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女は度胸よ!!
自分に言い聞かせながらセイラは魔王との謁見に臨む。
ゆっくりと押しあけた扉の向こうからは苛立ちに釣り上げられた眉と鋭い眼がセイラを見ている。そのはずだった。
「パパ……?」
「……ノックはどうした。ノックは。それと仕事中はボスだ」
「そんなことどうでもいいわ」
もはや挨拶ともいえるくらいにお馴染みとなった言葉を聞き流してセイラは柳眉を寄せてノクトを凝視する。
なにやら高級そうな紙切れ……恐らく手紙だろうものを読みながら眉を寄せるノクトの姿はセイラに不信感を抱かせるには十分な姿だった。
そもそもセイラに言わせると、声をかけるまで自分が部屋に入ったことに気が付いていなかったことだけで十分にあり得ない。
セイラの予定では抜き身の刃のような鋭い視線と地を這うような低い声の嫌味に出迎えられるはずで、少なくとも上質な手紙を睨むように眺めながら黙考する姿に今こうして自分まで眉間に皺を寄せるなんてことなかったのだから。
「どうしたの?なにかあったの?」
注意深く細められた瞳と確信をもったセイラの声にノクトは内心舌打ちを零す。
いつもならもう五分は遅れてくるだろうが。どうして今日に限ってこんなに早く来やがるんだ。このクソガキは。
ただでさえもう面倒なのにさらに事態をややこしくしそうなセイラの登場にノクトは全ての元凶である手紙を見なかったことにして燃やしてしまおうかとさえ思った。
「ぱ―――ボス。もう一度お伺いします。なにがあったのですか?」
「なんでもねぇ。それよりさっさと書類を寄こせ」
「ボス、」
「本当になんでもねぇよ」
どうにも引きさがりそうにない娘にノクトは溜息を吐きながら手の中の手紙の内本当に面倒なことが書かれた2枚目とお決まりの挨拶が書かれている1枚目を手元に残して3枚目だけをセイラに差し出した。
「面倒な誘いがあっただけだ」
その言葉に促されるようにセイラは優美な文字を追いかける。
確かにそこに書かれているのはありきたりな子どもたちの自慢話と近く夜会を開く予定なのでその折には是非出席していただきたいという旨が丁寧に書かれていた。
「……これだけ、ですか?」
「不満か?」
「もちろん」
「なら、将来のためにこのくだらねぇ挨拶文も読むか?
ココまで長いやつを書いてくるやつもそういねぇ。勉強になるぞ」
手元に残った2枚の便せんをヒラヒラと振りながらニヤリと意地悪く笑って見せるノクトにセイラはガクッと肩の力を抜く。
すっかりセイラをからかう時の顔に戻ったノクトの言動が本当に深刻な問題がある訳ではないと告げている。
それでもセイラは何となく喉に引っかかるものがあるのを見過ごせなかった。
しばらくじっとノクトと睨みあって見るが時間の無駄だと悟ると小さく溜息を吐く。
そして目をそらさないままにしっかりと釘をさしておくことにした。
「そんな面白くもなんともないものいらないわ。
ねぇ、パパ。私はまだ子どもだけど本当に大変なことがあったら手伝う覚悟はできてるわ。
だから、隠さないでね。できることが少なくても私もアルバもちゃんと動くわ」
その言葉に驚いた顔をして自分を凝視するノクトにセイラは満足そうに笑うとそのまま部屋を出た。
どさくさにまぎれてお小言を回避できたことに小さなガッツポーズを作りながら。
満足そうに笑って出て行ったセイラにノクトは深い息を吐く。
けれどその唇は珍しいことに緩やかな弧を描いていた。
もう、何年も前。
自分の失態のせいで最愛を失いそうになった時に同じ目を見た。
あの時は今よりずっと切羽詰まっていたノクトを今のセイラよりも幼いリヒトが同じ目をして驚かせた。
『俺、俺、まだガキだし、できることなんて少ないかもしんないけど、何でも言ってね。
いっぱいいっぱいお手伝いするから!だから、はやく姉ちゃんを迎えに行こうね!』
状況は違う。ノクトの頭を悩ませている原因も。
それでも、親を支えようとする子どもの心は変わらない。
リヒトよりもずっと奔放で、親よりも兄を地でいく双子でもその覚悟は、決意は、変わらない。
「……しかたねぇ、今回は見逃してやる」
いつもより五分早いとはいえ時間に遅れてきたことには変わりないが今回に限り目をつぶることにしよう。
この明らかに握りつぶされた後のある皺くちゃの書類にも。