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休日、小旅行する4

 紙の包装を取る。小さなシールで側面に貼り付けられていた紐を引っ張ると、しばらくして弁当の温度が上がり微かな音がきこえ始めた。


「加熱式の弁当って底が浅過ぎますよね。もっと厚みがないとおやつ程度にしかならないと思います」

「流石におやつの量ではないと思うが、我が社で製造する際は考慮しよう。といっても、使い捨ての加熱式弁当よりバッテリー内蔵で何度も使えるお弁当ヒーターの方がサステイナブルで時代に合っている。開発するなら弁当の規格を定めて好みのものを温められるようにすべきだろう」


 あれこれ説明するドクターシノブの話を聞きながら、私はおにぎりヒーターも欲しいと要望を出しておいた。札束が作ってくれる絶品焼きおにぎりを、外でも熱々で食べられたら最高だ。


「おい貴様ら何をしている!!」


 ほかほかの牛タン弁当に手をつけてしばらくすると、ガスマスクとハンドガンを装備した人物が私たちの席へと近付いてきたのが足音でわかった。こちらに銃口を向けているテロリストらしき人物はひとり。この特急が12両編成だとしても、1車両あたりひとりで制圧するのは中々大変ではないだろうか。人手不足なのかもしれない。


「なんだこれは?! おいお前ら、これは何なんだ」

「ガスが充満すると弁当が食べられないので……」

「何を使ったんだ?!」


 何を使ったんだと聞かれれば、能力を使ったとしか言えない。そして能力については魔法少女として変身しているときにしか公言できないため、ここでは何も言えないのが実情だった。

 充満する催涙ガスと思しき煙は、主に通路に集中している。それは私が弁当を食べるのに必要な視界と空気を確保したためだ。


「なんだこの壁は」

「おい貴様、発砲しても無駄だ。ほぼ無色透明に見えるだろうが、その壁は戦車で踏み潰しても中々壊れんぞ」

「反抗する気かお前ら?! 他の車両にいる人間がどうなってもいいのか!」

「そういえば前方で寝ていた中年男性はどうした。咳き込んでいないようだが」

「まだ寝てるみたいですよ。ついでに一緒に守っといたんで」

「流石だな」


 この車両の座席部分については全体的に薄い膜で覆うように空気を遮断しておいたので、どこに座っていようが煙の被害を受けることはない。出張で疲れているサラリーマンに騒いだ上に催涙ガスという災難を負わせるのは忍びなかった。


「ただ他の車両についてはできてないので、おそらく催涙ガスで苦しんでいる人がいると思います」

「それについては問題ない」


 ドクターシノブが手首につけているデバイスをいじると、ゴーと低い音が響く。やがて廊下に充満しているガスが急激に薄くなっていった。


「空調設備をハッキングして強制排気モードにした。数分で空気が入れ替わるだろう」

「さすがですね」


 視界がクリアになり、テロリストらしき人物の全体が見えるようになる。ミリタリー柄の服を着ているけれど、体格はそれほど大きくなかった。徒手空拳同士の戦いでもドクターシノブの方が強そうだ。


「さて、監視カメラ映像を見るに、1両目と12両目に5人ずつ、それから各車両に1人……戦力差を考慮しても配置が素人すぎないか?」

「犯罪慣れすればするほど、魔法少女に目を付けられて捕まりやすくなりますからね」

「最近の悪党はどうにも魔法少女対策が甘過ぎるな。目的達成のための熱意が感じられない」

「悪党の熱意ほどいらないものはないですけどね」

「そんなことはないだろう、私を見てみるがいい」


 ドクターシノブのサクセスストーリーは、テロリストの叫び声によって掻き消された。計画を邪魔されたという苛立ちと状況をコントロールできない焦りによってパニックを起こしたようだ。銃口をこちらに向けたので、私は牛タン弁当をドクターシノブの膝に乗せてテーブルを折り畳み、立ち上がって片手を上げた。ガスマスクのゴーグル部分にヒビが入って砕ける。同時にカッと強い光を作ると、目が眩んだテロリストが銃を取り落として床に伏せた。その体を持ち上げて端へと寄せておき、拾った銃も動かして座席側に引き寄せると、ドクターシノブがそれを拾う。


「ふむ……これは某国製だな。違法輸入された可能性があると防衛関係のデータでアラートが出ていたが、本当だったらしい。こいつらを足掛かりに入手ルートやマーケット関係者を一網打尽にできるかもしれん」

「よかったですね」


 セキュリティを突破するために使われていた超一流の技術が、今や国防のために使われているのだからこの国の将来は安泰だ。私はドクターシノブから牛タン弁当を受け取ると、今のうちに食べてしまうことにした。なんだか騒がしくなりそうだからだ。


「全員制圧しに行かないのか?」

「たぶん大丈夫ですよ」


 やがて窓の外に、同じ特急車両が並んだ。かと思うと大きな物音が聞こえてきてにわかに騒がしくなる。隣の車両から、若い女の子の声が聞こえてきた。


「遠足気分を邪魔するなんて許せないっ! 悪を見つけ、やっつけるのが私たちの使命! 魔法少女ラブキュー、出動だよっ!!」


 特急を仕事で使うという選択肢がないあたり、なかなか可愛い口上だ。次いで銃声が聞こえてきたけれど、被弾した音が聞こえてこないので上手くやっているらしい。


「みんな安心してっ! ラブキューが助けに来たよーっ! …………あれっ?」


 魔法少女の一人が、私たちのいる車両へと入ってきた。しかし既に倒れているテロリストを発見し首を傾げている。


「死んでる?」

「いや死んではいないだろうが」

「ここ、空気もほとんど汚れてないし……はっ?!」


 通路を進んできた魔法少女が、私たちを見て目を見開いた。その顔と正面から目が合ってしまう。






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