10話「地下牢獄」
「……んー久々来たけど懐かしいなあ……あ、そこの盛り上がった床踏むと火矢飛んでくるので気を付けてくださいねエルドア様、オーツ様」
「あ、うん」
「お、おう」
エルドアの昔話を聞いているうちにオーツがあれやこれや荷物持って戻ってきたので、そのまま地下牢獄へと出発した私達。
貴族区の外れにある隠し入口(王都に住むエルドアとオーツですら知らなかったらしい)から地下牢獄へと入る。
松明の明かりで、私達3人の影が湿っぽい石造りの通路で揺れている。
蜘蛛の巣、足下を走る腐ったネズミ、侵入者……否脱走者を阻む罠。そういったもので構成されたこの地下牢獄を私を先頭にして進んでいく。
エルドアが、危険だから俺が先導すると言って聞かなかったが、毒ガスの罠に掛かりそうになってからは素直に私に従ってくれた。
なんせ私は何十回とここに潜っているのだ。罠や敵の配置を完璧に覚えている。
エルドアとオーツは軽鎧を装備し、腰にはショートソードを装備していた。私は初級魔術師用の短杖を用意してくれた。右手に杖、左手に松明を持って、暗く迷宮のように入り組んでいる地下牢獄を迷うことなく進む。
「る、ルーチェ姫は……ここに来た事が?」
訝しがるオーツがそう声を掛けてきた。まあ10歳の少女がこんなところ詳しかったら疑うのも無理はない。
「ええ。夢で何度も」
「夢?」
「はい。詳しくは中々お伝えしづらいのですが……」
「ふむ……まあ僕は信じますよ。レディには秘密は多い物だ。どうせエルドアは無粋だから根掘り葉掘り聞いたんでしょうけど」
「聞いてないぞ!」
仲良く背後で言い争う2人を微笑ましく思いながら進む。この先の三叉路を右に行けば……。
「えっと、お二人とも、おそらく戦闘になると思いますが準備はいいですか?」
右に行けば、【古い看守の部屋】に出る。そこにいる【古の看守】を倒さないと鍵が手に入らず、先に進めない。
乙女ゲーの癖にやたら凝ったダンジョンや敵を出すゲームだったけど、現実となると厄介極まりない。
「相手は?」
「二足歩行するタコ。頭から触手がうねうねしててかなりキモい。火に弱いので私の魔法で弱ったらトドメを刺してください。触手には毒が含まれているので刺されないように注意してください」
「よし……エルドアいけ!」
「お前も行くんだよ!」
曲がり角の先が部屋になっており、角から覗くと頭から触手が生えた化物——【古の看守】が2体うろついている。
「あ、そこ落とし穴あるので気を付けてください。よし、では二人ともよろしくお願いしますね!」
「ま、待てルーチェ! ええいくそ!」
「あんなものが王都の地下に……気持ち悪っ」
飛び出した私は杖を近い方のタコ看守へと杖を向けた。
「“燃え爆ぜろ——【炎球】”」
詠唱と共に赤い魔力光が辺りを淡くに照らす。同時に杖の先から火球が放たれた。
それはまっすぐタコ看守へと飛来し、着弾。
「キュイイイイイ!」
タコ看守が悲鳴を上げ、炎の中でもがく。
「疾っ!!」
床を蹴ったエルドアが燃え上がるタコ看守へと肉薄。持っていたショートソードを横薙ぎに一閃。
タコ看守の首が飛ぶ。
「まずは一体!」
「気を付けて! こいつら魔術も使えるから!」
もう一体の方へと走るオーツへと向かって、タコ看守が両手を向けた。淡く青色に発光する両手に私は杖の先を合わせた。
「“阻害せよ——【呪文霧散】”」
私の杖から放たれた赤色の光がオーツへと放たれた青い光球へとぶつかり、両方ともが消失する。
「ルーチェ姫は阻害魔法まで使えるのか!」
オーツがエルドアほどではないものの鋭い剣閃でタコ看守の両手を切り落とした。
私は続けてまた火球を放つ。それと同時にオーツの剣がタコ看守の頭を真っ二つに割った。
やったー! 一人で倒すよりずっと簡単だ! パーティ万歳!
と私は……こんな危険な場所であろうことか油断していた。
罠も地形もタコ看守の配置もゲームと全く同じだった。だから、未知はないと。
そう信じ込んでしまっていた。
私は、背後で青い魔力光が放たれている事に気付いて、ようやく振り向いたのだった。
曲がり角に現れたタコ看守が両手をこちらへと向けていた。
「っ! やばっ!」
「ルーチェ!」
通路を隙間なく埋める青い光球の群れが私へと放たれた。
思考が加速され、世界がスローモーションになる。ディスペル? 無理だ。間に合わない。避ける? この身体じゃ不可能だしそもそもあの量と数を回避するのはどうあがいても無理だ。
タコ看守と私の間は約1mほどで、目の前には落とし穴の罠がある。
ゲームではあんな奴背後から出て来なかった。そんな事を思いながらも、もはやどうしようもない。
退路は断たれた。活路は——前にしかない。私は青い光の洪水へと一歩踏み出した。
落とし穴が作動し床が消失、突然の浮遊感に襲われる。そして、一瞬で重力で囚われ、私は落ちた。
「ルーチェ!!」
頭上を青い光球が通り過ぎると同時にエルドアの叫びが聞こえた。
ガシャガシャン……チリンチリン……ヘルプミー……ガシャガシャン
「「「ラトリアの予感」」」