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完全幸福論  作者: のどか
愛しい我が家に帰ってきました
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 セイラが恋する乙女モードに突入し、アルバがすっかりネコをかぶり終えたころ、双子の兄であるリヒトはのんびりとした足取りで久しぶりの侯爵家へと足を踏み入れた。

 迎えに来てくれた父の右腕であり自らの師匠であるジオは未提出の書類の存在を思い出してしまった為に忌々しそうに顔を歪めて舌を打つとものすごく残念そうな顔をしながら足早に屋敷の中へ消えてしまった。

 その慌ただしい背を見送りながらリヒトは懐かしさを噛みしめるようにゆったりと足を進める。

 春を彩る花々の世話をしている庭師のおじいさんに「ただいま」と声をかけては実の孫が帰って来たような喜びように苦笑いで付きあったり、玄関前の警備のお兄さんに「おかえりなさい」となんだか眩しいものを見る目で見つめられたりするたびに、あぁ、帰ってきたんだなと実感する。

 けれど、それよりももっとリヒトにここが自分の帰る家で自分の居場所だということを教えてくれるのは七つ下の双子の弟妹たちの存在だった。

 顔を見た瞬間、主人を見つけた仔犬のように飛びついてくる妹と弟に若干身構えながらリヒトはホールの向こう側から小走りでやってくるふたりに声をかけた。


「ただいま」


 その柔らかな声に促されるようにセイラは足を速める。

 待ち焦がれたその人は最後に会った時よりもずっと凛々しく逞しくなっていてセイラの心をきゅうっと締めつけた。

 会えて嬉しい。すごく、すごく嬉しいのに、それ以上に不安になる。

 こんなにカッコイイ兄を前に飢えたメスたちが群がらないわけがない。

 たとえ血のつながりがなくとも兄はこの家の息子で、父の横暴と母の子どもっぽさのせいで性格も面倒みもすごくよくて……世界中を探したってこんなに魅力的な人はいないと思う。

 どんなに父の仕事を手伝ってみてもセイラはまだ子どもで家という安全な箱庭の中の世界しか知らない。

 見聞を広めるという名目で屋敷の外を活動拠点にしているリヒトのことを完全に理解することなんてできない。

 毎日顔を見られる訳じゃない、小さな変化に気付けるほどに長い時間を過ごせる訳じゃない。だから、怖い。自分の知らない好きな人の姿を見るのが怖くて痛くて不安でたまらない。

 知らない間に誰かのものになってしまうのではないか、自分が大人になるまでに手の届かない所に行ってしまうのではないか。そう思うと居ても立ってもいられなくなる。

 けれど、それでも心底愛おしいものを見るように目を細めて笑いかけてもらえると、何の根拠もないのに、それだけでまだ大丈夫だと込み上がる不安を呑みこめる。

 だから、セイラは笑う。

 蕩けるような甘さと泣きたくなるような切なさとほんの少しの苦さを混ぜたとびっきりの笑顔で。

 ずっと、ずっと、いつまでも待っている大切な人を迎える為に。


「おかえりなさい、兄様!!」


 きゅうと抱き着いてただいまと笑うリヒトに頭を撫でてもらう。

 切なさとほろ苦さを頭に乗った大きな手の温かさで甘さへと塗り替えて貰い、セイラは幸せそうにうっとりと目を細めた。

 隣で同じように頭を撫でて貰っているアルバも今この時だけは誰もが敵に回したくないと思うような厄介さと毒を押し殺して幸せに浸っている。


「それ、着てくれたんだね。二人ともよく似合ってるよ」


 嬉しそうに笑うリヒトにつられるように頬を緩ませながらもセイラは耳を通り過ぎた可笑しな言葉に小首を傾げた。

 二人とも……?

 なんだかとっても嫌な予感がしてチラリと視線を隣に滑らせると普段からは想像できないくらいに顔を綻ばせている片割れの姿がある。


オイ、いつもの無気力、無表情っぷりはどこいった。

というか、どういうことだ。兄様から服をプレゼントしてもらったなんて私は一言も聞いてないぞ。


 セイラの引きつった笑みや意味深な視線をまるっと無視して、アルバは照れくさそうにはにかんだ。


「兄さんが買ってくれたやつだから汚したくなくて……。

 特別な日にしか着ないんだよ。お気に入りだし」


 母親譲りの愛らしさをフルに利用して可愛らしくそう笑うアルバにセイラは笑顔を更に引きつらせた。


 負けた……!!

 完全に女子力的な意味でも産まれ持った可愛げ的な意味でも。

 外の敵に不安を覚えるよりもまずは内の敵だった……!!


 ガックリと項垂れ心の中は大荒れのセイラの肩が優しく叩かれる。

 顔をあげると全てお見通しだとでも言いたげな柔らかな笑みがセイラを迎える。

 セイラは隣で同じ笑みを向けられているアルバの存在を視界と脳内から追い出してその笑みに浸ることにした。


「二人にそう思って貰えるなら贈ったかいがあったね。

 だけど、気にいってくれたなら着られる間に沢山着てくれたらもっと嬉しいかな。

 二人ともすぐに大きくなっちゃうからね」

「「!」」

「なーんて。

  俺もボスから貰った服は汚すのが嫌でずっとクローゼットに宝物みたいに飾ってたし。

 ジオにすごく呆れた顔されたっけ」


 懐かしむように少しだけ遠い目をしながらクスクスと笑うとリヒトは満足そうに頷いてもう一度「よく似合ってる。可愛いしカッコイイよ」と笑った。

 それだけでセイラとアルバの機嫌は簡単に急上昇する。

 照れくさそうに笑う可愛い弟妹にリヒトは優しくその頭を撫でた。



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