休日、小旅行する3
「隣同士で座りませんか?」
「なっ……貴様、何を考えている?!」
特急のグリーン車両に乗り込み、前の座席を回転させてボックス席にしようとしたドクターシノブを止めると、車両に響き渡る声で問いただされた。最前列でビール片手に寝ていたおじさんが起きそうだ。
「む、向かいに座るだけでは飽き足らず、隣に座るだと?! なぜそのようなことを考えたか答えろ! 心情を詳しく述べてみるんだ三科ヒカリ!」
「向かい合わせで座るとテーブル使えないじゃないですか」
折り畳みテーブルは座席の背面に付いている。落ち着いて駅弁を食べるためには、テーブルが必要不可欠だ。食べ終わった弁当箱やまだ食べていない弁当箱を抱えながら食事をするのは落ち着かない。
私がそう言うと、ドクターシノブは背もたれに抱きつくような形で座席を元に戻した。
「あ、ドクターシノブがそっちの席を取ってるなら、縦に並んで座ることになりますね」
「私を誰だと思っている。この付近30座席は全て私が確保済みだ」
唸るほどの財力に物を言わせ、周囲の喧騒を物理的に退けたようだ。
無駄遣いが過ぎると私が文句を言うと、ドクターシノブが鼻で笑った。静かに乗りたいという理由のほかに、一応、防犯上の理由、というのもあるらしい。確かにドクターシノブは今や様々な大企業の実質的トップであり、かつ悪の組織を率いていた過去を持つ設定大盛りな人間である。恨まれたり狙われたりするには十分だ。
「もちろん周囲250メートル以内で不審な動きをする者についてはこの私が開発した行動解析防犯ツールで一定のデジタルアクセスを禁止することができるが、だからといって人混みに揉まれたいわけではないからな。不穏分子は遠ざけるに限る」
「250メートルでいいんですか? 盗撮やら盗聴やらは防げそうですけど、ライフルや時限爆弾装置なんかに対してはちょっと甘いんじゃ」
「物理攻撃については心配していない。貴様がいるからな」
通路側の座席に座ったドクターシノブがゆったりと足を組み、小さいおしぼりを開けて手を拭きながら不敵に笑む。
「魔法少女が市民の危険を放置するわけがない。そうだろう」
「……魔法少女じゃないので知りませんね」
「フッ、そういうことにしておいてやろう。さあ存分に駅弁を食らうがいい」
「まだ発車したばかりですよ」
魔法少女オタクのドクターシノブは、急な襲撃に対する魔法少女の防御能力を正確に把握しているらしい。ありとあらゆる物理的襲撃に対する反撃の仕方についての考察を勝手に喋り始めたので、私もお手拭きを取り出して早速駅弁を食べることにした。
「——つまり、この距離この速度で攻撃を成功させるには、現在我が社で開発中の極秘技術を使うしか手はない。まあ、量子力学的アプローチを駆使した攻撃でさえ無効化するほどの反応速度を持つ魔法少女は少なくはないようだがな」
「まだ武器の開発とかやってるんですか」
「武器が存在するのではない。それを使う人間が物質を武器に変えているだけだ。海洋プラスチック回収マグロについても、使う者次第では兵器となりうるからな。おい貴様、柿の葉寿司を独り占めする気か」
「なかたの柿の葉寿司って美味しいですよね」
空いている車両だと、駅弁を食べるときに気を遣わなくていいのは嬉しい。
私はドクターシノブに柿の葉寿司を渋々分けつつ、水筒から注がれた温かい緑茶を飲んだ。
背後から車両のドアを開ける音がして、そして硬いものが床に当たる音がする。
数秒のちにそれは大きな爆発音とともに大量の煙を吹き出し始めた。ガスマスク越しのこもった声が車両に響き渡る。
「死にたくなければ動くな!! この特急列車は我々が支配した!!」
私とドクターシノブは互いに目配せをして頷いた。
鯖の押し寿司って、どうしてこうも電車の旅に合うのだろうか。




