りりの夢
「たかし!たかし!ねぇ!聞こえてるの!?」
一回からババアがうるさい。
「たかし!もう仕事を辞めてから2年よ!?今日こそハローワークに行くって約束でしょ!?
毎度毎度、飽きずにしつこいババアだ。
・・・
新卒で入社した会社を辞めたのは2年ほど前のことだ。適当に採用されたところに適当に入社したところまでは良かったが、配属先がヤバかった。
社内でも一番キツいと言われる営業部に配属されると、厳しいノルマにパワハラ上司、サビ残や休日出勤は当たり前のクソ環境に俺は入社早々、心が折れた。
入社1か月後には、バックレを決め込んでしまった。上司からはめちゃくちゃ、着信があったけど、俺はもう限界だった。ただ、とにかく逃げたかったんだ・・・
そんな風に辞めた後、働く気力もなく、ダラダラと時間が過ぎて、今では立派なニートの仲間入りだ。
そんな俺を見かねたのか、ババア(母親)は毎日毎日ハローワークに行けと言ってくる。
いい加減、ババアのハローワーク信仰にはうんざりだ。
「うっせーな!今日こそ行こうと思ってたのに、良く着なくなったわ。あー気分ワル!こんな家、居られるか!!」
そう俺は吐き捨てて、家を出る。
コンビニで買い物をして、お気に入りの降園に足を向ける。
初夏の昼下がりの公園に人はまばらだった。木陰のベンチに腰を下ろすと、俺はレジ袋の中身から目当ての物を取り出した。
魔法少女☆まじかるうーみんのトレカパックだ。
今、巷で大人気のアニメのトレーディングカードだ。俺はうーみんの大ファンで、このアニメのために生きていると言ってもいい。
そんな俺の日課はうーみんのパックをこの公園で開封すること。
俺のささやかな楽しみだ。
噂では、今回のパックには、主人公のまじかるうーみんの水着カードが入っているらしい。しかも、ネット情報では、目を凝らすと胸の部分にポッチも確認できるらしい。
これは漢なら燃えるしかないだろ・・・
目当てのうーみんを願いながら開封する。1枚、2枚・・・敵キャラの怪人サジィが被る。クソッ!
3枚、4枚・・・これもダメだった。
ラストの5枚目。どうやらレアカードの様だ。
もしや!?と思って、祈りながら見てみるが、使い魔のきゅーちゃんだった。ノーマルレアか・・・
なんだよ、これも持ってるやつだ。今回も外れだな。朝からババアもうるさいし、今日は最悪だ・・・
そう思ってカードから視線を上げると、目の前に小学生の女の子が居て、俺のカードをのぞき込んでいる。
いつから居たんだ・・・?と思っていると、女の子が話しかけてきた。
「このウサギさん、かわいいね!!この悪者もカッコいいと思うよ!!」
きゅーちゃんとサジィのカードを見て、女の子が要ってくる。
俺が何も答えられないでいると、女子は一人で話を続ける。
「りりはね、おこづかいが無いから自分では買えないの。お兄ちゃんはお仕事してるから買えるんだよね!?いいなぁ。りりもお仕事してこのウサギさん、欲しいなぁ」
よくしゃべる子どもだ。少しうんざりしながら、俺は言う。
「・・・そんなに欲しいなら、やろうか・・・?」
そういうと、食い気味に
「いいの!?ありがとう!!りりの宝物にするね!!」
と言い放つと、俺の手からカードを引ったくり、駆け足で去って行った。
と、思ったら引き返してきて、俺に向かってこう言った。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。明日もこの公園に来る?」
「まぁ、たぶん明日も来るけど・・・」
「それじゃあ、今度はりりの宝物をあげるね!絶対来てね!約束だよ!」
俺の返事を待たないで、りりは走り去っていった。
翌日、俺がいつものようにカードの開封をしていると、りりはやって来た。
近寄ってくるなり、カードをのぞき込んでりりは言う。
「あ!今日は怖い悪者がいるね!あれ?ウサギさんはいないの?」
そう言って、りりはノーマルカードの人造人間ケイジィのカードを見る。
「悪いな、今日はウサギは当たらなかったんだ。」
「いいよいいよ、ウサギさんは昨日もらったから大丈夫!
