11話【滅びし瞬きの都市】
「痛っ……」
遙か上に見える落とし穴。
床に激突する際に咄嗟に軟性魔術を床へとかけたおかげで、軽傷で済んだ。
すぐに切り替えて、私は起き上がった。
まずいまずいまずい。ここは……未知だ。
私は辺りを見渡す。
そこは埃っぽいクリーム色の壁と床に囲まれた廊下だった。あの地下牢獄のような石造りでもないし、気持ち悪いぐらいに整っている。
壁も床も凹凸ひとつない、まるで鏡のように水平になっている。一片の歪みもない長方形の中にいる感覚。
「ここは……どこ? こんなところはゲームにはなかった」
ゲームのあの場所に落とし穴はあったし、試しに落ちた事もある。下の階層に落ちるだけでマップを覚えている私ならすぐにエルドア達と合流出来る。
だから、それしかなかったとはいえ、わざと落ちたのだ。
上を再び見上げると、廊下の天井部分の落ちてきたはずの場所が塞がっていた。これでは、エルドア達が落ちてくる事も出来ないかもしれない。
「やばい……これは非常にまずい」
色々と細かい差異がこの世界とゲームとの間にあったけど……ここまで致命的な差異があると対応しきれない。
「とにかく、一人は危険過ぎる……早くと合流しないと……」
前、と言ってもどっちが前か謎だが、廊下は前後に延びているので、どちらに進むかを決めなければならない。
より、上に戻れそうな方だ。
私は杖で、火の精霊魔術で最初に習う、煙の魔術を使った。
「“揺らめけ”【紫煙】」
杖の先から紫にも見える煙が立ち、ゆらゆらと揺れる。
それが微かに、右手側へと流れる。
「ということは」
右手側に風が吹いている。その先が地上に繋がっているかもしれない。
私は杖を構え、慎重にそちらの方へと進んでいく。
「“探知せよ”【罠師の嗅覚】」
念の為、罠探知の魔術も掛けておく。出来れば更に、魔術による罠を看破できる魔力視を行いたいのだけど、これは発動させると莫大な魔力量を発動中ずっと消費するので、いざという時に小出しに使うしかない。
クリーム色の廊下は延々続いているように錯覚する。
なんだろうか、窓も扉も何もない病院の廊下を歩き続ける感覚。
「明らかに……技術が違う」
この世界って中世〜近世のヨーロッパ辺りと同じ文化水準だけど、もちろん魔術があるせいで一部は地球よりも高い部分がある。だけど……こんな廊下は見たことがない。
今のミールディア王国の技術で作れる場所とは思えない。
その疑いを決定的にしたのは、廊下の行き止まりにあった扉だ。
扉は壁と同じ謎の材質で出来ているが、ぴったりと閉じて掴むところもなく自力では開きそうにもない。
何より、扉の横の壁に何やら付いている。
「指紋認証? 嘘……」
そこには機械のような物体が取り付けられていた。それは私の前世の日本で普及していた指紋認証機によく似ていた。
手のひらをスキャンする為の部分が付いており、どう見てもそれと連動して扉が開きそうだった。
「戻るしかないか……」
一応念の為、一瞬魔力視を使うとやはり反応があった。
「ということは……魔力認証的な何かかな?」
この世界にはオーツの地下楽園にもあったような、魔力波を登録した者にしか開けられない鍵がある。
私はダメ元で試しにその認証機へと手を乗せた。
「“解錠せよ”……っ!」
私の赤い魔力光を吸い込んだ認証機が機械音を発した。
と同時に扉が音も無く開いた。
「なんで……開いたの?」
魔力波は指紋のような物で、個人個人で違う。勿論偽装する魔術はあるのだけど、当然そんな物は使っていない。
となると考えられる事は一つ。
「私の魔力波が登録されていた?」
あり得ない。だってこんなところに来るのは初めてだし、そもそも魔力波測定の義務は成人の時だから私はまだやっていない。
「……とにかく進もうか」
ここで考えても埒が明かないし、何より扉が閉まるかもしれない。
扉の奥にはまるで外に出たと錯覚するほど、地下とは思えない広大な空間が広がっていた。
扉はこの空間の床よりどうやらかなり高いところに繋がっているみたいで、まるでテラスのように壁から突き出た部分に私は足を踏み入れた。
「なに……ここ……」
朽ちた、美しい装飾品で飾られたタイル貼りテラスには人の大きさほどの時計台が建っている。
だけど私はその奥に目を奪われた。
テラスの向こう。その広大な空間には——美しく、でも朽ち果てた……都市があった。
螺旋を描くビルのような建造物がドミノ倒しのように倒れており、巻き貝のような塔が半ばで折れていた。
思わず、テラスの縁に私は駆け寄った。
見下ろせば遙か下まで都市が続いている。広大な面積の都市を無理やりこの空間に押し込んだ。そんなイメージだ。
空間の天井にも建造物は生えており、ずっと見ていると上下感覚が狂ってしまいそうだ。
「ここは……」
『ここは……瞬きの都市……』
背後から掛かる声に私は杖を向けながら振り向いた。
そこには、時計台しかなかった。だけどその時計台の柱の部分に、人が埋まっていた。
いや違う。それは人ではなく人を模した物だった。
怖いぐらいに整った顔の青年だけど、目はガラスだし、時計台と一体化している身体の表面は皮膚のそれではない。
人形——そんな言葉がしっくり来るような外見だ。
「誰!」
杖を向けたまま、いつでも魔術を使えるように構える。
「クロイスはクロイスだよ……時の旅人よ」
青年が優しい口調でそう答えた。悪意も敵意も見えない。それでも油断はできない。
「貴方は……クロイスという名前なの?」
「クロイスはずっとクロイスだよ。生まれた時から……星が死ぬまで」
どうやらクロイスという名前らしい。
「ここはどこ? 貴方は何者? どうやったら……地上に出れる?」
私はクロイスへと矢継ぎ早に質問した。
「ここは瞬きの都市。永遠が瞬くほどの時間が過ぎた都市……滅びの概念……その循環……」
「そういう哲学的な問答はいいの! 私は地下牢獄に帰りたいの!」
「君は時の旅人。ここは滅び……終着点……一方通行の行き止まり、出口という概念はない……」
その言葉を最後まで聞かず私はさっき入ってきた扉へと走った。
「なんで! なんでないの!」
しかしそこにあるはずの扉がなくなっていた。
まるで最初から何もなかったように、ゴツゴツとした岩肌があるだけだ。
魔力視をしても何も見えない。
「クロイス! なんで扉がないの!? 何をした!」
混乱と焦りが私を支配する。
「扉なんて最初からなかった……」
「じゃあなぜ私はここにいるのよ!」
叫ぶように私は泣きながら杖をクロイスに突きつけた。
その無機質な目にはどんな感情もうかがい知れなかった。
ゲームになかったイベント。ここ重要です