12話「時の逆撫」
次話より更新頻度を減らします
予めご了承お願いいたします。
「君は最初からここにいた……もしくは最初からいなかった……」
クロイスの言動はとにかく霧を掴むように不確かで、私は混乱する一方だった。
とにかく駄目だ。彼のペースに合わせていたら何も進展しない。
こんなとこで泣いたって何も解決しない!
私は涙を拭った。
「いたとかいないとか、もうそんなのどうでもいいの! 私は戻りたいの!」
「不可逆に逆らう事こそ旅人の本懐……そうクロイスは考える」
「またそうやって訳分かんない事いって煙に巻いても駄目! 出口を教えて!」
「出口はない。君に出来るとすれば……それは【時の逆撫」
「時の……逆撫?」
クロイスの言葉で、頭の中でカチャリ、と鍵の開く音が聞こえた気がした。
私は——その言葉を——その魔術を知っている。
「そうか……そういう事か……ありがとうクロイス!」
「礼は要らない……君は時の旅人……君の記憶のほんの一欠片になっていれば……それでいい」
「うん、覚えておく! 貴方は……これからもずっとそこにいるの?」
「そう……でももう大丈夫……」
そう言うと、クロイスが笑った……気がした。
そしてそのままクロイスはポロリと何かを落とした。
「……何だろこれ」
クロイスの手から落ちたのは小さな巻き貝の空だった。殻には色んな色の鉱石の粒が埋まっており、まるでミニチュアの宇宙みたいで綺麗だった。
「クロイス、これ落とし……た…………」
私はそれを拾うと、クロイスに返そうとした。
しかし、先ほど喋っていたはずのクロイスは——ただの石像になっていた。
彼はもう動かないし喋れない。なぜか私にはそれが分かった。
「……ありがとう。さよなら」
私は、クロイスの像に向けて頭を下げると、杖を掲げた。
詠唱なら分かる。
「“愛に生き時を愛でる者よ、可逆の僕となりて時の水面に波紋をたてよ”【時の逆撫】」
赤い魔力光が全身から溢れる。私の足下に魔方陣が出現し、発光しながら回転を始めた。
私が、回っているのか、世界が回っているのか。
意識が消える。
最後に目に映ったのは……美しい残骸の都と、クロイスの時計台だった。
☆☆☆
「……チェ!……ルーチェ!」
「っ! あいた!」
呼びかけに目を覚まし、起き上がったと同時に頭に衝撃。
「痛つつつ……お前……石頭だな……」
目を開けると、そこには、おでこが真っ赤になって涙目のエルドアと、心配そうにそれを見つめるオーツの姿があった。
どうやら倒れた私を心配して覗き込んだエルドアに私が頭突きを食らわせてしまったようだ。
「あれ……ここは?」
辺りの様子を見る。うん、やっぱり地下牢獄だ。特徴的に……あの【古い看守の部屋】の手前だ。
「大丈夫か? 記憶に障害が出てるんじゃないかエルドア」
心配そうに声をかけてくれたオーツに私は首を横に振った。
「大丈夫……全部覚えてる」
「急に倒れてびっくりしたぞ……いったん上に戻ろう」
そういうエルドアに私は同じように首を振った。
私はエルドアの手を借りて立ち上がった。掌の中で巻き貝の殻が静かにその存在感を訴えている。
「いける。大丈夫」
「おい、待てルーチェ!」
私は【古い看守の部屋】へと走る。
そこには倒したはずのタコ看守が二体いた。
「むやみやたらに飛び出す——なんだあいつら!」
後に続くエルドアがまるで初めてあいつらを見たような反応をする。
「やっぱり……巻き戻ってる」
私は、素早く火の精霊魔術を2回タコ看守に向かってそれぞれ放つ。
「あとは任せたエルちゃんとオーツ様!」
私はそういって、踵を返す。
「おい! ちゃんと説明しろ! ええいくそ!行くぞオーツ!」
「お、おう!」
火で悶えるタコ看守に二人が剣を振りかぶったのを横目に、後ろの通路へと私は杖を向けた。
「“焦土に咲き誇れ”【墨染竜華】」
予想通り通路を抜けてこちらへと迫るもう一体のタコ看守の足下に、無数の彼岸花がまるで燃えるように咲き始めた。
それらが爆ぜて、爆炎を生み、タコ看守もろとも通路を焼き尽くした。
あれでは、あと何匹いても一緒に燃えただろう。
確信があったとはいえ……やっぱり私……一度に使える魔力量が上がっている。
あそこに行ったせい?
「ルーチェ! 勝手に行動するな!」
「ごめんなさいエルドア……」
タコ看守にトドメを刺したエルドアがこちらへと駆け寄ってきて私の頭をポンとはたいた。
「何かあったらどうする……」
「うん」
「まあまあ……こうして無事でしたし。しかしなんですかあのタコの化け物は……薄気味悪い。
「あ、鍵! あいつら鍵持ってませんでした!?」
私は、炭となったタコ看守の遺体へと近付く。
「ああ、これか?」
エルドアが倒した方のタコ看守の遺体のそばに古そうな鍵束が落ちていた。
「それ!」
「じゃあ俺がとりあえず持っておくぞ。これで牢を開ける必要があるのだろ?」
「——その必要はない」
しゃがれた声が響く。私は杖を、エルドアとオーツは剣を構えて、声のする方向へと身体を向けて。
看守の部屋の奥から現れたのは、ぼろ切れを纏った一人の老人と、少年だった。
老人は髭も髪も伸びっぱなしで、細い木の杖をついていた。
少年も薄汚い格好だが、長く尖った耳が印象的だ。彼は濁り一つない翡翠のような瞳で私を見つめていた。
「こんな地下で……誰だ? 禁術を使ったアホは」
「……」
呆れたような声を出す老人と、無言でその横に立つ少年。
ああ……。
ようやく会えた。
私は、その二人にこう声をかけた。
「初めまして……ライデル様……それに……ライト」
ついに賢者登場!