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ガックリと項垂れたジオにルナは呆れたように笑う。
「ジオったら気が早いわ。幾らアルバでもあと五年は待たないと」
「ちょっと待ってください姫様!私たちはそんなに早くあの子をお嫁に出す気なんてありませんよ!?五年ってステラはまだ十五だし、アルバ様だって十七……。
ていうかもうアルバ様に嫁ぐの決定なんですか!?」
「そうだぞ!まだ早い!つかステラはどこにも嫁になんてやらねぇ!!
だいたい姫だってちい姫がそんなに早く嫁に行くなんて言い出したら嫌だろ!?」
「嫌もなにも、セイラはねぇ……?
お嫁にやるのが嫌というより、私もノクトも貰ってくれる人が心配やら申し訳ないやらで……」
「「……あぁ。それは確かに……」」
まったくまだ十の子にお嫁にやるやらないだなんて大げさだなぁ。
ジオもニナもすっかり親バカなんだから。
なんて呑気に聞いていたリヒトはセイラの話になったとたんルナの口からポロリと零れた言葉にぎょっとして声をあげた。
思わず納得してしまったジオ達にも非難の眼差しを向けてしまう。
「ちょ、姉ちゃん!?ジオとニナもなんてこと言うの!?
セイラはいい子だよ!
そりゃちょっと気が強いところもあるけど、でも素直で優しくて可愛い自慢の妹だよ!!」
「「「……」」」
どうやら本気でそう思っているらしいリヒトに三人は若干遠い目をしながら黙りこんだ。
ちょっと気が強い?
ボスに真正面から喧嘩ふっかけられる度胸と根性の持ち主がちょっと気が強いだけ??
可愛くて素直?
それはリヒトの前だけだ。
自分たちには反抗期真っ盛り、むしろ反抗期じゃなかった時が思い出せない。
「なんで黙るの!?」
「……そりゃお前の前限定の姿だからだ」
溜息とともに零された言葉にリヒトは慌てて振り向く。
「ボス!!」
「あのクソガキはじゃじゃ馬どころか暴れ馬だぞ。嫁の貰い手なんて早々見つかるかよ」
「パパ、それどういう意味?」
「そのツラのどこが可愛いんだよ。鏡見ろ鏡」
「~~~~っ!!」
「ちょ、ボス!?セイラは可愛いよ!すっごく!!
ね?アルバ!ステラ!」
「……うん。(兄さんの前限定で)可愛い(と思えないこともない気もする)」
「ふぇ?はい!
セイラ様はリヒト兄様の前では別人のようにお可愛らしくていらっしゃいます!」
なんか色々と含まれていたような……。
というか俺の前だけ?別人ってなに?
「……と、とにかく!!セイラは可愛いよ!!」
いろいろ疑問に思うことはあるけれどリヒトはふるふると震えながらノクトを睨みつけるセイラの為に頑張った。
たくさんの疑問を呑みこんで、それでも必死に妹の弁護をするリヒトにノクトはとっても優しい声で囁いた。
「リヒト、無理しなくていい」
ポンポンと叩かれる肩にリヒトがえ!?という顔をする暇もなくドカっと何かがお腹に飛びついてくる。
「兄様!パパがいじめる!!」
ぎゅうぎゅうとリヒトに抱きつきながら父親にいじめられるか弱い娘を精一杯演じるセイラをノクトは鼻で笑いながらベリっとひっぺがした。
「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇ。全部紛れもない事実だ」
「パパは実の娘が可愛くないの!?
私の顔が怖いってことはパパの顔だって怖いってことなんだからね!
私はママ似じゃなくてパパ似だもん!!」
「ハッ、俺は男だからいいんだよ。
それに可愛くねぇとはいったが怖いとは言ってねぇぞ。俺は」
「~~いつか絶対にぎゃふんと言わせてやるんだから!この意地悪オヤジ!!」
「ハッ!やれるもんならやってみろ。この猫かぶり娘!」
本日二度目の宙ぶらりんを味わいながら懸命にノクトに噛みつくセイラと、楽しそうにセイラをいじめ倒すノクト。
意地悪な飼い主と必死に応戦する描の図にしか見えなくなったリヒトは思わず噴き出した。
これが意地っ張りで不器用なノクトとセイラの親子のスキンシップの一部であることに気がついたからだ。
そうなってしまってはどんなにセイラが眦を釣り上げてノクトに噛みついても、ノクトがヒクリと口元を引きつらせてセイラの暴言に倍返ししていても微笑ましい光景にしか見えなくなる。
あまりに低レベルで不器用すぎる愛情表現が可笑しくて、なのになんだかとても胸がほっこりして、微笑ましくて、リヒトは中々笑いをおさめることができなかった。
しかしセイラはリヒトの笑い声に一気に顔色を失くし、世界の終わりのような顔になる。
兄様に笑われた!!ダメだ、もう生きていけない。
フラフラと倒れ込みそうになるのを必死に堪えてセイラは涙目でノクトを睨みつける。
だが、娘の睨みなんて痛くもかゆくもない意地悪な父親はシレっとした顔で受け流している。
それどころかチラリと向けられた目には、ざまぁ見やがれクソガキとさえ書かれているような気がしてならない。
「ふふ、猫っ被りか」
「兄様、ちがうの!これは、その、とにかく違うの!!」
「いいじゃないか。猫かぶっててもお転婆してても俺にとってセイラは可愛いお姫様だよ」
「……ホント?」
「うん。それにボスに喧嘩売れる女の子なんてきっとこの世でセイラだけだ」
「兄様!!」
「あはは。ごめんごめん。
……お手をどうぞ。お姫様。
笑ったお詫びに是非、席までエスコートさせてください」
「っ、にいさまのばか」
唇を尖らせて精一杯怒ってるんだからね!という態度を作りながらも嬉しそうに小さな手を重ねたセイラにリヒトはまた笑いを噛み殺す。
あぁ、可愛い。可愛くて仕方ない。
素直じゃなくても、お転婆でも、意地っ張りで、生意気でもリヒトにとってセイラはこの世のどんな女の子よりも可愛くて大切にしたい女の子だった。
リヒトにとってセイラは誰よりも一番お姫様だった。