9話「アンダーリゾート」
まるでどこまでも続くかのように錯覚する階段。
ここの階段、降りるたびに微かに足下から魔力の反応らしき物を感じる。何かしらの魔術的仕掛けが施されているのかも。私は元々魔術師としての適性が高いのだけど、あの禁呪書を読んでから魔力には更に敏感になった。
「良い場所……ね。……なるほど」
私の言葉に対しなんだか含みのある返答をしたオーツが、階段の先にあるドアに触れた。
「“解錠せよ”」
そう呟いたオーツの手元が淡く緑色に光る。あれは、魔術を行使した際に出る魔力光だ。人によって色は違うらしいけど、ほとんど人は青か緑らしい。
「どうぞ」
音もなく開いた扉の先には豪奢な絨毯のひかれた廊下があった。左右に扉がいくつかあり、奥にはまだ下に続いていそうな階段がある。
「エルドア、今日は5番の部屋だ。君の魔力で開くようにしてある」
「ああ」
廊下に入って、右側にある3番目の扉の前で立ち止まると、エルドアがドアに触れた。
「“解錠せよ”」
緑の魔力光と共にドアが開く。中に入ると、ちょっと応接間になっていた。
私とエルドアが隣り合って、部屋の中央にあるソファに座った。
「お茶でも如何ですか? それとも葡萄酒を……おっとルーチェ姫はまだ未成年か」
「ワイン!」
「座ってろアホ。二人とも茶でかまわん」
せっかくワイン飲めると思ったのにエルドアに叱られた。ちなみにこの世界では12歳の誕生日で成人扱いとなる。つまりあと2年はお酒が飲めないのだ……。ビール! ワイン! 飲みたい!
「ははは……クロイツのご令嬢は噂よりもずっと素敵だ。なるほどなるほどエルドアが惚れ込むわけだ」
「冗談はよせオーツ。リディアさんとクロイツ師に殺される」
「良いんですよ? 惚れても」
勢いで言ったけど、エルドアはぽかりと頭を叩くだけだった。まあ10歳の子に言われても嬉しくはないよねえ。
「ハッハッハ! 良いね。気に入った」
なぜか嬉しそうにオーツはお茶を出してくれた。この世界でも紅茶が貴族の嗜みらしい。
「改めて、ようこそ僕の城、【ビルゼンの地下楽園】へ」
「上の宿屋は営業はしているが、ほぼダミー。ここは密談、商談、密会用の場所だ。こいつはここで荒稼ぎをしているんだ」
「なるほど、微かに魔力を床から感じますね。何かしらの仕掛けを……いえ、お気になさらず」
「流石は——歴代最高と謳われるクロイツ師の御息女、素晴らしい」
「余計な事をあまり言うなよルーチェ」
「はーい」
私はお茶に口を付けた。よく分からない作法なのだけど、基本的に女子供が先に口を付けないといけないらしい。
んーやっぱり紅茶については前世の時の方が美味しかったなあ。
「それで? ルーチェ姫は何を求めてこんな王都くんだりまで? この街には堕落と憎しみと怨嗟しかない」
「ここと王都を一緒くたにするなオーツ。ルーチェ、こいつはこんな感じだが信頼出来る。話してやれ」
大仰な身振り手振りで会話するオーツに呆れた声を出しながらエルドアが私へと話を振った。
とりあえずざっくり、地下牢獄に行って会いたい人がいる事を伝えた。
「地下牢獄!? これはまた……なぜそんなところへ? あそここそまさに“堕落と憎しみと怨嗟”しかない場所だ。決して貴族のご令嬢がお遊びでいく場所ではない」
「だから、だろ?」
含みを持たせた物言いでエルドアが答えた。
「なるほど……ふふふ何やら面白い事になってそうだなあ……エルドア、僕も一枚噛ませてくれよ」
何かを察したオーツが悪そうな笑みを浮かべている。
おーい、私の死亡フラグ回避をなんか大げさに見てないこの人達?
「しかし、地下牢獄に潜るとなると……準備が必要だ。少し時間を欲しい。何、1時間もあれば済む」
「ああ、頼む」
オーツは立ち上がると、部屋から出ようとする前にこちらへと振り向いた。
「まあここで、ゆっくりしといてくれ。イチャイチャすんなよ?」
「っ! アホか! さっさといけ!」
ごゆっくりーと言いながらオーツがにやにやしながら扉を閉めた。
「まったくあいつは……」
「楽しい人」
「昔からああいう奴なんだ」
「付き合い長いの? 是非その話を聞きたいなあ」
「……大して面白い話もないぞ」
「紅茶のお供ぐらいにはなるでしょ?」
「やれやれ……」
こうして私はエルドアの思い出話を聞きながら、オーツの帰りを待ったのだった。
密会には最適な場所です