あ!これね、これがりりの宝物なの!キレイでしょ?見て!見て!!」
りりが見せてくれたのは、川原で拾ったのだろう、綺麗な石だった。
蒼や緑、白の綺麗な石をお菓子の空き缶に入れて持ってきてくれたのだ。
「あぁ、きれいだな。見せてくれてありがとな。」
愛想よく言えなかった俺の言葉に、りりは満足そうに笑顔を見せる。
「うん!すごいでしょ!全部りりが集めたんだよ!!」
そういうと、りりは石を丹念に選び始める。
「うーんとねー、お兄ちゃんにはこれが良いかな!ハイ!どうぞ!」
りりが差し出したのは、白く透明な水晶の様な石だった。
「い、いいのか?これ。すごくきれいだから大事なもんじゃないのか?」
「いいの!お兄ちゃんはりりに宝物をくれたから、特別にあげるの!」
俺は石を受け取ると、お返しに人造人間ケイジィのカードを差し出す。
すると、りりは、
「これは怖いから要らないよ!お兄ちゃんが持ってていいよ!」と断られてしまった。
そんな風にして、俺とりりはそれからも公園でちょくちょく会うことが増えた。
いつも、俺のカードをのぞき込んでは、一方的におしゃべりして、りりは走って去って行く。
最初こそ気乗りしなかった俺だったが、慣れてくると次第にりりが来るのを俺も待つようになっていた。
そんなある日のことだ。
いつも元気なりりが珍しく落ち込んで公園に現れた。
俺は、レアカードの女神リィスと吸血鬼カーミラのカードから目を上げると、りりに声を掛けた。
「どうした、今日はやけに元気がないな。ママに怒られたりしたのか?」
その問いかけにりりは力なく、答える。
「ううん・・・違うの・・・」
りりは続ける。
「お兄ちゃん。りりはペット屋さんになれないの?マキちゃんがね、りりはドジな子はペット屋さんになれない!って言うの・・・」
俺が言い淀んでいると、りりは泣きそうな顔をしながら俺に聞いてくる。
「やっぱり、ドジな子はペット屋さんになれないの?お兄ちゃんもそう思う?」
今にも泣きだしそうな顔を見ていられなくて、俺は思わず言ってしまう。
「そんなことないぞ!そんなこと言うやつには勝手に言わせとけばいいんだ。りりが夢に向かって頑張れば、必ずペット屋さんだってなれる!俺が保証してやる!」
「本当に・・・?」
俺を見上げるりり。
「あぁ、本当だ。りりが頑張れば、絶対に夢は叶うんだからな。あきらめちゃダメだ。」
俺の言葉に自信を取り戻した様に笑顔になったりりが言う。
「やっぱり、りりはペット屋さんになれるんだね!りりはぜったいあきらめないもんね!」
「そうそう、その調子だ。頑張って目指すんだぞ。」
「うん!・・・あ、ねぇねぇ、お兄ちゃんはなに屋さんになりたかったの?」
そういって、ニートに夢を訪ねるりり。夢という言葉が持つ鋭さを知らずに振るったその刃は俺の心をぐさりと抉る。
俺の夢・・・?俺はずっとこんな風にダラダラと過ごせればいいんだよ。それだけが願いだ。
夢なんて大層なもの、俺は持ち合わせていない。。。
・・・でも、そんな夢の無いことを俺が言ってしまっていいのか?
せっかく自信を取り戻したりりがまた落ち込んでしまうんじゃないのか・・・?
そんなことが俺の頭の中をぐるぐる回る。
しばらく悩んだ俺は意を決して、りりに言う。
「お兄ちゃんの夢はな、建築家になることなんだ。学校でお勉強したんだけど、今はちょっと建築家になるのは休憩しているんだ。」
「・・・ケンチクカ?」
「お家とかお店を建てる人のことだよ。」
「お兄ちゃん、お家建てられるの!?スゴいスゴい!!ねぇねぇ!いつ建てるの!?いつ建築家になるの!?」
りりが大騒ぎして俺にまくしたてる。
「そうだなぁ。今は建築家になるためにお勉強しているところだからなぁ。いつになるかなぁ。」
「じゃあ!じゃあ!りりが大きくなったら、建築家になってる!?」
「う~ん。りりが大人になる頃にはなってるかもしれないな。」
今の一瞬を乗り切ればいいと思い、俺は考えもせず、言ってしまう。だが、この一言がまずかった・・・
「やったぁ!!じゃあ、りりのペット屋さんはお兄ちゃんに建ててもらうことにする!!りり頑張るから約束ね!!絶対だよ!!」
「お、おいおい・・・」
俺が言い終わる前に、嬉しそうに飛び跳ねながら、勢いよく走り去っていくりり。
公園の入り口のところで、こっちを振り向いたかと思うと、大きな声で「約束だよー!!」と叫んでいた。
次の日のこと。いつもの様に俺は、魔法少女まじかるうーみんのパックを開封しようとベンチに腰かけていると、りりがやって来た。
今日は後ろに綺麗な女の人も一緒だった。
りりが俺に駆け寄ると、大きな声で言う。
「お兄ちゃん!昨日はありがとう!!りりね、お礼にママと一緒に美味しいケーキを作ったの!りりの大好きな白玉と絹さやのケーキ!!」
何だそのめちゃくちゃマズそうなケーキは・・・!?
