カラオケに行こう
新入生歓迎球技大会を終えた僕たちは休日を迎えていた。
他の住人達もちょうど休みだったので、みんなでどこかに行くということになったのだが、現在みんなの意見が分かれている最中である。
「遊園地にしましょうよ!」
「いや、ボウリングだろ!」
そう言いあっているのは、りっちゃんと新城優一である。
こんな言い合いを始めてから、かれこれ三十分ほど経っている。
「ねぇ、新君は行きたいところとかないの?」
りっちゃんは急に僕に話を振ってきたのだ。僕は少し考えた後、田舎にはなかったカラオケに行ってみたいと思い、
「僕、カラオケに行ってみたいです!」
と答えた。
すると、みんな少し驚いたような顔をしていた。
「新君、行ってみたいってことは、今までカラオケに行ったことないの?」
「はい、僕の住んでいたところには、カラオケは無かったです」
「そっか、新君の住んでたとこ田舎だって言ってたもんね。よし! じゃあ、カラオケに行くか!」
りっちゃんはさっきまで遊園地に行きたがっていたのにさらっと意見を変えた。それに対して、新城優一は少し不満そうな顔をしていた。さっきまでの言い合いは何だったのかと思うほどあっさりと今日の予定が決まった。
そして数十分後、全員の準備が整ったところでカラオケへと向かった。
シェアハウスを出るときには、新城優一は先ほどまでとはうって変わって、かなり乗り気になっていた。人ってたった数十分で気持ちが変わるものなんだなぁ。
僕らは、りっちゃんの運転する車でカラオケに向かっていた。
正直に言うと、車に乗る前まではかなり不安だった。
出会ってからそこまで長い時間を過ごしてきたわけではないのだが、りっちゃんの性格が大雑把だということはわかる。なので運転も大雑把な運転をするのではないかと思っていた。
だが、実際はそうではなかった。
りっちゃんの運転はかなりうまかった。運転免許を取得してから2、3年しか経ってないとは思えないほどだった。
「意外だ……」
僕は、無意識に心の声が漏れてしまっていた。
「あ・ら・た・く・ん? 何が意外だって?」
僕は慌てて口を押えたが言い終わった後に口を押えても意味がないとすぐに気づいた。
りっちゃんは、僕が無意識に言っていたことに気づいたようで一言こう言った。
「聞かなかったことにしてあげる、次はないからね?」
その会話を聞いていた莉夜が隣で少し笑っているのが見えた。
そして、僕らはカラオケ店に到着した。
カラオケ店に入ると、僕は初めて来るカラオケ店に驚いた。きれいな内装に、、会計する場所も、まるでレストランのように見えた。
僕らはカラオケ店の店員に連れられ、大きめの部屋に着いた。
僕が驚きのあまり目を大きく見開きながら、感動していると
「初めてのカラオケ店、どう?」
莉夜がにっこりと笑顔で問いかけてくる。
「うん! カラオケってもっと質素な場所を想像してたけど、こんなにきれいな場所だとは思わなかったよ!」
「よかった。じゃあ、歌う歌も決めないとね」
自分でカラオケに行きたいと言っておいてなんだけど、あまり歌とか聴かないから歌える歌が全然ないことに気が付いた。
「新、どうしたの?」
莉夜が少し心配そうにしている。
「実は、カラオケに行きたいって言っといてなんだけど、歌える歌がない……」
「本当に? じゃあ、私と一緒に歌う?」
「いいの? じゃあ、お願いします」
「歌うまでに、少しでいいから歌詞覚えといてね」
僕は莉夜と一緒に歌うことになった。
そして、僕は急いで歌詞を確認した。
僕が歌詞を覚えている間にみんな歌っていたのだが、みんな歌が上手過ぎてどんどん不安になっていく。そしてついに、僕の番が回ってきた。僕はマイクを手に取り、莉夜と一緒にみんなの前に行く。
前奏が流れ始める。
それと同時に心拍数も上がっていく。
ついに、歌の部分が始まった。
僕は、覚えた歌詞を一生懸命歌った。
緊張で声が少し裏返ってしまった。
それに気づいた莉夜は僕に笑顔で
「楽しもっ」
と声をかけてくれた。
そのおかげで僕は落ち着きを取り戻し、ちゃんと歌えるようになった。
歌い終わると、みんな拍手をしてくれた。
「新君、歌上手いね!」
「すごい上手だったよ!」
みんな僕を褒めてくれた。
その後も、何曲か歌い、僕たちはカラオケ店を出た。
莉夜がいなければ、ほぼ100パーセント僕の黒歴史が生まれていただろう。
帰りの車の中、僕とりっちゃん以外みんな疲れて眠ってしまっていた。
僕の隣には、莉夜が眠っている。僕はつい、見とれてしまっていた。
「キスでもするつもり?」
りっちゃんがからかうようにして僕に言ってきた。
「ち、違いますよ! そんなことするわけないじゃないですか!」
前から思っていたが、りっちゃんは人をからかうのが好きなようだ。
りっちゃんがからかってくるので、それに反論していると突然右肩に少し重みを感じた。右肩に方を見てみると、そこには、眠っている莉夜の顔がそこにあったのだ。
僕が慌てふためいていると、
「疲れてるみたいだし、そのままにしてあげて」
またからかっているのかと思ったが、りっちゃんは、からかっているわけではないみたいようだ。
僕は言われたとおりに、何もせず、その最高に幸せな状況のままシェアハウスに着くまでの時間を過ごしたのだった。