休日、小旅行する7
「おつまみセットお待たせしましたー」
女性店員が、チャーシューやら塩ネギやらを盛った皿をドクターシノブの前に置く。
「ドクターシノブ、ビール飲んでもいいですよ」
「これは飲みたいから頼んだわけではなく、ラーメンを食べるほど空腹ではないから頼んだだけだ。飲食店で何も頼まないのは信義に反するからな」
「ウーロン茶頼めばよかったのでは」
「その手があったか……いや、飲み物だけというのも中々」
チャーシューの塊を食べる私の向かいで、ドクターシノブはチマチマとネギを食べている。ドクターシノブは駅弁もひとつしか食べていなかったけれど、まだお腹は空いていないようだ。箸を置いて、次はデバイスを触り出した。
「ククク……許可なく人を撮影する奴の何と多いことか……撮影したデータを抜くとともに個人情報から購買意欲を最大限に刺激する商品を選び出しあらゆる広告欄に表示されるようにしてやる」
「違法な手段で経済活動を促進しないでください」
「ム、こいつは違法行為を見つからない程度に繰り返しているな。褒美にデバイスをハッキングしてやろう」
少し離れた場所から、急に怪しげな呪文のような音声が流れ始めた。持ち主がかなり慌てた様子で止めようとしているものの、ディスプレイが反応しないらしい。やがて同じテーブルにいる全員のスマホが同じ呪文を流し始めたので、何かの呪いではないかと怯えている。
ドクターシノブの手にかかればデジタルデータが残る行動は全て丸裸にされ、違法なことは全て通報されてしまうので、ある意味呪いにかかったようなものだ。改心してくれることを祈りつつ、私はいい感じにスープの染みた海苔に取りかかった。
「ところで三科ヒカリ、本当にそれを食べきるつもりなのか。どんぶりの直径が50センチを優に超えているが」
「美味しいですよ。ドクターシノブもミニラーメン食べてみたらどうですか?」
「貴様が美味そうに食べているところを見るだけで満腹だ。おい貴様ら! 勝手に撮影するんじゃない!! 電子機器が全て破壊される呪いをかけてやろうか!!」
「呪いっていうかワームですよね」
手口は過激だけれど、勝手に写真を撮られて共有されるのは不快なのでドクターシノブの注意はありがたい。私の場合、写真を拡散してしまうと魔法少女保護関係の法律に触れて前科が付いてしまう可能性もあるので、身を守るためにも許可のない撮影はやめてほしいものだ。
「このラーメン本当に美味しい。辛さと旨さの割合が絶妙ですね。白とんこつと迷ったけどこっちにして正解だったかも」
「気持ちはわからんでもないが麺を吸い込む勢いが大変なことになっているぞ」
ラーメンは熱々なので、食べていくうちに体温が上がる。ドクターシノブが無言でハンカチを渡してくれたので、ありがたく借りておいた。
「む」
ドクターシノブの手首から電子音が鳴る。
「……都心から離れたとはいえ、この辺りもなかなか物騒なようだな」
「何かあったんですか」
「銀行強盗だ。監視カメラの映像から判断するに、このところ各地で襲撃を繰り返している集団らしい」
魔法少女の仕事をしているわけでもないのに、今日はやたらと事件に遭遇する日だ。人口の少ない都市になればなるほど事件が少ない。けれどそのせいで配備されている魔法少女も少ないので、そこをあえて狙って凶悪犯罪が起こることもある。
銀行強盗を何度もやっているということは、そういった事情を知っている集団である可能性が大きい。別働隊に事件を起こさせ、魔法少女が出動しているうちに本命の事件を起こすというのはよくある手口だ。
「遊撃部隊が近くにいるといいですけど」
「ご丁寧にもこの付近3箇所で爆発事件があったようだ。手を回す余裕はないかもしれないな。ここはプリンセスウィッチの出番ではないか?」
「でも今ラーメン食べてるし」
「ラーメンと銀行強盗を天秤にかけるなっ!!」
大量の白髪ネギと麺が絡まり、そこにスープが加わっていくらでも食べられる。こんな美味しいラーメンを食べているというのに、銀行強盗ごときに邪魔されるのは業腹だ。
「ドクターシノブ、逃走経路を変更させられますか?」
「試験中のパトロールドローンがある。信号と組み合わせれば可能だろう」
「ここの前の道路に来るようにしてください」
相手を追い詰めることを楽しみとしているドクターシノブは、ニヤニヤしながらデバイスを操作し始めた。私は残しておいたチャーシューを頬張って待つ。麺の喉越しがいいので、想像していたよりも食べやすい。さすがネットで絶賛されている大食いラーメン店である。
「そろそろ来るぞ。あと10秒ほどか」
「わかりました」
ラーメンの方が大事だからといって、銀行強盗を放置しておくわけにもいかない。私は立ち上がり、引き戸を開けて前の通りを眺めた。速度オーバーで近付いてくる黒いバンが見える。
よし、いけそう。
そう安心した途端、背後でドクターシノブが叫んだ。
「おい貴様せめてどんぶりは置いておけっ!!」
「冷めたら困るので無理ですね」




