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完全幸福論  作者: のどか
愛しい我が家に帰ってきました
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 セイラが仕分けた書類たちを受け取るために執務室に戻ったノクトとそれに付いて行ったルナを見送りながらリヒトは未だにピタッとくっついているアルバをやんわりと剥がす。


「お茶の用意をしてくるからアルバはステラを呼んでおいで」

「……手伝うよ?」

「大丈夫。そのうちジオとニナが来てくれるはずだから」


 ジオ夫妻の名前にどことなく釈然としないものを感じながらアルバは渋々コクンと頷いた。

 大好きな兄さんをひとり占めするチャンスだけれどセイラにバレたら後が怖い。

 たとえ片割れであろうと、リヒトのことに関しては容赦ない。

 それに、ステラのことも気になる。

 せっかくあの手この手を使って罰ゲームまで持ちこんだのに姿をみせずに一体何をやっているんだか。


「意地悪せずに優しく誘うんだよ」


 考えを読まれたようににやんわりと釘を刺されてアルバはピクリと肩を揺らす。

 リヒトはそれにまた小さく笑うとくしゃりとアルバの頭を撫でてそっとその背を押した。


「……見つけたら手伝うからね」

「うん。待ってる」


 その言葉を大事に抱きしめながらアルバは走り出した。

 これは本気で探しにかかったな。ステラごめん。

 リヒトはこっそりと双子より二つ年下の妹分に謝った。

 血のなせる技なのかノクトの右腕であるジオとルナの護衛兼世話係であるニナの一人娘のステラは双子のお気に入りで一番の被害者だったりする。

 リヒトが帰ってくる度に心の底からほっとした表情で迎え、出て行く時に主人に見捨てられた仔犬のような顔で見送られたりするものだから彼女に対する罪悪感というか、申し訳なさが尋常じゃない。

