プロローグ
「私たち2人だけの約束ね」
彼女はそう言うと消えてしまった。
整った綺麗な顔、黒く長い髪、夢から覚めても鮮明に思い出すことができる。
「またこの夢か」
ここ最近、僕は毎日のように同じ夢を見る。初めて夢で出会ったその日から、僕の頭の中は彼女のことでいっぱいだ。
ぼんやりとした頭で時計に目をやる。やはり五時十分だ。この夢を見ると決まってこの時間に目が覚めてしまう。
シャワーを浴び、歯を磨き、そして学校へ行く準備をする。
僕は高校入学を機に上京してきた。本来ならば、昨日からシェアハウスに入居する予定だったのだが、一昨日関東を襲った台風の影響で荷物の配達が一日遅れるという連絡を受け、急遽一日だけ叔父の家にお世話になった。
「叔父さん、いってきまーす!」
学校に着くと、入学式の行われる体育館へと向かった。
体育館に入るとまだ開式一時間前にもかかわらず喜びにあふれている数組の家族が待機していた。
そして午前九時、学校のチャイムの音が高々と響き渡る。チャイムが鳴り終わるとすぐに壇上の淵から校長が出てきた。校長は新入生に対しての祝辞を述べたのだが、ありきたりの祝辞で僕の高校生活は幕を開けたのだ。
入学式が終わるとすぐにクラス表が貼り出されているという校舎前へと向かった。校舎前に着くと、そこにはこれから三年間関わっていくであろう生徒たちの名前が校舎前に設置されている掲示板のようなところに一面に貼り出されていた。名前は五十音順に表示されていた。僕はすぐさま自分の名前を探し始める。
「川上……、川村……」
そして、
「神橋新……あった! 僕の名前だ!」
僕は思わず声に出して叫んでしまった。ふと我に返ると、周りの視線はすべて僕に向いていた。急に恥ずかしくなり、急いで教室へと向かった。
一年二組。ドアを開き、教室全体を一瞬だけ見渡し自分の席を探す。周りの緊張と視線を感じつつも自分の席に着いた。
「ねえ、君さっき叫んでたでしょ?」
「ひゃいっ!」
僕は、急に声をかけられ思わず変な声を出してしまった。
「ひゃいって何よ、やっぱりあなた変人ね!」
「おい、まずは名前くらい名乗れよ」
笑っている彼女の後ろから、少し大柄な男子生徒が彼女の頭を軽くたたいた。
「ひゃいっ!」
「お前も変人じゃないか。うちの変なのがすまんな。俺は近藤健、こいつは幼馴染みの坂嶺苺。よろしくな。」
「僕は神橋新、こちらこそよろしく。」
そう返しつつ、僕は坂嶺苺の頬が赤く染まっていることを見逃さなかった。
キーンコーンカーンコーン
「おっと、もうこんな時間か。俺三組なんだわ、うちの変なのと仲良くしてやってくれ。じゃあまたあとでな。」
近藤健が教室から出て行ったのを確かめると、僕はすかさず
「坂嶺さんは近藤くんのことが好きなの?」
変人と言われた仕返しつもりだったのだが、
「な、なんでわかったのよ!」
その動揺した顔は名前の通り、まるで苺のようだ。
ガラッ
「はーい席についてー、ホームルームを始めます」
「みなさんご入学おめでとうございます」
坂嶺苺は腑に落ちないような顔をしたまま前を向いた。
ホームルームが終わり、帰りの支度をしているところへ坂嶺苺が勢いよく僕の前に飛び出してきた。それと同時に近藤健が教室に入って来たからか、彼女は何か言いたげなままそれをくちにすることは無かった。
「ねえ、神橋くんの家はどの方向?」
「向かいのコンビニを右にまっすぐ行ったところ」
「じゃあ俺らと同じだな、一緒に帰らないか?」
入学式の日から他の人と一緒に下校できるとは思ってもみなかった。
「そういえば、神橋くんはどこの中学校だったの?」
「実は僕、三重から来たんだ。それも、すごい田舎の方」
「え! まじで? てことは、高校からここなんだ!」
僕らはすぐに意気投合し、他愛もない話をしながら帰路に着いた。
「なあ新、連絡先交換しようぜ」
「もちろん!」
僕はスマホを取り出すためにポケットに手を入れ、あることに気が付いた。
「あれ? スマホがない!」
「あんた間抜けね」
笑っている苺を尻目に僕は頭をフル回転させ、どこに忘れたかを思い出そうとする。
恐らく学校の机の中に入れたまま、取るのを忘れたのだと思う。
「一緒に探しに戻ろうか?」
健は心配そうにこちらを見る。
「友達なんだから遠慮しなくてもいいのよ?」
苺が発した意外なセリフには驚いたが、二人に迷惑をかけるわけにはいかない。
「大丈夫、やっぱり二人に迷惑かけたくないし、明日連絡先を交換しよう」
「そういうことなら。うん、わかった。でも明日は必ずな!」
「明日はスマホ、忘れないでよね」
苺も案外悪い奴ではないのかもしれない。
僕は、二人と別れるとすぐに学校へと戻った。
教室に戻り、案の定自分の机の中にあったスマホを回収し、再び帰路に着いた。
学校生活初日から友達ができるなんてとてもいいスタートだ。その時の僕は喜びで浮かれながら帰っていた。
ふと顔を上げると、少し前を女子生徒が歩いていた。その女子生徒が角に差し掛かった時、僕は言葉を失ってしまった。角を曲がるほんの一瞬だったが整った綺麗な顔立ち、黒く長い髪、間違いなく夢に出てくるあの子だったのだ。
「いや、まさかな」
この時はこれが運命的な出会いだったことを僕らはまだ知る由もない。