休日、小旅行する2
『アァ……ヒカリサン……マタシテモ、マタシテモ調理シナイ食事ヲ……』
「あ、ごめん。昨日卵買ってきたからつい」
朝から炊き立てごはんと生卵で卵かけご飯をキメていると、札束が悲しそうな声を上げた。すぐに食べられる利便性を重視した結果、またオートクッカーの出番をなくしてしまったわけである。
『野菜不足モ懸念サレマス。モシ余裕ガアレバ、冷蔵庫ニ残ッテイルインゲントホウレンソウ、バタートベーコンヲセットシテクダサイ。5分デソテーシマス』
「札束、私より冷蔵庫の状況把握してるね」
『ヒカリサンノ食生活ハ任セテクダサイ』
オートクッカーという名に恥じない万能調理器な札束は、料理に必要な分量まで教えてくれる。私はただ蓋を開け、指示通りに食材を入れて閉めればいいだけだ。自分で適当に用意した食事のときも、メニューを教えておけば栄養や味付けを考慮して次のメニューを決めてくれる。ネットで検索することによって知らない国の料理もマスターしてしまうので、札束が来てから私は本当に食生活が豊かになった。
「おい待ちくたびれたぞ三科ヒカリッ!! 何をぐずぐずしているっ!!」
「まだ9時半ですよ」
おかわりの卵かけご飯には味変でラー油を垂らすべきか七味をかけるべきかで迷っていると、ドクターシノブが壁を模した秘密のドアから入り込んできた。いつもと同じ黒いスーツだけれど、ネクタイが若干カラフルだ。
玄関前でやたらと足音がしていると思ったら、すでに準備を整えて待機していたらしい。遅刻しないという心がけは立派だけれど、流石に30分前行動は早すぎると思う。
『ヒカリサン、野菜ソテーがデキマシタ。愛情タップリ、ベーコン多メデ満足感タップリデスヨ!』
「ありがとう札束」
「悠長に食べている場合ではない!! そろそろ出発しないと間に合わなくなるぞ!!」
「待ち合わせ場所まで徒歩3秒じゃないですか」
玄関前集合なのだから、10分前まで寝ていても間に合うレベルである。
「ていうかドクターシノブがここにいるならもう部屋待ち合わせってことでいいのでは」
「断じて許さん!! 外で待ち合わせてこそのデ、デ、……デートッ!! だろう!!!」
頬を赤らめて言うあたり、ドクターシノブの純情は相変わらず元気にしているようだ。
既にテンションが高いけど朝食には何を食べたのだろう。
「ときに貴様、目的地まではどういう手段で行動するつもりだ」
「普通に電車で。特急に乗ろうと思ってるんですけど」
「ほう。何時発の何号だ」
「いえ、そこまでは別に」
「三科ヒカリ、貴様電車を舐めているのか?! 特急ならば予約して席を確保しておくべきだろう!!」
向かいに座ったドクターシノブは私から使う予定の路線と目的地を聞き出すと、机の上に投射したデジタル画面を操りはじめた。
「10時12分のあずき145号が最適だな。駅までは車で行くとして……目的地についてからはどうする。車が必要なら手配するが、徒歩で手を繋ぎながら歩きたいと主張するのであれば邪魔者は排除する」
「手を繋ぐかどうかはわかりませんが、徒歩の方がいいと思います。お昼前に腹ごなししとかないと、駅弁が消化できないかもしれないし」
「おい貴様さらに車内で何か食べるつもりだったのか」
ドクターシノブは私を見ながら顔を引き攣らせた。ベーコンの塩味とバターの豊かな香りが食欲を刺激する野菜のソテーは美味しいけれど、野菜なのでカロリーとしては低い。それに特急車両には駅弁が似合う。私がそう主張すると、ドクターシノブが深々と溜息を吐いてから検索したページを見せてきた。
「何が目的だ。言え」
ドクターシノブは、駅弁までも事前に確保しておく派らしい。
「これ、部下に買いに行かせるんですか? 流石にプライベートすぎるのでは」
「安心しろ。我が社傘下のSフードサービスはケータリング事業も始める予定だ。駅弁のリサーチも仕事の範疇になる」
ダミー会社が多角経営すぎる。
そうして隙のない計画を立てたドクターシノブは、遠足に行く子供のように「まだかまだか」と私を急かしたのだった。




