の時点で嫌な予感がするんで、仕舞ってもらっても?」

「ほう。乙女が心を込めて(したた)めた恋文をふいにしようというのか?」


 悪い冗談である。


「どうせアレだろ。また誰か性格歪んだ御仁らが、俺に厄介事をなすり付けようって魂胆なんだろ」


 確信したように言い放ち、右眉だけを釣り上げて皮肉るような笑みを浮かべるシェル。

 対するリオは、じっとその様を見つめ、手紙をシェルの目の前に置く。

 そして顔にかかる髪を軽くかき上げながら目を逸らし、はにかむような表情を浮かべた。普段見せないその顔は、妙に艶かしさを感じさせる。


「…え? 何だよその反応。…え? 本気なの?」

「…すまない…迷惑は承知の上で言う。こんな時間にひとりで訪ねてきた事から察して、この場で読んでほしい」


 そのまま顔を逸らし後ろを向いてしまうリオ。

 戸惑い、反応に困りながらも手紙を手に取るシェル。そのままカウンターに備え付けてあるペーパーナイフで封を開ける。


 今まで仕事上でも多少の接点はあったものだが、まさかこんな事になるとは。

 封筒から、通常使われるものよりも幾分か上等であろう、インクの乗りの良さそうな便箋を取り出した。

 折りたたまれたそれを開くと、最初に目立つように大きめに書かれた一文が目に入る。




『委嘱状』




「………ああそうだろうよ! コンチクショウ!!」


 椅子から立ち上がり、そのまま全力を込めて手紙を床に叩きつけるシェル。


「お前な。ほんっと、こういう冗談言うように見えねーんだから! なんっつーか、心臓に悪いっつーか、この歳になるともう色んなとこに負担がかかるからやめてくれよな!」


 怒鳴りつけるシェルに対して、リオは何事もないように振り向く。普段通りの平然とした、感情を読み取り辛い無表情である。


「今回の私の勝利条件は、貴方にその手紙を読んでもらう事だ。その為ならば方法は選ばない」

「くそぅ…非人道的手段に訴えやがって…」


 ぶつぶつと文句を零しながらも、叩き付けた手紙を拾って内容に目を通す。

 ざっと目を通した限り、予想通りというか何というか。ろくなことが書いていない。しかも、今回のこの話は受けざるを得ないようだ。

 唯一の救いは、報酬は比較的マトモな額である点か。


「『歪曲魔導通信網』、ねぇ。今、どこが管理してるんだっけ?」

「主な管理は『ファライト商会』ではなかったか? 開発や範囲の拡大には、『王都』と『学院』が。あとは…『ドゥーム=A=クーガー』か」

「国内の情報管理の要を、国外の勢力に管理させてるってひでぇ話だな…」


 ファライト商会は王都でも有数の大商業組織だが、元を辿れば『東方ルシオーレ列国』に本拠地を構えていたはずだ。

 ドゥーム=A=クーガーに至っては、巨万の富を所有する大富豪であるという事くらいしか情報を持っていない。本拠地すら不明である。


「通信網に関わる組織とか通信網自体の仕様とか、事前にその辺の情報を詳しく集めておいてもらいたいね。関わってるところが大勢力過ぎて、一般市民が調べるには手に余る」

「こちらとて、暇なわけではないのだが」

「俺は、こんな時に文句も言わず従ってくれる都合のいい女が大好きなんだけどなぁ」

「褒めもせず対価も与えず、ひたすら最低な言い分で人を使おうとしてくる…」


 リオの批難の声も軽く聞き流しつつ、手紙の内容を確認して封筒に仕舞い直し、再び椅子に座って天井を見上げる。

 そして頭をバリバリとかきながら大きくため息をついた。


「全くもって面倒な話だ。けど、恩師の頼みじゃ断るわけにもいかんよな」


 シェルは誰に言うとでもなくそんな言葉を発すると、今後の苦労を思うだけで自然に眉間へと皺が寄る。

 そのままゆっくりと目を閉じて、今後の方策を思案するのだった。

序章はここまでです。

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