俺がりりの言葉に固まっていると、りりの母親が話しかけてきた。
「いつも、この子の相手をして下さって、ありがとうございます。この子、いつもこんな調子でうるさいので、きっとご迷惑でしょう。なのに、いつも付き合って下さって、本当にありがとうございます。」
深々と頭を下げると、りりの母親は話を続ける。
「昨日、落ち込んで学校から帰ってきたら、何も言わずに出て行ってしまったのでとても心配していたんです。ですが、帰ってきたら、嘘のように元気になっていて驚きました。訳を聞いてみると、お兄ちゃんと約束したんだ!って嬉しそうに話すんです。大事な約束までして頂いて、本当にありがとうございます。」
どうやら、りりの母親は俺をニートではなく、本当に建築家のタマゴだと思っているらしい。
否定したいが、女性経験が全くないコミュ障の俺には、美人に話しかけるなんて出来るわけない・・・
モゴモゴしている俺を見て、りりの母親は小さな箱を取り出した。
「これ、ほんの気持ちですので、りりと一緒に作りましたので、よかった召し上がってください。昔、ケーキ屋で働いておりましたので、味は保証しますので。」
そう笑顔でケーキを差し出すりりの母親。
「この子、帰ってきてからずっと、お兄ちゃんと約束したから絶対ペット屋さんになるって聞かないんです。お兄ちゃんにお店を作ってもらうのがこの子の目標みたいで・・・もしも、将来、そんなことがありましたら、是非ともよろしくお願いします。」
またしても深々と頭を下げるりりの母親。
のど元まで、「俺はニートなんです。そんな夢、俺には叶えられません」という言葉が出かかるも、
りりとりりの母親の嬉しそうな顔を見ていると、そんなことも言えなかった。
黙ったまま、笑顔で手を振りながら帰る二人を見送る俺。
「あぁ・・・言えなかった・・・」
空を見上げて、俺はつぶやく。
(どうするか・・・このままじゃ、約束なんて守れるわけねぇじゃん。ニートがペット屋なんて建てられる訳ねぇだろ。くそっ!なんであんなことを言っちまったんだ、俺の馬鹿野郎・・・)
頭の中のひどい混乱から逃避するように、俺はパックを開ける。
大ふへん者源たん改・・・外れだ。
(いっそのこと、明日にでも全部正直に話して、謝った方が良いだろうか・・・)
孤高のすし職人しろ・・・外れだ。
(ニートが調子に乗ってるからこんなことになるんだよ・・・最初から無視しておきゃ良かった・・・)
おくら狸たった・・・外れだ。
(でも、諦めなければ、今からでも建築家になれるんじゃないか・・・?)
梅の妖精 澪姫・・・だだのレアか。
(いや、こんな2年もニートしてて、建築家になれるワケが無い。そんな人生甘くないに決まってる・・・
でも、今からだって、本気になったら、もしかしたら、こんな俺でも・・・)
「あ・・・」
最期のカードはまじかるうーみんの水着カード。
再び、空を見上げて、頭の後ろで手を組む。
(あー、うーみん当てたら、明日からやることねぇなぁ・・・)
俺は、おもむろにりりの母親から貰った箱を開ける。
そこには、大きな文字で「ありがと」と書かれたチョコプレートの載った旨そうなケーキがあった。
一口食べてみると、絹さやの程よい渋みと白玉の弾力が調和していて、旨かった。
(ガチるのは俺のキャラじゃないんだよなぁ・・・)
目をよく凝らして見たうーみんのカードに、ポッチは無かった。
ーーー
「・・・よし、っと。こんなもんでいいかな。」
俺は小さいながらもきれいに整えられたオフィスを見回して満足そうに頷く。
窓を少し開けると、気持ちの良い風がオフィスに飛び込んでくる。
ピンポーン!・・・オフィスのインターホンが鳴る。
俺は、ネクタイを締めなおして、気合を入れながら、オフィスのドアを開ける。
そこには、一人の綺麗な女性が立っていた。
「あの時の約束、叶えてくださいっ・・・!!」
昔と少しも変わらない元気な声で彼女が言う。
「はい、15年間お待ちしておりました。」
そういって、俺は初めてのお客様を中へご案内する。
閉じた扉には、一枚のプレートが掛かっていた。
『TAKESHI建築事務所』
おしまい