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完全幸福論  作者: のどか
愛しい我が家に帰ってきました
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「リヒト」


 静かな声につられるようにセイラとアルバだけに向けられていた柔らかな視線が離れる。

 思わず漏れた舌打ちは何故か近くにいるはずのリヒトの耳には届かずに、双子からリヒトを横取りしに訪れた両親の耳に届いた。

 眉間に皺を寄せた父と笑みを引きつらせた母を邪魔するなと睨みつける。

 その様子に父親であるノクトは眉間に皺を寄せてため息を母親であるルナは笑みを引きつらせて文句をぐっと飲みこんだ。

 色々と思うところはあるが今は外から戻ってきたリヒトの方が大事だと言い聞かせて視線を向けると、久しぶりに戻った愛息子がいつかと変わらない、けれど格段に大人びた笑みを浮かべてそっと口を開いた


「ボス、姉ちゃん、ただいま」


 柔らかく響いた“ただいま”という言葉に無意識に入っていた力を抜いて歩みよる。

 まだ、まだ、この子は自分たちを居場所にしていてくれる。

 ここを自分の居場所だと認めていてくれる。

 昔はまったく気にしなかった“血”の繋がりをリヒトが意識するようになってから、つられるように自分たちも気にしてしまうようになった。

 消化しきれない不安を誤魔化すようにノクトは自分とさほど変わらない目線になったリヒトの頭を掻き混ぜ、ルナはわざと子どもっぽく膨れて見せる。


「あぁ。よく帰ったな」

「遅いと思ったらチビちゃんたちに捕まってたのね」

「姉ちゃん、お土産あげるから機嫌直して」

「私、そんなのでご機嫌取りされるほど子どもじゃないんだけど!」

「そっか、せっかく姉ちゃんの好きな店で買って来たんだけど……。

 じゃあ俺たちだけで食べてもいいよね?フルーツタルト」

「!?ゆ、許してあげないこともないよ!うん」


 珍しく意地悪な笑みを浮かべるリヒトに本気で慌てだしたルナに誰もが呆れた視線を送る。

 夫と子どもたちからのチクチク刺さる視線にさらされながらもルナは素知らぬフリを続けた。

 彼らに言わせればそういうところが子どもっぽいのだけれど本人は一向に気がつかない。

 リヒトはちっとも変った様子のない家族のやりとりに呆れ半分安心半分で笑った。


「じゃあ、みんなでお茶しようか。

 二人はガトーショコラとミルフィーユでよかった?」

「「はいっ!!」」


 声を揃えた双子の瞳はこれでもかというくらいに輝く。

 ガトーショコラとミルフィーユはまぎれもなくセイラとアルバの大好物で、それを忘れずにいてくれるリヒトに双子はぎゅううっと抱きついた。

 これが両親ならこうはいかない。

 横暴で我が子であろうと容赦のないノクトは双子の好みを知っていたとしても自分の食べたいものを買ってくるし、ルナは新発売にすこぶる弱いからこちらも彼女の目にとまったものが多い。

 両親は間違っても双子の好みに合わせたりなどしないのだ。

 その点、自分たちの好物を把握して毎回きちんと用意してくれる兄と言ったら……!!

 あぁ、やっぱり大好きだ。

 幸せに浸りながら抱きしめ返してもらえるのを待っていたセイラを悲劇が襲った。

 突然なんの前触れもなく第三者の手によってベリッとリヒトから引き剥がされる。


 私と兄様の邪魔をするなんて……!!

 絶対に許さないんだから!!


 ギロリと自分の首根っこを引っ掴んで引き離した相手を睨みつけるとそれ以上の鋭い眼光が返ってきた。


「仕事はどうした仕事は。未だ上がってきてねぇぞ」

「あ、」


 ヤバイ。忘れてた。

 ヒクリと頬を引きつらせて視線をそらすセイラにノクトはただでさえ怖い顔を更に怖くする。

 完全に悪人面だ。

 あぁ、どうして私は可愛らしいママじゃなくてこんな怖い顔のパパに似たんだろう。

 将来パパみたいな怖い顔になって、眉間から皺が取れなくなったらどうしよう。

 それで兄様に嫌われる……ことはなくても本当にこのまま妹から抜け出せなくなったらどうしよう!?

 そうなったら全部パパのせいだ!絶対にグレてやる!!


「説教中に考え事とはいい度胸だな」


 現実逃避した思考を低い声が呼びもどす。

 ハッとして視線をあげると深々と眉間に皺を刻んだノクトと目があった。

 ヤバイ!拳骨かな?拳骨だよね?1回だけだったらいいな。

 兄様の前で叱られるなんて一生の不覚……!!

 なんて思いながらセイラが遠い目をしながら数秒後に襲ってくる衝撃に耐える準備をしていると柔らかな声が睨み合うふたりの間に舞い落ちてきた。


「ごめんボス。俺が仕事を中断させちゃったんだ」

「……」

「セイラ、あと少しなんだろう?終わらせておいで。

 その間にお茶の用意をしておくから」

「兄様!」

「早くしないとボスも姉ちゃんも先にはじめちゃうよ?」

「すぐ!すぐ終わらせるから絶対待ってて!!」


 セイラは自分を引っ掴んでいたノクトの手をパシッと振り払うと大急ぎで自分の部屋へと駆けだした。

 その背を見送るノクトの顔は完全に呆れ果て、ルナとアルバは何かを諦めたように溜息を吐く。

 ただリヒトだけが困ったような笑みを浮かべて「あんなに慌てなくても、本当に先にお茶したりしないのにね」なんて言っている。


 リヒトは知らない。

 今のセイラの頭を占めているのが父に叱られたことでも、母と片割れの呆れた視線がグサグサと背中に突き刺さっていることでもなく、いかに長くリヒトの側にいるかだということを。

 せっかくの兄様とのお茶会をあんなくだらない報告書ごときに邪魔されてたまるか。

 私と兄様を邪魔しようだなんていくらパパでも許さないんだから!!

 そんなことを思っているセイラが本当に未だかつてないスピードで書類を仕分けてノクトに叩きつけた事を、リヒトは知らない。



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