 だからリヒトは屋敷に帰って来た時は存分にステラを甘やかすと決めている。


「し、しつれいいたします」


 上ずった声と弱いノックにリヒトはパチリと目を瞬かせて厨房の入り口を見た。


「ステラ!どうしたの?」

「あ、あの、父様と母様がリヒト兄様が帰ってくるって、それで、おかえりなさいって言いたくて……」

「そっか」

「リヒト兄様、おかえりなさい」


 照れたようにはにかんだステラにつられるようにリヒトもふわりと優しく微笑む。


「ただいま。ステラ。

 ……えっと、その可愛らしい格好はどうしたの?」


 白襟の真っ黒なワンピースにヒラヒラの白いエプロン。胸元を彩る赤いリボン。

 メイドのお着せに似せたであろう組み合わせだがステラの愛らしさを隠すことなく引き立てている。

 これを選んだのはアルバだろうか?だったら、ちょっとコワイ。

 いや、きっと面白がったニナや姉ちゃんたちもちゃんと手伝ったんだろうけど、でもあのアルバだし……。うん。これ以上考えないようにしよう。

 リヒトは余計なところに踏み込みそうになった思考を引きもどしほんのりと頬を染めて視線を泳がせるステラに癒やされることにした。


「ぅあ、の、こ、これはゲームに負けて、その、アルバさまがメイドさんになれって……」


 やっぱりか。

 リヒトは心の中でこっそりため息をつきながら、小さなころからついついステラに意地悪してしまう弟の姿を思い出した。

 あぁ、きっとアルバはステラを自分だけのメイドさんにして側から離さないつもりだったんだろうなぁ。

 双子たちと違って素直で純粋で正真正銘、人畜無害の小動物なステラはこの屋敷の癒しだ。

 大人たちに愛でられ嬉しそうにはにかむ姿が独占欲の強いらしい弟はきっと気に食わないのだろう。

 あの子は小さなころからずっと、心のどこかでステラは自分のものだと思っている節があるから。

 リヒトは困ったような笑みをのせながら、ステラの柔らかな赤毛を優しく梳いた。


「ごめんね、ステラ。だけどとっても可愛いよ」

「えへへ。ありがとうございます。

 私、兄様のおせわならがんばってします!!」


 大好きな兄様に褒められて嬉しいのは双子だけではない。

 ステラは耳まで真っ赤にしてふにゃりと笑った。

 リヒトもつられるように目尻を下げてにっこりと微笑む。


「じゃあ、可愛いメイドさん。さっそくお茶会の用意を手伝ってくれる?」

「はいっ!」


 元気よく頷いたステラと共にお茶会の準備を始める。

 その様子をこっそりのぞく影が三つ。

 ステラの両親であるジオとニナ、そしてルナである。

 きゃっきゃと楽しそうにリヒトを手伝うステラとそれを優しく見守りフォローするリヒトの姿に保護者達は思わず遠い目になる。


「おい、なんか双子よりステラの方が普通の兄妹に見えるぞ」

「なんというかステラとの組み合わせの方が安心っていうか、ほのぼのするっていうか。

 ……和みますよね」

「……うちのチビちゃんたちだと何故だか薄ら寒さを感じるものね。

 どんなに微笑ましくてもその裏に潜むものを探しちゃうというか……」


 厨房の入り口から聞こえた声にリヒトが声を上げる。


「母親がなんてこと言ってんの!?姉ちゃん!」

「父様!母様!姫様!」

「おう、手伝いに来たんだが……必要なさそうだな?」


 てってってっと駆け寄ってきたステラをデレっとやにさがった表情でぐりぐり撫でながらそう言うジオにリヒトは微苦笑で頷いた。


「可愛いお手伝いさんが居るからね」

「……リヒト、お願いだからそれセイラの前で言わないでね」

「そうですよリヒト様。坊ちゃんの前でも言わないでくださいね」

「何しでかすか分かったもんじゃねぇからなぁ」


 遠い目をする大人ときょとんとするリヒトを見て微苦笑を零すステラ。

 まだ十歳の彼女はリヒトよりもよほど状況を理解していた。


「そういえば、ステラ。さっき北館でアルバが探してたみたいだけど……」

「!?ど、どどどどうしよう。父様!母様!アルバ様におこられる!」


 ぎゅううっと足にしがみついて来た愛娘にジオの目尻はこれでもかというくらいに垂れさがる。


「大丈夫だ!父様が守ってやるからな!!」

「……じゃあ頑張ってね。私と姫様はリヒト様のお手伝いをするから」

「は?」

「誰からステラを守るの?俺も手伝うよ?」


 背後でにっこりと笑うアルバの姿にジオは顔を引きつらせて固まった。

 固まってしまったジオとゴゴゴッとなにやら恐ろしいものを背負い込んだアルバに挟まれてステラは涙目になる。

 もはや反射とも癖ともいえるそれが見慣れた光景となっている母親たちは早々に戦線離脱を決め込んだ。

 しかし、ついつい甘やかしてしまいたくなる可愛い妹分の涙目に黙っていられるリヒトではない。

 苦笑混じりにやんわりと声を滑り込ませる。


「アルバ、ステラと一緒にボスとセイラを呼んできてくれる?」

「……兄さんが言うなら」


 不満そうにじとっとジオを睨めつけながらもコクリと頷いたアルバの姿にステラの瞳が輝く。

 

 流石リヒト兄様!!アルバ様がこんなに素直に言うことを聞くだなんて……!!


 キラキラしたステラの瞳に気づかないリヒトは困ったように笑ったままジオに向き直った。


「ジオはこっち手伝ってね」

「……おぅ」


 あっさりとジオのズボンから手を離したステラとしっかりとその手を握ってノクトとセイラを呼びに行ったアルバ。

 その後ろ姿をじっと見つめながら哀愁を漂わせるジオの肩をリヒトは慰めるようにポンポンと叩いた。



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