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完全幸福論  作者: のどか
平和な日常が戻ってきました
8/88

 リヒトが屋敷に帰ってきて数週間。

 セイラは意地の悪い父に大量の書類を押しつけられるという嫌がらせや面倒な雑務を押しつけられるという妨害にあいながらも、必死にリヒトとの時間を確保していた。


「セイラ、すごく頑張ってるね」

「そ、そんなことないです。でも兄様に褒めてもらえるのは嬉しいです」


 誰?

 もはや別人と化した姉を横目に見ながらアルバは喉まで出かかった言葉を押し戻すようにお茶を流し込んだ。

 さっきまで正反対の般若のような顔で「その挑戦受けて立つわ!!見てなさい、絶対に兄様の休憩時間までに終わらせて見せるんだから!!」と意味のわからない宣言を高らかにして、本当にやってのけたところは純粋にすごいと思う。

 マネをしようとは絶対に思わないけれど。


「アルバも程ほどにね」


 ごく自然に降ってきた言葉と共にくしゃりと頭を掻き撫でられてアルバは信じられないという面持ちでリヒトを見た。

 そこに映るのは諦めと心配の入り混じった瞳を細めて困ったように笑う兄の顔。

 アルバは言葉にならない声のかわりにコクンと頷いて見せた。


「困ったことがあったらちゃんと言うんだよ」


 ノクトの仕事を手伝うセイラと違ってアルバはほとんどそれをしない。

 手伝えと言われればやるがセイラのように自分から仕事を教えてもらって手伝おうとは思わない。

 そんなアルバが普段何をしているのか知っている人間は少ない。

 知っているのは夜の闇という特殊な組織を取り仕切るボスであり父であるノクトだけ。

 双子の姉であるセイラだってきっと知らない。

 ずっとそう思っていた。

 だからアルバは家を空けていた時間の長い兄が、たった数週間一緒に暮らしただけで気がつくくらいに自分を見ていてくれたなんて思いもしなかった。

 本当はそういう人だと知っていたけれど、言われて改めて思い知らされた。

 どれだけ、大事にされているか。どれだけ――――……。


「兄さん」

「ん?」

「だいすき」


 グサグサと突き刺さるセイラの視線をものともせずにアルバはぎゅっとリヒトの腹にしがみついた。

 優しくてアルバたちにこれでもかというくらいに甘いリヒトはきっと本当は止めたいのだろう。

 セイラと同じように目の届く場所に、いつでも守れる距離にいて欲しいのだろう。

 それでも、リヒトはアルバを止めたりしない。

 それがアルバにとって必要なことで、やり方が違っても昔リヒトが必要だと思ったことだから。

 だから、どんなに心配でもリヒトはアルバたちのために自分の望みを呑みこんで笑ってくれる。

 アルバのしたいようにさせてくれるし、困った時は本当に助けてくれるのだろうと思う。


「俺もアルバとセイラが大好きだよ」


 こうやって俺たちを平等に愛してくれる兄さんが大好きだ。

 姉さんはきっと、同じじゃイヤなんだろうけど。

 だけど、やっぱり俺もまだ兄さんは誰かにとられたくない。

 たとえそれが双子の片割れでも。

 だから、時々邪魔しちゃうのは許してよ。姉さん。

 ちゃんと協力もするからさ。



 自分をそっちのけでリヒトに甘え出したアルバにイラッとしたものの、その後すぐに自分も頭を撫でて貰えたのでセイラの機嫌が悪くなることはなかった。

 夢のような休憩時間が終わって仕事に戻ってしまうリヒトの後ろ姿は蕩けるような表情で見送りセイラは幸せに浸る。

 隣からグサグサと刺さる冷たい視線なんて知らない。


「この時間のために私はパパの仕打ちに耐えてるのよ……!」


 ぐしゃり。

 幸せを噛みしめるように力の入った手に握られているものが何かさえ忘れてしまっているセイラの姿にアルバはこっそりと溜息を吐く。

 今まさに目の前で無残な姿に変えられた書類はたぶんそのまま申し訳程度に皺を伸ばされて提出されるのだろう。

 書き直すなんてそんな面倒なことをするほどセイラは優しくない。

 それどころか「読めるんだからいいでしょ。文句あるなら雑務を全部押し付けるのヤメテよね!兄様との時間が減るじゃない!!」くらい言いそうだ。

 もちろんその正面には額に血管を浮かばせてブチ切れるノクトの姿がある。

 どちらにしてもこのまま自分の世界に入ったままだとセイラに雷が落ちるのは間違いない。

 乙女モードに入ったセイラほど扱いが面倒なものもないと思うが、ここに放置すると自分まで傍迷惑な親子のスキンシップ、もとい父と姉の乱闘に巻き込まれる。

 それはいやだ。

 とっくの昔に見えなくなったリヒトの背をいつまでも見送りながらささやかな幸せに浸っているセイラをアルバは仕方なく現実に呼びもどしてやることにした。


「姉さん、早く父さんに怒られてきなよ」

「な、なによ!今日の仕事はちゃんと終わったもん!パパに怒られることなんてないわ!!」


 無表情の癖に面倒臭さをにじみ出すアルバにセイラは無理やり現実に引き戻された。

 だが、幸いなことに今日の分として振り分けられた仕事は終わっている。

 珍しく誤字脱字のチェックまでした。怒られるいわれはない。

 ドヤ顔で宣言してみたのに、アルバの表情は変わらない。

 もともとリヒトの前以外では滅多に表情筋を動かさないけれど。


「手の中と時計、見た方がいいよ」

「あ。

 だ、大丈夫よ!ちょっと皺くちゃになっただけだから読めるわ!

 時間はいつものことだもの!!」


 大丈夫。問題ない。これくらいならなんとかなる。

 セイラは自分に言い聞かせながら、ちょっとだけ緊張した表情で強がって見せた。

 しかし、アルバの中でセイラが怒られることは既に決定しているので、開き直りともとれるタチの悪い強がりをサラリとながして「どうでもいいからさっさと行け」という視線を送る。

 その視線に背を押してもらうどころか突き飛ばされたセイラはしぶしぶ鬼の待つ執務室へと足を向けたのだった。




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